第16話 舞踏会
そして舞踏会の日がやってきた
その日は朝から大忙しだった。
「ねぇ、メアリー。これはちょっと派手すぎない?」
「そんなことございませんよ」
髪型のセット、ドレスのやアクセサリーの選定。
やる事はいくらでもある。
といっても実家から持ってきたものの中には、種類も数もあまりない。
聖女として、第二王子の婚約者だった時に作ったものがほとんどであった。
公式の場に出るのに恥をかかないためということで、その時だけは父が用意したのだ。
元来社交の場に出る機会など無かった。
着飾って出かけるコルデリアをうらやましいと思った事もなかった。
ロディーヌは鏡の中の自分を見る。
いつもと変わらない、黄金の髪に緑の瞳。
ただ前よりも血色がよくなり、瞳にも光がさしているようにも思える。
このところ鏡を見る時間が増えた気がする。
そういえば、母が亡くなってからこの方、あまり鏡を見たことがなかった。
苦悩と絶望と諦めに彩られた自分の顔を見たくなかったのだ、多分。
「ほら、このお召し物とアクセサリーはとてもお似合いですよ」
「そうかしら?」
「ええ、ロディーヌ様の髪と目の色にとても……」
メアリーの言葉を半ば聞いてはいなかった。
着飾って外に出たなんて、聖女の力に目覚めた一時期だけだったからだ。
宝石、アクセサリー、服、そんなに種類を持っているわけではなかった。
正直よくわからない。
ただまがりなりにもレンスター家の婚約者であった。
公爵が恥をかかないようにしなければ。
「これでいいわ、メアリー」
「わかりました。とても素敵ですわ」
結局、衣装にそれほど選択肢があるわけではなかった。
夜になり、舞踏会の開始が近づく。
始まるのは八時からとのことだった。
、髪を結いあげ、ドレスアップした姿で玄関ホールに降りる。
既に馬車は玄関前で待っていた。
ロディーヌはどことなく落ち着かない気分で、自分のドレスを見る。
そしてあたりに目をやる。
何となく自分が自分では無い気がする。
だがそれも慣れるだろう。
いや、これからは慣れなければいけないのだ。
やがて公爵が二階から降りてきた。
無言でロディーヌに手を差し出す。
ロディーヌはその手をとって、馬車に乗った。
道中は無言だった。
何か話さなければと、ロディーヌは話題を探そうとした。
公爵は馬車の窓から外を眺めている。
「あの……」
ロディーヌの言葉に
「何だ?」
公爵は彼女の方を横目でちらりと見て言う。
「あ、いえ、何でもありません」
そのままロディーヌは黙り込んでしまう。
(やっぱりだめだわ……)
自分はどうしてこうなんだろう、と思う。
もう一言二言、言葉を発せられたら……
「舞踏会は初めてか?」
意外な事に、リューウェインの方から話題を振ってきた。
「いえ、前に二、三回」
「今回は王家の血を引く貴族の娘と、あと何人かのデビューということだ」
「そうでしたか」
「俺もよく知らん。君は俺のそばにいればいい」
それだけ言うと、彼はまた黙り込んだ。
馬車はやがて王宮に到着する。
今度もリューウェインが先に降り、無言でロディーヌに再び手を差し出した。
特に意識せずとも、そのような振る舞いが身についているようだった。
まずは控えの間に通される。
そこで名前を呼ばれるまで待たなければならない。
社交界デビューを控えた貴族の令嬢は、白いドレスに白い羽飾りをつけ、一目でわかる。
あるものは緊張した表情で黙りこくり、またあるものはひそひそと喋っている。
「ガーレット伯爵令嬢、ファーラ様」
一番目に名前を呼ばれたのが、どうやら王族の血を引く令嬢らしい。
付き添いの人間と共に広間に通され、王に謁見する。
そこで初めて、一人前として認められるのだ。
次々に名前を呼ばれ、デビューの挨拶がすむと、残りの者が入場する。
