第2話 公爵来訪

「メアリー」


 メアリーは母方の親戚で今年二十歳になる。

 黒髪に茶褐色の瞳。

 キングストン家に仕える侍女で、数少ないロディーヌの味方だった。


「まさか、またコルデリア様が?公爵様に申し上げねば」

「いいのよ、メアリー。それよりお父様が呼んでおられるの?」


「はい。その……レンスター公爵様が急にお見えになられたとかで」

「レンスター公爵様が?」


 その名前はロディーヌすらも知っていた。

 公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続く貴族の序列の最上位であり、大将軍位についている。

 さらに王家の血を引く、第三王位継承者であるらしい。


「わかった、すぐ行くわ」

「お待ちください。すぐに髪と衣装を整えますので」


 メアリーに手伝ってもらい、大急ぎで身支度する。

 そして一階の客間へと向かった。


「お初にお目にかかります、ロディーヌ殿」

 レンスター公爵リューウェインは軽く礼をする。

 ロディーヌもそれに礼を返した。


 リューウェインは銀髪に紫水晶アメジストの瞳。

 背が高く、引き締まった、いかにも武人らしい体つきをしていた。

 今年二十五歳だという。


「本来ならもっと早くお礼に上がらねばならぬ所、遅くなって申し訳ない」

「いえ、とんでもありません」


 それは一年前。

 ロディーヌが聖女の力に目覚めるきっかけとなった出来事だった。


 その日たまたま買い出しに出ていたロディーヌは、馬車の事故現場に遭遇した。

 何台もの馬車が衝突し破損し倒れていた。


 多くの人がうめき声をあげ、酷い怪我をし、血が流れている。

 凄惨な現場にロディーヌは身震いした。

 だがその時、ロディーヌの額が熱くなり、体が光に包まれた。


 そしてその光は周囲へと広がり、傷を負った人々はみるみる治癒していく。


『聖女だ』

『聖女の力だ』

 

 人々は口々に驚きの叫びを上げた。

 その時ロディーヌの額には、聖女を表す月の紋章が浮き出ていたという。

 そしてロディーヌが助けた人達の中に、レンスター公爵家の一族がいたというわけだった。


「甥や姪を助けて頂いて、あらためてお礼申し上げます、ロディーヌ殿」

「そんな、かえって恐縮ですわ」


 当然ながらその時は、すぐにレンスター家からの使者が来訪した。

 そして多額の礼を渡されたらしい。

 それはすぐに義母と妹のものとなったが。


 その事件は、ロディーヌに思い出したくない記憶を呼び覚ます。


 現在の魔法は攻撃魔法が主であり、回復魔法の使い手は貴重だった。

 しかも通常の医術による治療とさほど変わらなかった。


 だが聖女は違う。

 聖女とは回復、防御、解呪の魔法を得意とするものの総称だ。

 その力は凄まじく、中には死者を蘇らせる者もいたという。


 聖女には通常、額に月の紋章があらわれる。

 そしてほとんどは王家の人間と婚姻関係を結んだ。

 この国に聖女が出現したのは、もう何百年も前の話だった。

 それほど貴重な存在なのだ。


 ロディーヌが聖女の力に目覚めたという事は、またたくまに王家にも伝わった。

 そして第二王子ショーンと婚約することになる。


 だがそれも二週間前までだった。

 ロディーヌの聖女の力は、あらわれたのと同じく、突然消えた。


 元々回復魔法というのは攻撃魔法に比べて力の維持が難しく不安定だった。

 エリン王国の歴史でも、聖女と思われた人物が急に力を失う事があった。

 彼女たちは偽物聖女と呼ばれ、嘲られるのが常だった。


 そして先日の婚約破棄の事件になったというわけだ。


「ロディーヌ、公爵閣下はお前に婚約の申し込みにいらしているのだよ」

 父が言う。


 ロディーヌの父、キングストン公爵家の当主リーアムは今年四十八歳になる。

 良く言えば穏やかで人当たりが良い。

 悪く言えば、意志が弱く言いなりになりやすかった。

 

 公爵が自分に婚約を申し込みに?

