第7話 料理
「確かにこのまま何もしないで、ぼんやりしてても仕方ないわね」
「ロディーヌ様のお心づかいに、きっと公爵様もお喜びになると思いますわ」
「そうかしら。でも少しでも公爵様にお心を開いて頂けるかもしれない事は、やってみて損はない気もするわね」
「では折を見て、近侍のルーシャスに相談してみましょう」
というわけで、一週間後。
ロディーヌは自室にルーシャスを呼んで、公爵に食事を作りたいと相談を持ち掛けた。
「お食事ですか。リューウェイン様は特に御不自由はしておられませんが」
第一声は愛想も好意もない、控えめな不賛同の言葉だった。
ルーシャスに気おされて、ロディーヌは口ごもる。
「いえいえ。ロディーヌ様が公爵様に、是非お食事を作って差し上げたいとおっしゃってるんですのよ」
メアリーが助け船を出す。
「奥様になる方に、そんなことをしていただく訳には」
「お気になさらずに。キングストンの家ではごく普通のことですわ。公爵様のお好きなものはなんですの?」
「そこまでおっしゃるのなら。ロディーヌ様のご要望はなるべくかなえるよう、仰せつかっておりますし……」
メアリーの言葉に、ルーシャスは自分を納得させるようにつぶやいた。
リューウェイン公爵は基本的に何でも食べる。
ただ特に、羊肉のシチュー、生カキとスモークサーモン、海藻サラダ、クリームチーズケーキ等が好きらしい。
「ありがとうメアリー。私だけだと多分断られてたわね」
「いえいえお気になさらずに。ロディーヌ様はお優しいですから。ああいう奴にはちょっときつく言った方がいいんですよ」
ロディーヌから見れば、そっけなくて取りつくしまもないようなルーシャスも、ああいう奴呼ばわりのメアリーだった。
そして夕食の準備を始める時間になった。
「話はうかがっております。こちらでございます」
厨房の責任者らしき女性が、ロディーヌたちを案内する。
あらかじめ食材や道具が設置されていた。
ロディーヌはさっそく準備にとりかかる。
メアリーが手伝うと言ったが断った。
自分一人でやりたかったのだ。
数人の使用人たちが、厨房の外から遠巻きに見ていた。
お手並み拝見というやつかもしれない。
メニューは羊肉のシチュー、パン、ジャガイモと海藻のサラダに決めた。
ロディーヌは慣れた手つきで料理にかかる。
あらかじめ仕込んであったらしい材料も使ったので楽な仕事だった。
盛り付けが終わると、ワゴンに載せる。
使用人たちは一様に、ロディーヌの手並みに驚いた様子だった。
下級貴族ならともかく、高位の貴族の令嬢で料理までするという人間はなかなかいない。
「さぁロディーヌ様、こちらです。参りましょう」
なぜかメアリーは得意げだった。
昇降装置を使って二階に上がり、公爵の部屋まで運ぶ。
部屋の前には近侍のルーシャスがいた。
ロディーヌは扉をノックする。
「あの……公爵様。お食事をお持ちいたしました」
返事がない。
もう一度声をかけると、返答があった。
「誰だ?」
「ロディーヌでございます。あのお食事を……」
「そこに置いておいてくれ」
一言あったきり、それ以上の言葉は何もなかった。
「では僕がお渡ししますので。ありがとうございました」
冷然とした表情でルーシャスが言う。
お願いしますと小声で言い、ロディーヌ達はその場を離れた。
「やっぱり余計な事をしてしまったのかしらね、メアリー」
「そんな事はありませんわ。いつもあんな感じらしいですよ、他の使用人たちに聞く限りだと」
メアリーは、どうやらこの短期間でかなりの情報通になってしまったらしい。
誰とでも気さくに話すメアリーは、実家でも使用人の間で人気だった。
ロディーヌもメアリーの明るさに随分と助けられてきた。
「明日もお作りしようかしら」
「そうしましょう。何度も繰り返せば、ロディーヌ様のお心も必ず伝わると思いますわ」
というわけでそれから何度も食事を作って公爵に運んだ。
その間彼は一度も食堂には姿を現さなかった。
食べているのかいないのかもわからない。
「あの……私の作った料理は公爵様のお口に合っていますでしょうか?」
近侍のルーシャスにたずねる。
「さぁ。お召し上がりになってはおられるようです」
ルーシャスの答えはそれだけだった。
時々食事が終わったであろう頃を見計らって、公爵の部屋の前まで行ってみた。
綺麗に片付けられているときもあれば、手をつけていない時もあった。
そんなある日の事だった。
いつものように公爵の食事の準備をしようとしていたところ――
「今日は公爵様は、ロディーヌ様とご一緒に食堂でお召し上がりになるそうです」
この家に来てから初めての事だった。
とりあえずはそのまま夕食の準備を続ける。
テーブルに料理が運ばれ、ロディーヌも席に着く。
しばらくすると公爵があらわれた。
ロディーヌは立ち上がり、少し腰をかがめて淑女の礼をする。
公爵も軽く目礼で返す。
それから先は特に会話もなく、各自が黙々と食事をとるだけだった。
今日は隣にメアリーはいない。
この間は特別だったということで、いつもは使用人同士で食事をとっているようだ。
食事は口にあっているのか、そもそも食べているのか、そう聞くのも何となく気後れしてしまう。
急に公爵が口を開いた。
「どうした?食べないのか?」
びっくりして手が止まる。
「いえ……あの……」
「遠慮することはない。君は少し痩せすぎだ。食事の管理はしっかりするようにルーシャスに言っておかねばならんな」
「いいえ、今までも十分頂いております。私は元々小食でございまして」
ロディーヌの言葉に公爵は、そうかと言っただけだった。
そして食事が終わり部屋を出る前、リューウェインに訊ねられた。
「そういえば今までのあれは君が自分で作ったのか?」
「は、はい。余計なことでございましたでしょうか?」
「そんな事もない。あの羊肉のシチューはうまかった」
「ありがとうございます」
「また頼む」
それだけ言い残して公爵は部屋を出ていった。
ロディーヌは軽くため息をつく。
どうやら悪く思ってはいないようだ。
見知らぬ人達と暮らすのも、これはこれで気を遣うものなのだなと思った。
とはいえ実家にいた時も、厚遇されていたわけではない。
しょちゅう義母や妹に罵倒されたりこき使われたりはしたが、そんなものだと半ばあきらめていた。
そういえば、妹はどうしているのだろう?
王子と仲良くやっているのだろうか?
あまり思い出したくもないが、ふとそんな考えがよぎるロディーヌだった。
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