第5話 かしましい人達

「あのね、この子はコマリ君って言って、とってもすごい人なの」

「コマリ?ふーん、あ、そんなことよりメル、お前今日の晩御飯何するつもりだ?」


「あ、えっとね今日の晩御飯はカレーだよ・・・・・・じゃなくて、もっと私の話聞いてよっ」

「あぁ、はいはい、話ならママルに聞いてもらうんだな。あたしはお菓子食べるので忙しいし、これ食ったらカレーに備えて調整もしてこねーとな、そこにいる奴なんてどうでもいいやっ」

 

 そうして、お菓袋を逆さにして、中に入っているお菓子を一気に口に流し込んだ赤髪の女性は勢いよく立ち上がった。

 すると、突然声を上げたのは薄い青色の髪をした女性だった。つくづく多彩な髪色を持った人たちの登場に、もはや漫画の世界にでも飛び込んだような気分になった。


「ちょっとミルフィ」

「んぁ?なんだよムー」


 赤髪の女性は「ミルフィ」そして青髪の女性は「ムー」という名前のようだ。二人は少し険悪な雰囲気でにらみ合った。


「ミルフィ、昨日私が大切にとっておいたお菓子とったでしょ」

「は、はぁ?何のことだよ?」


「とぼけないで、私の大好きなマシュマロを食べた罪はちゃんと償ってもらわないと困る」

「いや、あたしは食べてないし」

「証拠はある、棚に仕掛けた監視カメラに悪い顔したミルフィが私のマシュマロを盗んだ姿をとらえている」


 そうしてムーと呼ばれた青髪の女性はノートパソコンらしきもので、ミルフィさんがマシュマロを盗み食いしてる姿が映し出した。


「こ、これはっ」

「早く買ってきて、そして頭を下げて私に謝罪と二度とお菓子を盗み食いしませんと約束して、さもないと」


「は、はぁっ?っていうか、そんな事よりこんな事していいと思ってんのかよムー、盗撮だぞ盗撮っ、犯罪だぞこの野郎っ」

「違う防犯、犯罪者はミルフィの方」


「ち、違うくねぇよ、なぁママル、こんなのムーが悪いよな」

「私は悪くない、ミルフィが悪い」


「盗撮だっ」

「防犯っ」


 ミルフィさんとムーさんは互いに譲らない様子で顔を寄せ合い、今にも喧嘩が始まってしまいそうだった。しかし、そんな中突然大きな声が響き渡った。


「静かにしなさいっ」


 その声で部屋の中は一瞬で静かになった。


 そして、声の主である黒髪ロングの女性は立ち上がった。ひときわ大きな背丈のその人は、とても威圧感があり、その場の空気が一瞬にして凍り付いたようになった。


 しかし、ミルフィさんが納得のいかない様子で声を上げた。


「でもよママル、こいつ盗撮とかしてんだぞ、こいつが悪いだろっ」

「ミルフィ、あなたはムーのマシュマロを弁償しなさい」


「えぇっ?なんでだよぉ」

「食べたあなたが悪い、そうでしょう?」


「そりゃそうだけどさぁ・・・・・・」

「あら、そうなのね」

「あ、ちがっ」


 ママルと呼ばれる黒髪の女性の威圧感に圧倒されたのか、ミルフィさんは軽くため息をつきながら頭をポリポリと掻いた。


「さぁミルフィ、カレーのための腹ごなしに行くところだったんでしょう?お金渡すから、運動ついでにムーのマシュマロ買ってきなさい」

「ちぇっ、わかったよママル」


「それでいいでしょう、ムー」

「はい、ありがとうママル」


 なんだか納得のいっていない様子のミルフィさんは、いじけた様子でママルと呼ばれた人からお金を受け取っていた。

 どうやら、背丈の大きな黒髪の女性が「ママル」という人らしい、すると、そんな彼女は突然、僕に歩み寄ってきた。


 自分よりもはるかに大きな女性の接近に、とてつもない恐怖心を覚えた。だけど、相変わらず僕の手を握ってくれていたメルさんが、優しく微笑みかけてきてくれたおかげで、何とか平静を保てた。


