偽物聖女は冷酷公爵様と幸せになります

流あきら

第1話 婚約破棄

 豪奢な飾りつけや調度品が配された"紫の間"。

 だがロディーヌには、重苦しさしか感じられなかった。


 目の前の鏡をのぞく。

 そこには十八年間付き合ってきた女の顔があった。

 だが緑の瞳には力がなく、黄金の髪もくすんだように見える。


「ロディーヌ様、そろそろお時間です」

 侍女のメアリーが遠慮がちに声をかけてくる。


「わかったわ」

 ふと鏡の横の像に目を止める。

 女神エリウの像だ。

 このエリン王国ならどこにでもあるありふれたもの。 


 額に刻まれているのは、太陽と月と星を組み合わせたエリウの紋章。

 よく見慣れたものだ。

 ただ見る物全てがロディーヌの気を滅入らせるのだった。


 二人はそのまま部屋を出て、王子の間に向かった。


「キングストン公爵家令嬢ロディーヌ、そなたとの婚約を破棄する」

 エリン王国の第二王子ショーンが言った。

 金髪に淡褐色ヘイゼル の瞳。

 今年二十一歳になるはずだ。

 

 その言葉はロディーヌの心を撃ち抜かなかった。

 そう、もう決まっていた事だ。

 聖女の力を失ったあの時から。


「そなたの家は我が王家の遠縁に連なるもの。だが私の妻となるには、家柄・品格だけでなく、魔力も兼ね備えていなければならない」

 ショーン王子は重々しげに言葉を続けた。


「そなたは家格は問題ないものの、すでに聖女としての力を失った。そして魔術師としての力もない」

 

 ロディーヌは無言で王子の言葉を聞いていた。


「短い間であったが、僕の婚約者であったことを誇りに思い、これから生きていって欲しい」

 

 勝手で傲慢な言い分ではあった。

 ロディーヌは唇をかみしめ、軽く一礼した。

 だが続く王子の言動には、さすがに動揺を隠しきれなかった。


「さて、君に僕の新しい婚約者を紹介しよう。どうせいつかはわかる事だからな」

 ショーンは従者に向かって軽くうなずく。

 そしてその後に部屋に入ってきたのは……


「君に紹介……する必要もないかな。僕の新しい婚約者、君の妹のコルデリアだ」

 

 予感がなかったわけではない。

 ただ改めて形として目の前に現れると、ロディーヌの心は千々に乱れた。


 妹のコルデリアは薄っすらと笑みを浮かべて、ロディーヌを見ていた。

 昔からコルデリアはロディーヌのものを何でも欲しがった。

 そして今回は婚約者も、というわけだ。


「お姉さま。そういうことですので」

 勝ち誇った表情に思えるのは、自分の偏見とばかりは言えなかったろう。


「この結婚でキングストン公爵家とエリン王家はさらに固い結びつきを得ることになります。当然お姉さまも祝福して下さると思いますわ」

 

 コルデリアの言葉に続いて王子が言う。

「その通りだ。だから何も心配いらないんだよロディーヌ」

 

 この人達は何を言っているのだろうとロディーヌは思った。

 しょせん貴族にとっての結婚とは家と家との結びつきだ。

 ショーンを心から愛していたわけではない。

 

 だが聖女の力を得たといって婚約させられ、失ったといっては破棄される。

 そんな気持ちを考えた事があるのだろうか?

 

 結局自分はキングストン家の道具にすぎないのだ。

 そして何より、母が亡くなってからこの方、正当な扱いを受けた覚えもない。


 そのような内心はともかく、ロディーヌは深呼吸すると深く一礼した。

「新たなご婚約おめでとうございます、殿下。コルデリア、あなたもね」

 

