第12話 はじめての・・・・・・

 僕は今、教室の扉の前で突っ立っていた。ドキドキと心臓が跳ねて、手が少し震えているような感覚の中、隣にいる先生が僕の顔を覗き込んできた。


「大丈夫かなコマリ?」


 そう言って微笑みかけてくれたのは、これからこのドルマスクールでお世話になる担任のフシミ先生だ。

 第一印象はクールで怖い雰囲気だったけど、会話をしてみると明るく快活な人であり、スキンシップも多い太陽の様な人だった。


「少し緊張しますけど、大丈夫です」

「そうか、じゃあこれから私が教室に入り、君のことを伝える。そのあと君の事を呼ぶから、そしたら入ってきてくれるかい?」

「はい」


 転校生が来た時の定番を言ったフシミ先生は、慣れた様子で教室へと入っていった。先生が入室するとザワザワとしていた声は止み、そして、時期に僕を呼ぶ声が教室内から聞こえてきた。


 その声に、すぐに教室へと入ると、中では制服に身を包んだ同い年くらいの子たちが綺麗な姿勢で顔だけを僕に向けてきた。

 まるでロボットか何かに見られているような感覚の中いそいそと教壇に立つと、先生が優しく頬笑みかけてきてくれた。


「自己紹介、よろしくなっ」

「は、はい」

「よし、じゃあバシッと決めてくれ」

 

 先生の言葉の後に、僕は大きく深呼吸した。そして緊張を断ち切るように声を張り上げた。


「番条小鞠です、よろしくお願いしますっ」


 男らしく挨拶をしようと思ったが、緊張を断ち切れなかった僕は、目をつむりながら自己紹介した。

 そして、恐るおそる目を開いてみると、見渡す限り女の子しかいなかった。そして彼女たちの僕を見る目がとてつもなく冷たく、どことなくミルフィさんに似た雰囲気を持つ子達ばかりだった事になんだか体が震えてきた。


「あ、あわわわわ」

「なんだそれだけかコマリ、もうすこし自己主張してもいいんだぞ」


「い、いえ、もう喋る事はありません」

「そうか、まぁそういうことだみんな仲良くやってくれ」


 フシミ先生の言葉に、教室内はシンとしていたが、次第に拍手が聞こえてきた。そんな中、僕はどうしても気になることを先生に聞きたくなった。


「あ、あの先生、男子は僕だけなんですか」

「そうだ、まぁコマリは女の子みたいにかわいいから、きっと立派なドルマになれるぞ、なんなら女子の制服でも着てみるか?」


「え、えぇっ」

「はっはっは、嘘だよコマリ、かわいいなぁ」


「う、嘘ですか?」

「あぁ、このスクールには男の子もちゃんといる、しかしこのクラスにはいない」


「そ、そうですか」

「このクラスは女の子だけのクラスだったからな、コマリをスパイスとして入れてみる事にしたのさ」


「ス、スパイスって」

「というわけでだコマリ、一番後ろの窓側の席が空いてるだろう、あそこに座りなさい、特等席だ」

「は、はい・・・・・・え、特等席?」


 フシミ先生の謎の発言に怯えつつ、なぜか冷たい視線を浴びながら、僕は教室の一番後ろの窓側の席に着いた。すると、隣の席に座っていた黒髪ロングの女の子が僕をじっと見つめてきた。

 ママルさんのように長い黒髪と日本人形の様な清楚できれいな顔立ちに見とれていると、彼女は周りの女子たちとは違い、どことなく驚いた様子を見せているのに気づいた。


「あっ、あの、よろしくお願いします」

「・・・・・・え、あぁ、うん、よろしく」


 僕の言葉に少し遅れた反応で挨拶してくれた。嫌な顔一つせずに挨拶してくれる彼女、なんだかこの人とは仲良くなれそうな気がする。そんな事を思いながら席に着くと、すぐに黒髪の女の子が話しかけてきた。


「ねぇ」

「はい、なんですか?」


「私はエル、あなたは?」

「え、さっき自己紹介をしたんですけど」


「ごめん、見とれてて名前聞きそびれちゃった」

「え、見とれて?」


「うん、だから名前教えて」

「あ、えっと番条小鞠です、コマリって呼んでください」


「コマリ君」

「はい」


「コマリ君、とてもいい名前だね」

「ありがとうございます、エルさんもとても綺麗で素敵な名前ですね」

「あ、ありがとう」


 なんだか不思議な印象を受けるエルさん。だけど、唯一の好印象な彼女との出会いに僕は少し安心した。


 さてさて、いざスクールに通うことになったのはいいけれど、男子一人の僕にとって、クラスの居心地は非常に悪かった。

 常時、冷たい視線が突き刺さってきているような気がするし、僕に視線を送りながら内緒話をされている様子も見られたし、隣の席のエルさんは興味津々で僕の事を見つめてきている。


 そうして僕のドルマスクールでの生活が始まった。

  