「大丈夫だよコマリ君、ママルはとっても優しいんだから」

「は、はい」


 そうして僕のすぐ近くまで来たママルさんは、癖のある長髪と、クールでビューティーな顔をした人だった。


「それで、君はコマリ君だったかな?」

「は、はい」


 とてもやさしい笑顔と声色で話しかけてくれるママルさんに、僕は少しだけ安心した。


「ふぅん、で、君は一体何者なんだい?」


 ママルさんの言葉にメルさんが敏感に反応した。


「あっ、あのねママル、コマリ君は町で一人ぼっちになってたの、だから家に連れてきたんだよ」


 メルさんの言葉に、外出の準備をしている様子のミルフィさんがすぐさま反応して口を開いた。


「バカ、それはホームレスっていうんだ、なんでそんな奴連れてきたんだよ、とっとと警察に連れてけ」

「いえ、それ以前にこの若さでホームレスなんて、彼は一体どんな選択をすればそうなったのかを聞いてみたい、その上で身寄りが無いのなら私の実験台にでも」


 ミルフィさんに続いてムーさんまでもが怖い事を言ってきた。しかし、すぐにママルさんが二人をたしなめてくれた。


「ごめんねコマリ君、うちの姉妹はどうにも自由でね、ほら、ミルフィはとっとと行きなさい」


 どうやら、ここにいる人たちは姉妹らしい。なんて、美人姉妹の集まりなんだと思いつつ、仲裁にはいってくれたママルさんは、相変わらず優しく僕に微笑みかけてきてくれていた。


「ふーん、まぁいいや、とりあえず行ってくるわママル」

「えぇ、気を付けて行ってきなさいミルフィ、それでメル、このコマリ君というかわいい少年は一体何者なんだい?」

「うん、あのねママル、コマリ君はドルマなんだよ」


 メルさんが「ドルマ」という単語を発した瞬間、再び場の空気が一瞬にして凍り付き、シンと静まり返ったような気がした。


 そんな中、あたりを見渡すと、ママルさんはもちろんの事、出掛けようとしていたはずのミルフィさん、そしておとなしげに見えたムーさんまでもが目を見開いて僕を見つめてきていた。


 皆さんとても怖い顔で僕を見下ろし、ミルフィさんに至っては僕の頭をわしづかみにしてきた。そうして無言の圧力が続いているとママルさんが静かに口を開いた。


「メル、それは本気で言ってるの?私に嘘言ってるんじゃないでしょうね?」

「嘘は言ってないよママル、それにね、コマリ君が「よけてっ」って言ったら私の体がビューンてなってムムムムッて力が出てきて凄いことになったんだよ、あんなに早く動けたの初めてだった」


 ニコニコと嬉しそうに話すメルさんとは裏腹に、僕の頭をつかむミルフィさんは握力を強めてきた。


「おらこらクソガキ、お前メルになんか変なことしやがったな」

「な、何もしていませんっ」


 まるでチンピラに絡まれたかのような状況の中、僕の隣には次なる脅威であるムーさんがやってきていた。


「信じられません、今すぐにでも拘束して尋問をするべき、蝋燭の準備はできている、それとも水攻めでも」

「な、なんなんですか、僕何もしてないですよっ」


 ムーさんはいつの間にか燃える蝋燭を何本も手にしており、僕を脅かすかのようにちらつかせてきた。

 顔近くに迫る熱と恐怖で、今にも気絶しそうになっていると、ママルさんが服の内ポケットから何かを取り出すそぶりを見せた。


「静かにしなさい妹たち、あと、メルはとりあえずこれ飲みなさい」

「えー、私大丈夫だよ、なにもされてないよママル」

「一応よ、飲みなさい」


 そうしてメルさんはママルさんから小瓶を手渡されていた。それには緑の液体が入っており、なんだかとても不味そうに見えた。


「ねぇ、本当にこれ飲まなきゃダメ?」

「えぇ、飲みなさい」

「う、うーん、わかったぁ」


 メルさんは手渡されたものを飲んだ。するとメルさんはまるで苦いものでも飲んだかのような表情になった。


「うぇー、これ苦いからあんまり飲みたくなかったのにぃ」

「どうだいメル?」


 ママルさんは心配そうな様子でメルさんの頭をなでていた。


「大丈夫だよ、ほら何にもないでしょ、コマリ君は普通のかわいい子だよ、悪い子じゃないよ」

「・・・・・・ふむ、確かにコマリ君は決して悪い子じゃないようだね」


 最初から最後まで僕の事を信じてくれているメルさんに感動しつつ、ママルさんの目つきが柔らかくなっている事に気付いた。

 だけど、僕の頭をつかんでいるミルフィさんと、蝋燭の火をちらつかせているムーさんは相変わらず僕をじとーっと見つめてきていた。


「いいや、こういう純粋そうなガキに限って何考えてるかわからん、一回しめて、そっから本性をあぶりだしてやるくらいしないとな」

「そう、炙り出しが一番効く」


 助かったと思いきや、それでもミルフィさんとムーさんに悪者扱いされ、とてつもない脅しをかけられたことで、僕の感情はぐちゃぐちゃになってきた。


 こみ上げてくる感情は恐怖、目からあふれ出てくるのは、恐怖という感情に屈服した証拠の涙があふれ出てきた。


 わけのわからぬ場所に飛ばされて、知らない人に変な屋敷に連れてこられて、挙句の果てには怖いお姉さんに頭をつかまれて、ガン飛ばされる。


 次々と襲い掛かる未知のストレスに僕の体はついに限界が来たらしい。

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