第8話 憧れた光景

 よくわからない所に来たというのに、こんなにも落ち着いてお茶を飲んでいられるのは、メルさんやママルさんが優しくしてくれたおかげだと思う。

 けれど、それ以上に普段のつまらない日常から、ドキドキとワクワクが混ざった非日常に移り変わった事が、何よりの理由なのかもしれない。


 多少の不安はあったけど、それ以上にワクワクとした感情も僕の心にはたくさん生まれていた。


 そんな、おとぎ話の世界に迷い込んだ僕はというと、メルさんの好意で一緒に空き部屋の掃除をする事になった。部屋の中は思いのほか綺麗で、多少のほこりが家具にかかっているくらいだった


 そうして、メルさんとの掃除が終わるころにはすっかり日も暮れており、それと同時に何やらいい匂いが鼻をくすぐった。


「なんだか、いい匂いがしますねメルさん」

「うん、今日はママルが私の代わりにカレーを作ってくれてるの」


「そうなんですね」

「うん、ママルの料理はほっぺたが落ちちゃう位おいしいんだよ」


 それにしても「カレー」とか「ほっぺたが落ちるくらい」だとか、やっぱり僕がいた世界と何ら変わらない言葉がポンポンと出てくる。

 もしかすると、僕は本当に「パラレルワールド」とかいうものに迷い込んだのかもしれない。

 

 そんな、少しづつ冷静に物事を判断できるようになってきたところで、あらかた掃除の終えた部屋を一望していると、気分がよくなってきた。

 そして、メルさんとカレーの匂いにつられるように一階へと降りた。リビングに戻ると、食卓には四人姉妹がすでに席に座っており、ママルさんが僕たちに話しかけてきた。


「おや、部屋の掃除は終わったかな二人とも」

「うん、コマリ君掃除がとっても上手だから、すぐに終わっちゃったよ」


「そう、じゃあ二人とも手を洗ってすぐに食卓につきなさい」

「はーい」

「は、はい」


 そうしてメルさんと共に手を洗いに行き再び食卓に戻ると、僕とメルさんが仲良く隣同士になる形で椅子が置かれていた。僕はその用意されたであろう席へと向かおうとしていると、突然ミルフィさん声をかけてきた。


「おいっ」

「わわっ、なんですか?」


「ビビッてんじゃねぇよ」

「す、すみません」


「それよりコマ、お前ここで暮らすんだってな」

「は、はい」


 と、ここでメルさんが僕に駆け寄ってきてくれた。そして、まるで僕を守るかのようにミルフィさんと僕の間に立ってくれた。

 この世界に来てから、本当にメルさんには助けられている、明日からはメルさんに少しでも恩返しできるように生きねば。


「ちょっとミルフィ、コマリ君をいじめちゃだめだよ」

「誰もいじめてなんかねぇよ、ここで暮らすって聞いたから挨拶しようとしてんだよ、邪魔すんな」


「でもコマリ君怖がってる」

「あたしゃ、まだ何もしてねぇだろっ」


「ミルフィが怖い顔するからだよっ」

「してねぇよ、今は普通の顔だっ」


 普通の顔と言いつつも、ミルフィさんの顔は明らかに怒った様子であり、口調も荒っぽく思えた。


「それより、コマリ君に何の用?」

「ふん、もういいやとっとと座れ二人とも、飯にするぞ、こっちは腹へってんだよ」

 

 ミルフィさんは何か言いたげな様子を見せたあと、ふてくされるようにしてドカッと椅子に座った。

 結局何を言いたかったのかはわからなかったけど、最初にあった時よりは少しだけ優しい目つきになっている様な気がするのは、気のせいだっただろうか?


「ほらママル、早くいただきますしようぜ、あたし腹減って死にそうだ」

「そうだねミルフィ、さぁメル、コマリ君、席に着きなさい」


「はーい」

「は、はい」


 席に着くと、テーブルの上にはカレー、トンカツ、サラダが置かれていた。僕がいた世界と変わらぬ様子になんだか驚いてしまった。

 見知った料理だったけど、普段の夕食からは考えられない華やかさと、周りに人がいるということに僕はなんだかうずうずしていた。

 そうしてうずうずしていると、ママルさんが突然手を合わせた。そしてそれに同調するかのように他のみんなも手を合わせた。


「さぁ、コマリ君みんなでいただきますをしよう」

「あ、はい」


 どうやらいただきますの合図だったようで僕は普段することのない合掌をした。そしてママルさんのよく通る声で「いただきます」という声と共に食事は始まった。


 まるで学校の昼休みの様な光景に少し戸惑った。


 けれど、この光景はとても心地が良かった。そして食事をすすめている間、みんな食事に夢中になっていると思いきや、ミルフィさんが僕に話しかけてきた。


「そういやコマ」

「な、なんですかミルフィさん?」


「お前、この屋敷に住むかわりに何でもするって言ったらしいなぁ」

「はい、言いましたけど」


 確かに言ったのは言ったけど、そのことにそんなに興味を抱くものだろうかと、にやついたミルフィさんを見つめていると、彼女は楽しそうに笑った。


「そうかそうか、お前はなかなか見どころのあるやつだな」

「あの、どういう意味でしょうか?」


「あぁ、気にするな気にするな、それよりコマ、飯が終わったらマッサージしろよ」

「へ?」


「へ?じゃねぇよ、マッサージだよコマ、それくらいわかるだろ」

「は、はい」


「こっちは一応労働者なんだ、それなりにねぎらってもらわないとな、ほら、お前何でもするって言ったんだろ?」

「わ、分かりました」


 唐突な約束をしていると、ママルさんが心配した様子で話しかけてきた。


「ミルフィ、あまりコマリ君をいじめるんじゃないよ」

「わかってるよママル、ちょっとマッサージしてもらうだけだって、なぁコマ、よろしくな」


「は、はい」

「よぉーし、そうと決まったらさっさと飯食って、マッサージしてもらうか、あっはっはっは」


 とてもうれしそうなミルフィさん、だけど、マッサージとはいったいどんなことをすればいいのだろう?


 普通に肩たたきとか肩揉みとかそんな事でいいのだろうか、とにかくそんなことを考えながら目の前にあるおいしそうなカレーを見ていると、視界が何だかぼやけてきた。


 せっかくのおいしそうな夕食だというのにどうしてこんなにも視界がぼやけるのだろう。すぐに目をこすってみると、今度はまぶたが急激に重たくなってきた。


 せっかく夢にまで見た理想の夕食を目の前にしているというのに僕はなんだか目を開けることができない。そうして、僕はそのまま瞼の重さにあらがうことができずに、目を閉じざるを得なくなった。

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