第18話 ダーメット二世

 君は何がしたいのか?

 そう聞いてくれたのは、もしかするとリューウェイン公爵が初めてだったのかもしれない。


「お断りします」

 自分でもびっくりするくらい強い口調で言った。

 だが妙に冷静でもあった。

 周囲をちらりと見る。

 

 テラスにいる人たちは、こちらを見ながらひそひそと話している。

 ショーン王子と元婚約者のロディーヌが何やら揉めているのだ。

 口さがない宮廷人にとっては、恰好の噂話の種であろう。


「ほう。王家の人間の命令を拒否するのかな?」

「これはキングストン家と私の問題です」

「コルデリアと私はいずれ結婚する。これは王家にとっても無関係ではないさ」

「ですが……」


 その時だった。


「これはこれは殿下。人の婚約者に何か御用がおありですかな?」


 その声はもちろん、リューウェインのものだった。

 だが、ショーン王子は動じない。


「公爵、ちょうどよかった。今ロディーヌにも話していたのだ」

「何のことですかな?」


 実のところ問い返す必要もない事だった。

  

「決まっている。キングストンの件だ」

「そのように大きな声を出さずとも聞こえておりますよ」

「そんな事はどうでもいい」


 ショーン王子は眉間に皺を寄せる。


「それでどうなんだ?製法や素材をキングストンに返す気はあるのか?」

「と、おっしゃいましても。既にこちらはキングストン家と契約書を交わしておりますし」


「そんなものは無効だ」

「先方へ毎年援助するという事で、話はついていますので」

「だが今のやり方はどうなんだ?キングストンの事業を根こそぎ奪うつもりだろう?」

「それも先方が自ら選んだこと」


 公爵の目がきらりと光った。


「調合、製法や素材の管理、製造の指示にいたるまで。実際にはロディーヌがやっていたことです」

 リューウェインは冷然とした口調で言う。


「それがどうした?」

 少しいらついたようなショーン王子の言い方だった。


「彼女はもうすぐレンスター家の人間になります」

「おめでとうとでも、言って欲しいのか?」

 相変わらずあざけるような、ショーン王子の言い方だった。


「ですから薬草の栽培法や香油の製法も、我々レンスター家のものとなるわけです」

「ほう。ではキングストン家はどうなる?」


「さて。もはやキングストン独自に栽培も製造も販売もできないとなれば」

「その場合は?」

「全て我々が取り仕切る事になりましょうな」


「だからそれが悪辣だと言っている」

「無論ただでとまでは言いません。それなりの礼はしますよ。当然ですが」

「それはロディーヌの指金か?やはり大した悪女だな」

「彼女は関係ございません。それに……」


 第一王子ショーンとレンスター公爵リューウェインの舌戦が続く。

 ロディーヌも周囲の人間も誰一人口をさしはさむ事はできない。


 そういえば、メアリーに聞いたことがある。

 リューウェイン公爵は軍事部門の責任者。

 王子は少なくとも名目上は王国警備隊の長であるはずだ。


 歳は若いがどちらもエリン王国の重鎮であり、王位継承者でもあった。

 人々は固唾をのんで見守るしかない。


 論争の合間のしばしの沈黙の後、先に口を開いたのはリューウェインだった。


「最近、魔物の活動が活発になり、はなはだ迷惑しております」

「今その話は関係なかろう?」

「そのせいで薬草の調達や物流に悪影響があったとしてもですか?」

「それに関しては、僕も心を痛めている」


「随分とのん気ですな」

「先ほどから失礼だろう、レンスター公」

「ですがこちらも領民の生活がありますのでね」


「ならばレンスターで対処すればよかろう」

「問題が起こっているのは、王家の直轄領なのですよ。こちらは何もできません」

「では、僕がわざと何もしないとでも言いたいのか?」


 そのまま口論が白熱すれば、取り返しのつかない破局が訪れたかもしれない。

 だがその時、テラスの入り口の方で声がした。


「双方、控えよ」


