第13話 虹色の薔薇

「調べさせてもらいましたが、実際に全てを行っていたのはロディーヌです。そうですね?」

「いやそれは……」


「しかもあなたは、いやあなた達は、ロディーヌに対して正当な扱いをしていたとは言えませんね」

「……」


「援助はします。今の在庫は私が買い取りましょう。設備に要する金も職人への給与も払ってもいい。ですが私にはあなたの力は必要ありません」


 リューウェインは一度も言葉を荒げることはなかった。

 だがその紫水晶アメジストの瞳はキングストン公爵を射抜き、反論を許さない鋭さだった。


「さて、ご用がそれだけでしたら、どうかお引き取りを。結婚式にはもちろんお呼びしますよ、父上」

 

 皮肉っぽいしぐさで扉の方を指し示す。

 父のリーアムはのろのろと、部屋を出ていった。


 一連の会話の中、ロディーヌは口をはさむ隙もなく、ずっと黙っていた。

 リューウェインがそんなロディーヌに話しかける。


「立ち聞きしててすまなかったな」

「いえ……」


「お父上から君への手紙も全て調べさせてもらっている。君や君の父上を疑っているわけではないが、俺は敵が多いものでな」

「いえ、別にかまいません」

 

 それは本当だった。

 父への愛情も、家族の情も、ロディーヌはとっくの昔にすり減り無くなっていた。

 自分は情の薄い女なのだろうか?


「また何か必要なものがあったら、遠慮なくルーシャスにでもいってくれ。では」

 リューウェイン公爵が出ていこうとしたが、ロディーヌは反射的に呼び止めた。


「公……リューウェイン様」

 

 リューウェインが振り返る。


「何か?」

「あ、あの……ありがとうございます」


 リューウェインは軽く笑みを浮かべて答える。


「別に礼を言われるような事はしていないと思うが。君は面白い子だね」

 そういって、背を向け立ち去った。


 ロディーヌも続けて客間を出て、研究室へと戻っていく。

 椅子に座って、ぼんやりと先ほどの事を考えていた。


 実家にいたころは、ひたすら家事と研究と栽培と製造にあけくれていた。

 それはキングストン家のためではなかった。

 

 自分が好きだったからというのもある。

 ただそれらを通じて、死んだ母と繋がっている気持ちがしたからだ。


 実家は母との思い出の場所でもあるが、このレンスターの家に来てからそういう気持ちも薄れてきた。

 

 母の残した日記を読み、母が好きだった花に囲まれていれば、いつも母と一緒にいられる。

 今更キングストン家の利益のために働いてくれと言われても、困惑するばかりだ。


 ロディーヌは机に向かって、母の日記を開く。

 虹色の薔薇について書いてある所を読む。


 母が生涯かけて追及していたものだ。


(……私は今まで様々な品種と掛け合わせてきた。いつかこれが完成する日がくるのだろうか?)


(……もしかすると、伝承にある虹色の薔薇は、この世にある品種からは作成不可能なのかもしれない……)


 今まで何度も読み返した個所だ。


「この世のものではない……か」


 ロディーヌは一人呟く。

 公爵邸にも、様々な植物や花がある。

 それらを順に掛け合わせていくのも気の遠くなる作業だ。


「やぁ、お困りのようだね」


 ふと見ると、そこには小妖精レプラコーン のホルバンがいた。


「ああ、あなたなの」

「あなたなのとは、またまたご挨拶だね」


「まぁいいわ、何か用?」

「何か用って冷たいね。このホルバン様が会いに来てやったのに」


 妖精は気まぐれでいたずら好きと言われる。

 ロディーヌは今まで、植物や動物や自然の様々な知識を教えてもらった。

 

 ただ彼が望むときに姿を見せ、彼が飽きるといつのまにか去っていく。

 いつ来ていつ帰るのかは、気分次第だ。


「ねぇ、ホルバンって王宮に行ったりはしないの?」

 それは何の気なしに発した言葉だった。


 ホルバンは顔をしかめて答えた。


「あそこはねぇ、おいら嫌なんだよ。最近は特にね」

「なんで?」

「どうもね。良くない瘴気があふれてる」

「そうなんだ」


 

 ホルバンは珍しく本気で嫌がっているようだ。

 ロディーヌは話題を変えた。


「今虹色の薔薇の事について考えてるの」

「へぇ~」


「興味なさげね?」

「いやいやそんなことないよ!」

「まぁ、いいわ。それでね……」


 ロディーヌは一通り語り出した。

 聖女の力に目覚めてからおろそかになっていた、虹色の薔薇の研究を開始したこと。

 だがなかなか研究がすすまないこと。


 もしかしたら、今のこの世界にあるものだけでは作れないのではないかと考えていること。

 ホルバンは黙って聞いていた。


「なるほど、ロディーヌが前に言ってたやつね」

「前は私もただの伝説だと思ってたけど、もうちょっと研究してみようと思うの」


「うーん、まぁおいらも色々調べてみるよ」

 ホルバンは一応そうは言ったが、どれほど頼りになるかはわからない。


「お願いね」

 妖精に期待しすぎはよくない。

 ロディーヌはそう思いながら言った。


「このところちょっときな臭いんだよね」

 ホルバンは彼らしくもなく、少し浮かない顔だった。


「きな臭いって何?」

「魔物たちが騒がしくて以前より狂暴になってる気がする」

「魔物たちが?」


 ロディーヌは考え込んだ。

 確かにこのところ起こっていることには嫌な予感がする。

 

 執事長の薬の材料が足りなくなったこと、そして第一王子の死。

 リューウェインもやけに忙しそうだ。

 隣国にも何か変化があるのだろうか?


 いや、疑いすぎなのかもしれない。

 単なる偶然の繋がりにすぎない可能性も高い。

 自分が何かできるわけでもないのだから……


 ロディーヌがふと顔を上げると、いつのまにかホルバンはいなくなっていた。

 相変わらず気まぐれだ。

 ロディーヌは再び机に向かい、母の記録を調べ始めた。



 

 午後三時、公爵邸のテラス――

 


 ロディーヌは午後のお茶を楽しんでいた。

 バターとはちみつを使ったパイにアップルケーキ。


「ロディーヌ様、今度はハーブティーをいかがですか?」

「そうね、メアリー。あなたもいただいたら?」

「では、お言葉に甘えまして」


 執事長の命を救ってから、屋敷の人たちの対応も変わった気がする。

 表情もやわらかであるし、なるべくロディーヌの意図や要望をかなえようというそぶりも見える。

 メアリーによると、執事長はかなりの古株で、人望もあるらしい。


「ところで研究の方はいかがですか?」

「そうねぇ。虹色の薔薇はまだまだね」

「いつも遅くまでお仕事なさってて、頭が下がりますわ」

「そんなことないわ。好きでやってるんですもの」


 虹色の薔薇以外の、植物の栽培や香油・薬の製造等は、順調に進みつつある。

 それにともなって、この屋敷の使用人や職人たちとも挨拶をかわすようになった。


 実家にいた時のように、無視されたり、つっけんどんな態度をとられる事もない。


「ロディーヌ様がどんな方か、皆さんわかってきたのだと思いますわ」

 とはメアリーの言葉であった。


「いったいどんな人間だと思われていたのかしら」

「それは……まぁ」

「いいから、言ってみて」


「あくまでこの屋敷の皆が、以前言っていたことでございますよ」

 メアリーはそう前置きして続ける。


「その……遊び好きだとか、派手好きだとか、わがままで傲慢だとか……その他にも」



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