 ロディーヌの様子に、王子とコルデリアの口元が軽くゆがんだ。


「まぁお姉さまありがとうございます。お姉さまにもきっと良いご縁がありますわ、例え偽物聖女だとしても」

 白々しい妹の返答に対し、黙って下を向き続ける。


「コルデリアの言う通りだよ。君も幸せになるべきだ」


 彼ら両名の言葉に対しロディーヌは

「お心遣い痛み入ります」

 と答えただけだった。


「君は結局、偽物聖女だったね。エリンの歴史によくあるように。ではもう下がっていい」

 

 ロディーヌは深く一礼すると、部屋を出た。

 

 王宮の廊下は広く、様々な意匠をほどこした柱や壁、豪華なシャンデリアが配されている。

 だがロディーヌにとっては、暗く先の見えない道をひたすら歩いているかのようだった。



◆◆◆◆◆



 ロディーヌは離れの自室で目を覚ます。

 貴族の令嬢の部屋とは思えない粗末なものだ。


 エリン王国歴2565年九月の朝は、まだ暖かい。

 一週間前の事を思い返すと、頭が重く気が晴れなかった。

 

 だがいずれ慣れるだろう。

 いつものように。


 部屋の隅の鳥かごを見る。


「そろそろ大丈夫かな」


 十日ほど前の嵐の後、庭で怪我をした鳥を見つけた。

 母から教わった薬草で治療をし保護していたのだ。


 鳥かごを持って外へ出る。

 扉を開けると手を差し入れた。


「さぁ。お前はもう自由よ」


 小鳥はロディーヌの手に飛び移る。

 そしてしばらくした後、空高く飛び立っていった。


「まぁお姉さまは、獣には好かれるんですね」


 声をした方を向く。

 妹のコルデリアだ。

 珍しく早起きしていたらしい。


「おはよう、コルデリア」

「おはようございます、お姉さま。私は動物が苦手で。お姉さまが羨ましいですわ」


 それは必ずしも事実ではない。

 コルデリアは小さいころから、犬や猫を欲しがった。

 だがすぐに飽きて、ロディーヌや使用人達に任せきりになる。


 そして犬たちがロディーヌの方になつくのを見て機嫌が悪くなる。

 その繰り返しだった。


「じゃあね、コルデリア」

「お待ちになって、お姉さま」


 コルデリアの瞳が光る。

 ふいに息が苦しくなり、ロディーヌの体が宙へと浮く。


「まぁ、おおげさな。この程度の魔法、大した事はないでしょう?」


 ロディーヌの様子を見て、コルデリアは軽い笑い声を立てる。


 キングストン家は、代々魔力をもって王家に仕える魔術師の家系だ。

 十歳になったときに正式に魔力試験を受け、使う系統の魔法を選び学ぶ。

 

 だがロディーヌはどの系統の魔法も使うことができなかった。

 さらに悪いことに、十歳になったコルデリアは魔力優秀と認められた。

 それ以来、ますます義母や妹はロディーヌを見下すようになった。


「今日はこの辺で勘弁してさしあげます。キングストン家の恥さらしのお姉さま」

 コルデリアはもう一度笑うと、去って行った。


 いつもの事だった。

 そういつもの。


 コルデリアは気まぐれに魔法を試し、ロディーヌが苦しむのを見て喜ぶ。

 これまで何度も繰り返された事だ。


 幼い頃は幸せだった。

 母が生きている時は。

 

 キングストン公爵家は、遠く王家の血を引く由緒ある家柄だった。

 だが当時は資産の多くを失い、家計は苦しかった。

 ロディーヌも幼い頃から、家事裁縫を仕込まれ、母親の手伝いをしていた。


 母はロディーヌに色々な事を教えてくれた。

 働きづめだった母の数少ない趣味が花の栽培、特にバラの栽培だった。


 バラから取れる香油や香料は、キングストン家の貴重な収入源でもあった。

 その母もロディーヌが十歳の時に、はやり病で亡くなった。 


(いつまで続くのだろう……これが)


 自分が我慢すればいい。

 耐えていれば、いずれ状況は良くなる。

 本当にそうだろうか?


 その時ふいに声をかけられる。


「ロディーヌ様。公爵様がお呼びでございます」


 それは侍女のメアリーだった。

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