「ただいま帰りましたぁ」


 新しい環境に適応するのがストレスなのか、かなり疲労感を覚えて家に帰ると、リビングのソファーでゆったり過ごすミルフィさんの姿があった。

 彼女はなんだか格好良い制服を着ており、ミルフィさんもまた僕と同じように学校に通っているように見えた。そして、そんな彼女は僕を見つけるなり手招きしてきた。


「おぉ、帰ってきたかコマ、ほらこっちこいっ」

「突然なんですか、ミルフィさん」

「いいからマッサージしろっ」


 ミルフィさんは命令口調でそう言うと、僕に向かって足を突き出してきた。


「え、今からですか」

「もちろんだ、今日はたくさん働いてきたからな、ほら労働者を労え」


「でも、今日は宿題があって、それをしなきゃいけないので」

「何言ってんだ、宿題なんかよりあたしのマッサージのほうが大切に決まってんだろっ」


「え、でも・・・・・・」

「あぁん?なんか文句あんのかぁ?」


 圧倒的で威圧的な対応を前に僕は屈することしかできなかった。まぁ、別にマッサージ位なら、いくらでもするさ。


「わかりました」

「よしよし、いい子だコマ」


「いいかコマリ、私の足は国宝級なんだ丁寧に頼むぞ」

「は、はい」


 こうして僕は、帰宅早々ミルフィさんの足マッサージをする事になった。ただ、無言でマッサージするのもあれだから、この際好奇心に任せて気になる事を聞いてみたくなった。


「ところで、ミルフィさんって17歳なんですね」

「そうだ、それがどうした?」


「いえ、労働者ってことは、その学校とかはどうしてるのかなと思いまして」

「学校には行ってる、あたしはこう見えても女子高生だ」


「やっぱりそうなんですね」

「あぁ、とはいっても学校じゃ寝てるか遊んでるかどっちかだけどな」


「そ、そうなんですね」

「あたしは頭脳派じゃなくて肉体派だからな、労働してる方がいいんだよ」


「その、労働っていうのは一体どんな労働をされてるんですか?」

「んなもんシャドー退治に決まってるだろ」


「シャドー退治?」

「なんだ、まだそんなこともしらねぇのかコマ、お前は本当に困ったやつだなぁ、コマリだけに困ったってかぁ?」


 おやじギャグを言ったミルフィさんは満足げにガハガハと笑い飛ばしていた。


「す、すみません」

「いいか、このあたしが教えてやるんだから、しっかり覚えろよ」


「はいっ」

「シャドーってのは、この世界に現れた正体不明の生物だ、そいつらはそこら中にいて、どこからともなくあらわれるんだよ」


「なんだか怖いですね」

「心配すんな、あたしらがいる限りめったなことは無いし、お前が怖い思いをする事もない」


「そうなんですね」

「あぁ、それにあたしらはに産まれたからな、好きなように生きてはいるが、最低限の仕事位はしないとなぁ」


 どことなく平然な口ぶりだったが、僕はミルフィさんが口にした「そのために産まれた」という言葉が気になって仕方なかった。

 しかし、そんな思いにはせることなく、僕の耳にはメルさんの「ただいま」という声が聞こえてきた。


 バタバタとせわしない音を立てながらリビングにやってきたのはやはりメルさんだった。


「たっだいまー、ってあれ、コマリ君何してるの?」

「マッサージですよ」


「えー、いいなぁ私もコマリ君にマッサージしてほしー」

「だめだメル、お前は食事当番、マッサージなんて二の次三の次だ」

「えー、いいな、いいな、私もコマリ君のマッサージしてほしい」


 どうやら、メルさんも僕みたいな子どものマッサージも所望しているらしい。個人的には、お世話になっているメルさんにならいくらでもしてあげられる気分だが、彼女にも役目があるらしい。


 そうして、短時間で済むと思ったマッサージは夕飯時まで続き、夕食が出来たと同時にマッサージは終了した。

 ミルフィさんは満足げに僕に礼を言うと、空腹の音を鳴らしながらご機嫌に席に着いた。


 そうして食事が始まると、すぐにママルさんが話しかけてきた。


「やぁコマリ君、スクールはどうだった?」

「あ、はい、緊張しましたけど、なんとかやって行けそうです」


「そう、そりゃよかったわ、それにしてもコマリ君にはぜひとも頑張ってもらいたいものね」

「はい、可能な限り頑張ります」


「知らない土地で不安なことも多いだろうけど、もしも何か困ったことがあったら遠慮なく私に言ってね、私たちは家族なんだから」

「ありがとうございます」


「もちろん、ほかの姉妹にも相談していいからねぇ、四人もいるし選り取り見取りよ」

「ありがとうございます、でも、家族だなんて本当にいいんでしょうか?」


「勿論、この屋敷に住んで食事をした同士、絆を深めるに値する相手だと私は思っているわ。だから、一人で抱え込んだりせずにどんなことでも話してくれると嬉しいわ」

「はい、丁寧な心遣い本当にありがとうございます」


 僕はあまりに優しいママルさんの言葉に涙目になりながらも頭を下げて感謝すると、ママルさんはクスクスと笑って見せた。


「ふふふ、本当に素直でよい子ね」

「え、あの、ありがとうございます」


「まぁ、とは言ったもののだけど、コマリ君?」

「はい、なんでしょうか?」


「他の姉妹にも頼ればいいとは言ったけれど、ミルフィは君をマッサージ師としか思ってないだろうし、ムーはお前を実験の道具と見ている、メルとモカはまだ幼く判断は甘い、だから、本当に困ったことがあったときは私に頼るといいわ」

「・・・・・・わ、分かりました」


 僕は食卓に座る五人の姉妹を順番に眺め、ママルさんの言っていることが多少なりとも納得できてしまった事に不安を感じた。

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