第15話 魔力測定

「うん、やはりこれは旨いな」


 今日はリューウェインも食堂に出てきていた。

 いつものように料理をし、一緒に食事をとる。


 といっても特に会話がはかどったわけでもない。

 ぽつりぽつりといった感じだった。


 ただそんな中でも、リューウェインは初めて、自分の今の仕事について話してくれた。

 もしかすると、それは昼間の出来事をごまかすためだったのかもしれない。


 そうだとしても、リューウェインが話してくれた事自体が、ロディーヌには嬉しかった。

 食事が終わり、デザートと紅茶が出される。

 その時にふと、ロディーヌは思い立って言ってみる。


「あの……リューウェイン様」

「なんだ?」

「よろしければ図書室を貸していただけないでしょうか?」


 ロディーヌとしては勇気を振り絞った問いだった。

 だが、リューウェインの答えはあっさりしたものだった。


「なんだ?まだ使った事がなかったのか」

 リューウェインは意外そうな声を出した。

 彼はルーシャスに目をやる。


「図書室の鍵を彼女に渡してくれ」

 ルーシャスは軽く一礼する。


「気が利かなくてすまないな」

 リューウェインの言葉に


「いえ、とんでもございません」

 そう返すのが精一杯だった。

 

 ロディーヌとしては、自分の研究だけでなく、色々な事を知りたいという思いがあった。

 自分はあまりにも無知だ。

 

 公爵の事も、公爵の家族の事も知らない。

 それだけではない。

 この国がどうなっているのかも。


「そうだ。今度王室主催の舞踏会がある。第一王子の喪もあけたことだしな。一緒に出席してくれるか?」

「はい、喜んで」


 これからどうなるかはわからない。

 でもこの人の事をもっと知りたい。

 そう思うロディーヌだった。



数日後――



 ロディーヌは公爵家の図書室にいた。

 おそろしい数と種類の本がある。

 実家のキングストン家とはくらべものにならない。

 これ以上となると、王立図書館しかないのではないか、と思えるほどだった。


 農業、工業、医学、魔術といった実用書から、歴史、地理、文学、詩、主要貴族の家系図まである。

 その中で興味を引いた本があった。


「聖女と魔術師――魔法学大全」


 とある。

 その本を手に取って読み始める。


 聖女の力に目覚めた頃は、回復魔術や防御魔術の訓練もした。

 そして聖女の力は突然あらわれ突然消えた。

 

 残念に思う気持ちはなかった。

 どこか、この力は自分のものではないと感じていた。

 聖女の力を失った以上、王子から婚約破棄されることは覚悟していた。

 

「聖女と魔術師の適正検査……か」

 目の前のページを声を出して読む。


 そういえば、母はどうだったんだろうか? 

 自分が聖女の力を持っていたからには、母にも同じような力があったのだろうか?


 母が魔法を使っていたという記憶はない。

 魔法について教えられたこともない。

 だがぼんやり本を眺めていると、ふいにある記憶が蘇った。

 


 それはいつの頃だったろうか。

 ただ確かに幼い時の記憶だった。


『お母さんごめんなさい』

『どうしたのロディーヌ?』

『あのね、お母さんの水晶さわったらこんなになっちゃったの』


 泣きながら水晶玉を差し出した。

 その時の母の顔はどんな表情をしていたのだろう?

 記憶にもやがかかって思い出せなかった。


 母は優しく話しかける。

『なんともないわ。ちゃんと謝れて偉いわね、ロディーヌ』

『でもキラキラ虹色に光って、元にもどらなくて……』

『こうすれば大丈夫よ』


 母が水晶玉に触れると光は消えた気がする。

 そしてその後言われた。


『ねぇ、これを誰かに見せた?』

『ううん。誰にも。お母さんだけだよ』

『そう。もうこんな事しちゃだめよ、ロディーヌ』

『うん、うん……ごめんなさい』


 そのやりとりは、確かにあったと思う。

 しかし今の今まで忘れていた。

 それ以上の具体的な事は思い出せなかった。


 思い出せたのは、自分を見つめる暖かな、どこか心配そうな目。

 そして優しく抱きしめてくれたぬくもりだけだった。


 ロディーヌはもう一度本に目を落とす。

 魔力の測定という項目だった。


 方法は単純だ。

 特殊な水晶玉に触れて念じればいい。

 

 魔力を持っていれば光を放つ。無ければ変化しない。

 光の色で得意な系統の魔法がわかる、というものだった。


 そういえば、母の遺品の中に、あの水晶玉があったはずだ。

 いまさら役に立つことはないと思うが……


「いけない、いけない」


 ロディーヌは魔術の本を棚に戻す。

 今日の目的はこれではない。

 本棚に戻り、エリン王国の地図や「エリン王国貴族名家一覧」等の本を机へ運ぶと読み始めた。



 翌日、ロディーヌの自室――



「……という事でございますよ」

 ところどころ相槌をうったり、うなずいたりしながら、メアリーの話を一通り聞き終える。

 今日聞いたのは、エリン王国における有名貴族の情報や動向である。

 

 メアリーは社交的で情報通だ。

 それは実家にいた時からそうだった。


 家族構成から資産や事業や、どこで仕入れてくるのかわからない醜聞やら。

 聞いていて飽きなかった。


「メアリーは本当に色んな事を知ってるわねぇ」

「いえいえ、ただの又聞きですよ」


 メアリーの明るさや人付き合いの上手さに憧れる気持ちはある。

 だが同時に、自分には無理だと思っている。


 ずっと家族や使用人に軽んじられる生活を送ってきた。

 どこかに、どうせ自分なんかが、という気持ちがあった。


「そうそう。リューウェイン様は、ロディーヌ様以外特定のお相手はいらっしゃらないようですわ、屋敷の人達によると」

「そうなのね……ま、まぁ特に気になってたわけじゃないけど……ありがとう」


 メアリーはそのロディーヌの様子を見て、くすっと笑う。


「ロディーヌ様は色々とお気をまわしすぎだと思いますわ」

「そうかしら?」


「ここの家にはキングストン家と違って、ロディーヌ様を悪く思う者もいないと思いますわ」

「さぁそれは私にはわからないけれど……」

「ロディーヌ様の方から話しかければ、彼らもよろこびますわよ」


 そう言ってメアリーは出て行った。


 ロディーヌは、ほっとため息をつく。

 メアリーはああいったが、なかなか自分を変えられそうにない。


 その時ふと魔術の本に書いてあったことを思い出す。

 母の水晶は確か棚の奥にしまっていたはずだ。


 立ち上がり棚を開ける。

 古びた木の箱の中に、その水晶はあった。

 机へ運び、敷いてあった布ごと箱から取り出す。


 ロディーヌはじっと水晶を見つめる。

 そっと手をかざして念じてみる。


 ……何も変化はなかった。


 それも当然だろう。

 自分が何か特殊な能力を持っているわけではない。


 ロディーヌはもう一度その水晶の箱を棚に戻した。

 そしてベッドに戻る。


 今日も充実していた一日だった。

 明日もこうして同じ日が続くのだろうか。


 その時ふと背後で何かが光る気配を感じる。

 振り返ると何もおかしなことはない。


 もう一度棚を開けて、中を調べる。

 念のため水晶も見てみたが特に変化はなかった。


 ロディーヌは一つため息をつくと、もう一度ベッドに入って眠りについた。



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