第9話 騒がしい朝、やはり異世界

 目を覚ますと、いつもと違う布団の感覚と甘い匂いがした。


 まだ覚醒しきっていない身体を起こし、あたりを見渡した。洋風な家具で飾られた部屋、小窓から差し込む光、どう見てもいつもの僕の部屋とは違う光景。


 そんな光景に、すぐさま「ドール」という異世界へとやってきていた事を思い出した。


 とても重大な事であるにもかかわらず、とぼけた朝を迎えているものだ、と思っていると、ふと布団の中から違和感を感じた。それは生暖かく柔らかい何かであり、僕はすぐさま布団をはぎ取った。

 

 するとそこには、まるで猫のようにまるまったメルさんの姿があり、彼女はむにゃむにゃと眠っていた。


 どうして彼女がこんなところにいるのだろう?


 不思議に思っていると、突然部屋の扉がノックされた。そして、扉越しにママルさんの声が聞こえてきた。


「コマリ君、朝だよ、起きなさい」

「は、はいっ」


 僕はすぐにベッドから飛び降りた、そして、いつの間にか着せられている女性ものであろうパジャマを脱ぎ、近くに丁寧にたたんでおいてあった自分の服に着替えなおした。

 そうしている間にもメルさんは起きる様子はなく、たまらずメルさんのもとに歩み寄り、彼女の体をゆすった。


「メルさん起きてください、もう朝ですよ」

「うぅん、むにゃむにゃ」


「メルさーん」

「えへへ、コマリ君朝だよー」


 僕を起こす夢でも見ているのだろうか幸せそうに寝言を言うメルさんは、非常にかわいらしかった。思わず、そのままずっと見ていたくなる様な、まるで天使を思わせる寝顔を見つめていると、背後ですさまじい音が鳴り響いた。


 身の危険すら感じる音に目を向けると、そこには鬼の形相をしたミルフィさんの姿があった。


「おらぁっ、朝だっつってんだろボケども、こっちは朝から空腹で今にも死にそーなんだ、早く起きやがれっ」

「は、はいぃっ」


 ものすごい勢いのミルフィさんに怯えていると、彼女は僕をじろりと見つめてきた。


「おうコマ、お前は起きてたのか」

「は、はい、おはようございますミルフィさん」


「あぁ、いい朝だな、んで、そこにいる寝坊助が諸悪の根源か?」

「あ、あの、起こそうとしたんですがなかなか起きなくて」


「そうか、じゃあ覚えとけコマ、起こしても起こしてもなかなか起きねぇ寝坊助メルは、こうやって起こすんだよっ」


 ミルフィさんは何を思ったのか、メルさんを抱き上げて窓際へと向かった。そして窓を開け、まるでゴミでも捨てるかのようにメルさんを外へと投げ捨てた。


「わわわ、ななな、なにやってるんですかミルフィさんっ」

「何って、メルを起こすんだよ、わめくなコマ」


「ここは二階ですよっ、」

「うるさいなぁお前、それにしても今日はずいぶんと深い夢を見てやがるなメルの野郎」


 僕の言葉を無視して、窓から下の様子を見ているミルフィさんは、まるでこれが日常とでもいうかのように平然としていた。


 しかし、僕にとってはこの一連の流れがただの殺人現場にしか見えなかった。


 僕はすぐにミルフィさんを押しのけて窓からメルさんの様子を見た。すると、そこには地面に寝そべるメルさんの姿があり、彼女はぐったりとした様子だった。


「う、うわぁっ、メルさんが、メルさんがっ」

「うるせぇなコマ、朝から騒ぐな」


「でも、メルさんが」

「なんだようるせぇ、あいつは大丈夫だっての」


「大丈夫って、ここは二階ですよ?生身のそれも睡眠中の人間がそんな高所からの衝撃に耐えられるわけないじゃないですかっ」

「はぁ?お前まだあたしらの事聞いてないのか?」


「何のことですか、そんな事より早くメルさんをっ」

「まぁ待てコマ、いいか、あいつをよく見ろ」

「へ?」


 僕はもう一度窓からメルさんの様子見た、するとそこではやはぐったりとした様子をしたメルさんの姿があった。


「何ですかミルフィさん、早く救急車を」

「ちゃんと見ろ、あいつはちゃんと息してるだろ、それも寝息だっ」


「寝息っ?」

「あぁ、こんなことで起きる奴じゃないし、こんなことで救急を呼ぶほどでもねぇ、お前は心配性だなコマ、心臓までコマいのかよ」


「も、もうついていけませんよミルフィさん、とにかく僕はメルさんの所に行きますからっ」

「ん、あぁ、いくのはいいけどハンマーぐらい持ってけよ、そうしないと起きないぞー」

「そんなもの必要ありませんよっ」


 物騒なミルフィさんの言葉を否定し、すぐに階段を駆け下り、玄関を飛び出し、メルさんが落ちた所にたどり着いた。すると、そこにはまだぐったりとした様子のメルさんがいた。


 すぐにメルさんのもとに駆け寄り彼女の安否を確かめていると、彼女はミルフィさんが言った通り気持ちよさそうに寝息を立てていた。


 朝から夢のような現実を目の当たりにしていると、頭上から声が聞こえてきた。


「おーいコマ、私の言ったとおりだっただろ、そいつはまだ寝てんだよ」

「そ、そうみたいです」


「じゃあ、そいつをひっぱたいて起こせ、おうふくビンタだ」

「で、できませんよっ」


「じゃあ起きねぇな、そいつが普通に起こして起きたことはねぇんだ、お前も男なら気合入れて起こせ」

「そ、そんな、もう起きてくださいよメルさん、朝ごはんですよ」

「うーん・・・・・・えへへ、お寝坊さんだねコマリ君」


 夢の中で僕の事を起こそうとしているのか、なんだか能天気なメルさんに、そろそろ本当に起きてほしくなった僕は目いっぱい声を上げてメルさんを起こすことにした。


「あのっ、起きてくださいよメルさんっ」


 目一杯の声で僕がそういうと、メルさんは目をぱっちりと開けた。それこそ、「ぱちっ」という音が聞こえそうなほどの勢いで目を覚ましたメルさんは、驚いた様子で僕を見つめてきた、かと思うとすぐに笑顔を見せた。


「あ、おはようコマリ君、今日もとってもいい朝だね」

「はぁ、やっと起きてくれたんですねメルさん」


「うん、コマリ君の声が聞こえたからね」

「もぉ、すごく心配したんですよ」


「え、どうして心配するの?」

「いや、ほら、メルさんいまどこにいるかわかりますか?」


「ここ?」

「はい」


「ここは庭だよ」

「庭だよ、じゃないですよ、メルさん二階からここに投げ飛ばされたんですよ」


「あー、今日はミルフィが起こしてくれたんだね」 

「いつもこうなんですか?」


「うーん、いつもはママルに起こしてもらうんだけど、あ、そういえば私コマリ君を起こしに来たんだった」

「・・・・・・そ、そうだったんですね」

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