第12話 父来たる

 コルデリアが自分を憎む理由。

 ずっと日陰の身であったことに対する恨みや怒りが、母親が亡くなった今、ロディーヌに向かっているに違いない。


 その気持ちは理解できないわけではなかった。

 ただ、ロディーヌ自身にはどうしようもないことである。


 それに母はどうなるのだろう?

 ずっと一緒に暮らしてきた夫が自分を裏切り、他に愛人がいて子供までいると知ったら?

 それとも母は知っていたのだろうか?


「お姉さまは私と話すといつも黙ってしまわれますわね。まるで私がいじめているみたいで気が引けますわ」

 

 ロディーヌは一言も発さずにうつむいていた。

 言いたい事がないわけではない。

 自分達だって被害者なのだと言葉にしたかった。

 

 だが他人のむき出しの悪意を向けられると、何よりどうしていいかわからなくなる。

 多少は義母や妹に対する同情のような感情もなくはなかった。

 それに、なによりこのような場所で、姉妹で言い争うわけにもいかない。


「ここにいたかロディーヌ。もうそろそろ王墓へ出発の時刻だ」

 二人の緊張を破ったのは、リューウェイン公爵だった。


「公爵閣下。ロディーヌの妹、コルデリアでございます」

「ああ、あなたがコルデリア殿か。こちらこそよろしく」

 一切表情を変えないままリューウェインは言った。


「間近で拝見すると、素敵なお姿に目がくらみそうですわ。姉は幸せ者でございます。これからはお兄様とお呼びしてよろしくて?」

「かまわないさ」


 妹は一見したところ社交的で饒舌で、ロディーヌとは正反対だ。

 だが公爵には何の感銘も与えなかったように思えた。



 王子の葬儀から一週間がたった。

 

「結婚式は延期だ」

 リューウェインは、葬儀が終わってから短くそれだけ言った。

 

 そういえば、自分たちは婚約者であり、近々結婚するのだった。

 ロディーヌにはまるで実感がない。


 エリン王国の人達は亡くなってから一月は喪に服す。

 死者はあの世へ行き、そこで再び人や魔物や草木や風等の様々なものに生まれ変わる。

 

 一部の神々や英雄たちは、ティルナノーグという永遠の楽園で暮らす。

 他国にはまた別の信仰があるようだが、エリンの人々はそう信じていた。


 今ロディーヌは、公爵が用意してくれた栽培室にいる。

 すぐ近くには納屋を改装した研究室もあった。


 研究室は数日で整えたとは思えない豪華な部屋だった。

 元は納屋といっても、ロディーヌの感覚から言えば屋敷の別棟のようである。


 そこに母の資料や植物の種、球根等を移した。

 最終的には、母の悲願であった虹色の薔薇を作るのが目標だ。


 他には薬や香油の製法を整理し、量産できないか検討する事もあった。

 これは公爵に頼まれたのである。


 そう言ってくるだろうと思ってはいた。

 リューウェイン公爵は抜け目ない人だとの噂であった。

 短い期間だが公爵を観察していてロディーヌもそういう印象を持っていた。


 植物の栽培法や薬の製法を渡すことに抵抗はない。

 母も常々、多くの人の役に立つようにと言っていた。

 ロディーヌ自身も、好きな花に囲まれて、自分の研究ができればよかった。

 

 栽培室の中を歩き、植物たちの様子を記録していたところ、メアリーがやってきた。



「お忙しいところ申し訳ございません、ロディーヌ様。その……リーアム様がお見えです」

「お父様が?わかったわ、すぐ行く」

 

 これは意外な知らせだった。

 一体父が何の用なのだろうか?

 急いで身支度を整え、父がいる客間に向かった。

 

「おお、ロディーヌ久しぶりだな」

 父の言葉だったが、実際には二ヶ月もたっていない


「お父様、ご無沙汰しております。いらっしゃるなら連絡して下されば」

「いや、お前宛に手紙も使者も送ったのだがな」 


「そうだったのですか」

 ロディーヌは何も聞いていなかった。

 公爵が握りつぶしていたとしか思えない


「それで……今日はどんなご用件ですの?」

「実はなロディーヌ、我が家に戻って来てはくれないか?」

 父の言葉は意外なものだった。


「戻って……いったい何故ですか?」

 リューウェイン公爵との婚約は父も大賛成だったはずだ。

 いやむしろ父の方が乗り気であったろう。


「たまにでいいんだ。このところ我が家の薬の製造や植物の栽培がうまくいかなくてな」

「職人や他の使用人達もおりますでしょう?」

「いや、それが肝心な所は彼らもわからないというんだ。お前しか知らないしできないと」


 それは本当だった。

 父も義母も、うまく行ってるからそれでいいと、あまり関心がなかった。


 

 実際多くの人に手伝ってもらったのは事実だが、ロディーヌしか知らない製法や栽培のコツというものもあった。

 そして使用人達は、手柄が自分たちのものであるかのように報告していたのは、メアリーから聞いていた。

 

「それにお前は、イーファの残した記録も持って行ったというではないか。もう我が家はどうしようもない」

 

 今更そんな事を言われてもというのが、ロディーヌの正直な気持ちだった。

 そもそも娘や使用人に任せきりで何の関心もなかった父だ。

 

 父の関心といえば、乗馬や狩猟とひたすら義母や妹の機嫌をとることだけ。

 母が生きていた時も、ロディーヌには父親と過ごした記憶がほとんどなかった。

 正直母がなんでこんな男を選んだのかよくわからなかった。


「お父様。そんなにも私を必要として下さるなんて嬉しいですわ」

 我ながら嫌味な言い方だなと思いつつ、ロディーヌは言葉にする。

 この屋敷に来てから、少し自分は変わってしまったのかもしれない。


「ですが私は今はレンスター公リューウェイン様の婚約者。公爵様のご許可がなければ、どんなご用もお受けできかねますわ」


「これは公爵は関係ない。我が家とお前の問題だ」

 父は語気を強くする。


「それにこの件に関して彼も反対はしないだろう。我が家の事業に関しては、彼も理解し援助すると約束している」

「そうおっしゃられましても」


「もういい。公爵を呼んでくれ。話がしたい」

 父がそう言葉を発したその時だった。


「お呼びになる必要はありませんよ。ここにおります」

 それはリューウェイン公爵の声だった。


「これはこれは公爵閣下。どうぞお入りください」

 父が言った。


 扉が開いて、リューウェイン公爵が入ってくる。


「公爵閣下はやめてください。あなたはいずれ私の父上になるお方ですからね」

「ではリューウェイン殿。お聞きになっていたなら話がはやい。リューウェイン殿からも言ってくださらんか。ロディーヌにキングストンを助けるよう」


 リューウェインは直接的には答えず、キングストン公爵に話しかける。


「レンスター家がキングストン家に援助するにあたって、薬や香油の独占販売、製法の共有というのが約束だったはずですな」


「それはその通りです」

「だがその約束以降現在にいたるまで、あなたは言葉を濁してはっきりさせなかった」

「……」



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