ロディーヌとリューウェインが広間へ入ると、正面に玉座が見える。
一段高くなったその場所には、国王ダーメット二世が座っている。
国王の周囲には王族がおり、当然ながら第二王子ショーンがいた。
そして隣には王子の婚約者で、ロディーヌの妹のコルデリアも立っている。
ダーメット二世は、ショーンの母であった王妃を亡くしてからは、公的には独身のままである。
舞踏会の進行は以下のように行われる。
まず今回デビューする、令嬢たちが付き添いの人間と踊る。
次にパートナーのいる男女が踊る。
そして最後に、独身の男性が独身の令嬢を踊りに誘う。
仮面舞踏会となるとまた別だが、大体このような流れであった。
デビューの令嬢たちの年代は十代半ばから後半くらいである。
皆一様に、緊張の中にも瞳を輝かせ、躍動感あふれる踊りを披露した。
考えてみればロディーヌ自身も彼女たちとさほど変わらない年齢だ。
なのに何故か令嬢達が新鮮でまぶしく感じられる。
「さ、俺たちの番だ」
リューウェインがロディーヌの手をとり、フロアの中央へ向かう。
正直ダンスには自信がない。
「あの、リューウェイン様……」
「大丈夫だ。俺に任せておけば」
リューウェインはロディーヌの手を握り、彼女の歩幅に合わせた簡単なステップと、ゆっくりしたターンを行う。
何とかロディーヌもついていけた。
踊りが一通り終わると、公爵と一緒に壁際まで戻る。
「あれでよかったのでしょうか、リューウェイン様」
「心配するな、誰も気にしちゃいないよ」
彼は軽く頭を動かして、ロディーヌに周囲を見るようにうながす。
確かにそうだ。
令嬢たちは誰が自分を踊りに誘うか。
独身の男たちは誰を誘うか。
令嬢のお目付け役たちはその男たちの品定め。
それぞれ自分の事に気をとられている。
他の人間は別室で雑談しているようだった。
ロディーヌとリューウェインも控室に向かう。
控えの間は何ヶ所かあり、軽食や飲み物も用意されていた。
公爵はワイン、ロディーヌはレモネードを頼む。
すると一人の女性が声をかけてきた。
「あら、公爵閣下。お久しぶりね」
「公爵閣下はやめてくださいよ、叔母上」
リューウェインが挨拶を返す。
ロディーヌには見覚えがあった。
それは国王の愛妾、ディグビー伯爵夫人キーヴァだった。
あわてて礼をする。
「あなたもようやく身を固めるようで、陛下もご安心なさっておいでよ、リュー」
「これはおそれいります」
ディグビー伯爵夫人キーヴァは、リューウェインの母方の叔母になるらしい。
「初めまして……ではないわね。あなたとは」
キーヴァはロディーヌを見て艶然と微笑む。
黒髪に茶色の瞳。
三十代後半のはずだが、十歳は若く見える。
「以前ご挨拶させて頂いた事がございます、ディグビー伯爵夫人」
「キーヴァで結構よ」
「はい、では私の事もロディーヌとお呼び下さい」
この場合の伯爵夫人とは、国王の愛妾に与えられる称号のようなものだった。
実際に誰かと結婚しているわけではないとは聞いた事があった。
「相変わらずお美しくていらっしゃいますね、キーヴァ」
「あなたにお世辞なんて似合わないわよ、リュー。結婚式はいつ?」
「色々ありましたのでまだ」
「そう。でも生きている者は、自分の幸せをまず考えるべきだと思うわ」
二人の会話に、ロディーヌが口をはさむ隙はなかった。
話題に困らないように、色々な貴族の家系や家族構成、領地や様々な噂などをあらかじめ調べてはおいた。
ただこの調子だと役に立つかはわからない。
まずディグビー伯爵夫人のような、美しく成熟した女性相手には気圧されてしまう。
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