 ロディーヌは戸惑う。


 そもそも使者も立てず、いきなり本人が来訪するのも異例中の異例だった。

 レンスター公爵本人の来訪なら断れまいという事だろうか?


 エリン王国でその名を知らない者はいない、”竜殺し”のリューウェイン。

 16歳で単身マンスター地方の飛竜ワイバーンを倒したという。 


 だがかなりの偏屈で女性嫌いとして知られていた。

 王宮の舞踏会などにもめったに出てこないという。

 その公爵がなぜ?


「こんないい話はないわよロディーヌ。なんの取柄もないお前をもらって下さるというのだから」

 義母のサーシャが直接的すぎる表現で言う。

  

 だが義母の魂胆は見え透いていた。

 何かと気に食わないロディーヌをやっかい払いしたいというのもあるだろう。

 

 さらに言えば、このところ義母の実家の財力も底が尽き始めていた。

 大方キングストン家への多額の援助でも約束されたのだろうか。


「お前もいつまでも実家にいるわけにはいかないだろう?どうなんだお前の考えは?」

 

 父の言葉にロディーヌは口を開いた。


「光栄なお申し出だと思います。ただ少し考えさせてください」


 義母が少し強めの口調で言う。

「何が不満なの?レンスター家は王家の血を引く名門。領地も資産も家柄も何一つ問題ないでしょう?」


「まぁまぁ、サーシャ。そういったものでもない。ロディーヌもあんなことがあったばかりだしな」

「あなたはいつもそうやってこの子を甘やかすんですから」

 義母のサーシャは憤懣やるかたないといった口調だった。


 それまで黙ってやり取りを聞いていたリューウェインが言葉を発した。


「いや、ロディーヌ殿のおっしゃる事は当然です」

 リューウェイン公爵はロディーヌの目を見ながら言葉を続ける。


「こちらこそいきなり来訪して、即答できかねる申し込みをして申し訳ない。非礼は幾重にもお詫び致します」

「いえ、とんでもありませんこちらこそ」


 そしてリューウェイン公爵は、来た時と同じく唐突に去って行った。


 去り際に見た、冷たく澄んだ紫水晶アメジストの瞳が印象に残った。

 その瞳の奥には、ロディーヌと同じものがあるようにも感じられた。

 ただの錯覚かもしれないが。


「あらあら、良い知らせがあったみたいですね」

 部屋に入ってきたのはコルデリアだった。


「そうなのよコルデリア」

「私もお姉さまを心配してましたのよ、お母さま」

「お前は優しい子ねぇ」

「ええ。どこにも行き場がなければ、私の侍女になって頂こうかと思っていましたの」


 義母のサーシャと妹のコルデリアは笑いあう。


「ロディーヌ、はっきり言うけどあなた評判よくないわよ」

 ここぞとばかりに義母が言葉を続ける。

「あなた社交界にもあまり出てなかったでしょ。お高くとまってるとか、金遣いが荒いとか、男癖が悪いとか」


 そういった悪評を立てているのは、義母自身と妹だろう。

 そう言いたいのをロディーヌはぐっと飲み込んだ。


 悪評のかなりの部分は、実際には妹のコルデリアのものだった。

 だが言葉を飲み込み我慢するのが、いつものロディーヌだ。


 そういった大人しい態度が、余計に義母たちのカンにさわるのかもしれない。

 けれどもロディーヌ自身にはどうしようもないことだった。


「ご心配ありがとうございます。公爵様の申し入れも前向きに受け止めています。ですが一晩考えさせてください」

 

 ロディーヌはそれだけ言うと、軽く一礼してその場を立ち去った。

 背後でなにやら父と義母が言い争っている気配がしたが、これ以上は耐えられそうもなかった。


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