第11話 クロムの神殿
広間の中央には棺が安置され、多くの燭台には蝋燭がともっている。
死を司るクロムの神殿には、亡くなった王子をしのび、多くの貴族たちが集まっていた。
皆一様に暗く沈んで、気落ちした様子であった。
必ずしも社交上の礼儀とばかりも言えない。
知的で物静かな第一王子アランは、貴族ばかりではなく、国民にも人気があった。
まさかリューウェイン公爵と二人で最初に出かける先が葬儀だとは。
思ってもみなかったロディーヌだった。
棺の近くには、現国王や第一王子等の王族たちがいる。
特に国王のダーメット二世は憔悴しきっていた。
まだ五十三歳とさほどの歳でもない。
だが一気に十歳以上老けたように感じられた。
今夜は夜通し死者の魂を偲び、明日に葬儀が執り行われる予定である。
国王に対し、次々と貴族たちがお悔みの言葉を投げかけていた。
周囲の人の話し声も聞こえてくる。
「お可哀そうに。体もお丈夫ではなかったとはいえ急になぜ」
「国王陛下のお姿を拝見しているのが苦しいですわ」
「ついこの間お話しましたのに」
「……ということは第二王子のショーン殿下が王太子に……」
レンスター公爵リューウェインは第三王位継承者であり、現国王の弟の子供、すなわち甥にあたる。
ということで、ロディーヌとリューウェインは国王や第二王子のすぐ近くにいる。
当然妹のコルデリアも第二王子ショーンと共に列席していた。
コルデリアとショーンの姿は、ロディーヌの心に暗い影を落とす。
忘れていたし、もう割り切っていたつもりだった。
それでも全てを忘れるには早すぎたのだろう。
まだあの婚約破棄の事件から一月ほどしかたっていないのだ。
王族や王家とゆかりある一部の貴族は、神殿の宿泊施設に泊まるが、他の列席者たちはそれぞれ家路へとつく。
リューウェインは肩を落としてうずくまっている国王に近づき声をかけた。
「陛下、この度はご心中お察しいたします」
「おお、リューウェインか」
国王はゆっくりと振り返って言った。
「なぜ若い者が先にいき、予のようなものが生き残るのであろうな」
「全ては全能の神ルゴスと神々の母ダナの御心かと。ですがなぜまた急に……」
「わからぬ。このところ体調がすぐれないと聞いてはいたが……アランは賢くて優しくて良い子であった。予などよりよっぽど良い王になったであろう」
「まことに残念です。失礼ながらアラン殿下は実の弟のように思っておりました」
「そうであったな、そなたたちは……」
二人の話に割り込むこともできず、ロディーヌは傍らでひざまずいていた。
ふと周りを見ると、ショーン王子と妹の姿はすでになかった。
側近たちが、遠慮がちに国王に話しかける。
「陛下、今夜はもうお休みになられては。私たちが殿下の棺をお守りいたしますゆえ」
「そうか。そうだな。では頼む」
疲れていたというより、側近の配慮に対して気を遣ったのかもしれない。
やがて国王は退室し、室内の者たちは礼をしつつそれを見守った。
国王が退室すると、リューウェインはロディーヌに言った。
「ではあとは
「はい」
神殿に仕える巫女に案内され、ロディーヌたちは広間をでて、神殿の東側の建物に入る。
そこは王族たちが宿泊できるように、設備がととのっていた。
リューウェインとロディーヌは別の部屋である。
広間を出てからずっと押し黙ったまま、考え事をしていたようだったリューウェインが口を開く。
「明日も早い。おやすみロディーヌ」
「おやすみなさいませ」
ロディーヌの部屋は広くはないが、内装や調度品には豪華な装飾や細工がほどこされていた。
中央に置かれたベッドの端に座り、先ほどの出来事を思い返していた。
第一王子アランは、ショーンと婚約していた時に多少あいさつ程度の話をしたくらいだ。
評判通り、知的で優しく穏やかな雰囲気の持ち主だった。
アランに恨みを買う理由があるとは思われない。
ただ王族や重臣が死ねば、まず第一に暗殺を疑われるような、そういう時代にロディーヌ達は生きている。
毒なのか魔術によるものなのか、そういった調査は既に行われているだろう。
仮に暗殺だとしてもなぜ国王でなくアランなのか。
アランが死んで利益を得る人間がいるとすれば……
よそう、こんなことに気をまわすなんて私の柄じゃない。
そう思いなおすとロディーヌは就寝のための身支度を始めた。
◆◆◆◆◆
中央に灯る燭台。それがその部屋のあかりの全てだった。
その光が二人の人物を照らし出す。
第二王子ショーンとその婚約者、ロディーヌの妹のコルデリアであった。
「兄上が亡くなって、本当に残念だ。ねぇコルデリア」
うっすらと笑みを浮かべてショーンが言う。
コルデリアは鋭く突き刺すような視線を王子に投げかけた。
「どうしたんだい?これで兄上がいなくなり、僕は第一王位継承者となり、ゆくゆくはこの国の王となる。そして君は王妃だ。嬉しくないのかな?」
ショーンは東方より渡来した白磁のグラスに入ったワインに口をつける。
「別に。どうでもいいわ、そんな事」
「その通りだね。君は自分が望んだ事をしただけだから」
「それはあなたが……」
「なるほどね。で、これからどうするんだい?」
コルデリアは唇をかみしめて下を向いていた。
「ぼくは本当に君を愛しているんだよ、コルデリア。王家の定めとして、仕方なく君の姉さんと婚約したが、正直聖女では都合が悪いと思っていた」
ショーンはコルデリアに話しかける。
だが、彼女の返事も同意も必要としてはいないようだった。
「僕と君は一蓮托生なのさ。これからも君の力が必要だ。協力してくれるね?」
ショーンの瞳の奥に燃える暗い炎は、コルデリアを鋭く貫き、焼き尽くすようであった。
◆◆◆◆◆
どのような陰謀が企まれようと、どのような悲劇がおころうとも、朝はやってくる。
夜通し続いた王子を悼む祈りの声は、まだやまない。
ロディーヌは朝食を終えた後、テラスに出て涼んでいた。
葬儀が行われているクロムの神殿は、王都の北側の小高い丘の上にある。
これから王子の棺は、歴代王家が眠る墓地へと埋葬される予定だった。
「こちらにいらしたのですね、お姉さま」
振り返る必要もない。
何年も聞きなれた声だった。
「おはよう、コルデリア」
「お元気そうで何よりですわ」
「あなたもね」
妹とこうして会話をかわすのは、めったにない。
いつもはコルデリアが一方的にしゃべるかロディーヌを非難するばかりだった。
「公爵様と連れだって、お仲がよろしいこと。良かったですわねお姉さまを貰って下さる方に出会えたようで」
そもそも、葬儀という公的行事であるから、そういう問題ではない。
コルデリアだってそれはわかっているだろう。
義母やコルデリアがロディーヌにつらく当たる原因を、察してはいた。
コルデリアは強力な魔術師であり、ロディーヌはそうではない。
そのことに関する優越感もあったろうが……
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