 それは国王ダーメット二世だった。

 ロディーヌを含め、周囲のものはあわてて礼をする。

 ショーン王子は軽く礼をし、リューウェインは膝をついて頭を下げる。


「一体何事だ、大貴族とあろうものが、庶民のように声を荒げて言い争いとは」


「陛下にはご心痛をおかけし、申し訳ございません」

 とリューウェイン。

「ですが父上、こやつが」

 とショーン。


 王はじろりと息子のショーンを見た。


「大体の事は聞いておる」

 さすがは一国の王たる威厳があった。


「ショーン。これはキングストン家とレンスター家の問題だ」

「はい……」

 父王にはっきり言われてしまえば、それ以上言い返しようがなかったのだろう。


「リューウェイン」

「はっ」

「キングストンは由緒ある家柄。おろそかにはせぬようにな」

「肝に銘じましてございます」


リューウェインは一層深く頭を下げる。


「それから、魔物の件だが」

 国王は少し考えてから言った。


「王国と各領地の警備隊とが連携して事にあたるべきだろう」

「承知いたしました」

 リューウェインは再び頭を下げる。

 ショーン王子は黙ったままうなずいただけだった。


 これで一連の諍いは、一件落着となった。

 わだかまりや対立が完全に解消されたわけもないが。


 周囲の人々はほっとしたように、半ばは残念そうに、ひそひそ話し合っていた。

 いつのまにか、王宮の別の棟にも灯りがつき、何やら人影が見える。

 テラスの入り口は、黒山の人だかりだった。


 明日にはこの件は、王都中に広まるだろう。

 元々アングル王国の血を引く第二王子ショーンの評判は、良いとはいえなかった。


 この小大陸には、エリン、アングル、アルバの三王国がある。

 その中でもエリン王国の歴史は最も古い。

 そのためエリンの人々は、他国を見下す良くない癖があった。

 

 ロディーヌはため息をついた。

 またある事無い事、尾ひれがついた噂が流れるに違いない。


 テラスにいた人達の多くは、何やら気が抜けたように、音楽の鳴り響く屋内へと戻っていく。

 ロディーヌも公爵も王子も、室内へと歩を進める。


「どうもお見苦しい所をお見せして申し訳ございません、陛下」

 リューウェインが恐縮したように言う。


「かまわんさ。魔物の件は予も何とかせねばと思っておった」

「王国警備隊や魔術団とも連携をとって、必ず対処致します」


「うむ。頼むぞ。この所、体調がすぐれぬでな。迷惑をかける」

「何をおっしゃいますやら。お体は大丈夫なのでごさいますか?」


「いや大した事はない。歳はとりたくないものだな」

「とんでもございません。まだまだお元気で、エリンの柱となっていただかねば困ります」


 ダーメット二世は五十代であり、老いるというほどの年齢ではない。

 王としてはむしろ、若いといっていい方かもしれない。


「ところでな、リューウェイン」

 ダーメット二世は公爵に話しかけた。

 

「はい、何でございましょう、陛下」

「結婚式はまだかと思ってな、リューウェイン」


 リューウェインの顔に、戸惑いの表情が浮かぶ。


「いえ、アラン殿下が亡くなられたばかりで」

「だが、喪もあけた事だしな」


 王はロディーヌを見て微笑む。

 ロディーヌはそっと礼をする。


「ロディーヌ殿」

「はい、陛下」

「このリューウェインは良い奴じゃよ。ちょっと愛想は無いがな」

「はい、存じております陛下」


 実のところ、それほど確信があって言ったわけではない。

 ただ、リューウェインの心の底にあるものを、直感的に感じ取っていたのかもしれない。


 その後の舞踏会は、どことなく盛り上がりに欠けるままに終わった。

 社交界デビューの令嬢たちにとっては、真夜中まで続く一大イベントだったろう。

 

 ただ出席者たちにとっては、ショーン王子とリューウェイン公爵の諍いが本番のようなものだった。

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