第4話 不穏な影
「あの、どこに行くんですか?」
「あのね、よくわかんないからママルに聞いてみることにするの、だから一緒に行こ?」
「えっと、ママルって誰ですか?」
「とっても頼りになって、とってもすごいの、ママルに聞いたらきっとコマリ君の事もわかると思うんだ、それに一人でこんなところにいたら寂しいでしょ」
「それは、そうですけど」
どうやら、いい人に巡り合えたのかもしれない、そう思い一安心していると、僕の視界には一匹の犬の姿が目に映った。
その犬は、どこかやつれた様子であり、更に体からはモヤモヤと黒いものを吐き出しているように見えた。
なんだか、幻覚でも見ているような目を必死にこすった。そして、もう一度その犬に目を向けると、やはり最初に見た通りのままの姿だった。
すると、その犬は何を思ったのか、突然走り出し、僕達の方へと向かってきた。
「う、うわぁっ」
「え、どうしたの?」
メルさんの背後から勢いよく走ってくる犬、その様子はまるで獲物を見つけた肉食獣の様であり、そんな危機に気づいていない様子のメルさんはキョトンとしていた。
「メルさん避けてっ」
「ふぇっ?」
メルさんの背後から襲い掛かる、影をまとったような野良犬を前に僕はそう叫んだ。こんなに大きな声を出すのは初めてだと思っていると、いつの間にか僕の視界からメルさんが消えていた。
何ともおかしなことの連続だ、と、やはり夢であるかのような疑問を感じつつも目の前に襲い掛かってくる野良犬を前に僕はその場で動くことができないほどに怯えてしまっていた。
もはやこれまで、僕はこの正体不明の野良犬にかみつかれてボロボロにされてしまうのだろう。そう覚悟しながら思わず目をつむった。
しかし、その時僕の耳には「キャウン」という犬の悲鳴のようなものが聞こえてきた。すぐに目を開くと、僕の目の前には、消えたはずのメルさんの背中があった。
それはまるで大きな壁でも反り立っているかのような頼もしい背中であり、男ながらに情けなさを感じた。だが、それと同時に助けられたことに安心していた。
そして、あたりを見渡すと、そこには地面に寝そべる野良犬の姿が見えた。
「メルさん、いつのまに僕の前に来たんですか?」
「私は大丈夫だよ、それよりコマリ君は大丈夫?」
メルさんは振り返って僕のもとまでやってくると、じっと見つめてきた。なんだか真剣な表情に少し緊張したが、同時に魅力的に思えたその目に思わず見とれそうになった。
「あの、メルさん僕は大丈夫です」
「そっか、じゃあ今はシャドーの相手だね」
「シャドー?」
じっと見つめてきたかと思えば、すぐに奇妙な犬へと意識を向けたメルさんの背中はなんだかとてもかっこよく見えた。
「たまにこの辺りにも出てくるんだよねシャドーが」
「シャドーってなんですか?」
純粋な疑問にメルさんは笑顔を見せた。
「えへへ、悪いことばっかりする子たちの事だよ、黒いモヤモヤが特徴なの」
「へ、へぇ」
「まかせてコマリ君、これくらいの相手なら私にだってできるからっ」
そうして、メルさんは野良犬に向かって走り出した。すると、彼女はものすごいスピードで再び野良犬を蹴飛ばした。人間離れした動きに圧倒されていると、メルさんに蹴られた野良犬は更にモクモクとした黒い影を吐き出し始めた。
なんだか嫌な予感がする光景だが、それ以降、黒いモヤモヤは犬の形を崩しながらこの場から消え去ってしまった。
「き、消えた」
「ふぅー」
不思議な野良犬を退治したメルさんは、ニコニコとした笑顔で僕のもとへと戻ってきた。
「す、すごいですねメルさん」
「いやぁ、それほどでもないよぉ、えへへ」
メルさんは頭を掻きながら照れくさそうに笑っていた。
「あの、さっきの犬はよく現れるんですか」
「シャドーの事?」
「はい」
「うん、最近は良く出てくるようになったってママルが言ってた」
詳しくはわからないけど、とにかくさっきの生き物は人に危害加える悪い奴のようだ。あんな生き物、見たこともないうえに聞いたこともない。
しかも、そんな正体不明のモノを平然とやっつけてしまうメルさんという人もまた、不思議に思えた。
でも、不思議でありながらも惚れぼれする様な美少女に見とれていると、メルさんは僕の手を握ってきた。
「ねぇコマリ君」
「は、はいっ?」
「ちょっと付き合ってくれる?」
「え、えぇっ?」
「えへへ」
『付き合ってくれる?』そんな言葉を美少女に言われた僕は何もわからないまま、メルさんに手を引かれてついていった。
何が起こっているのかわからないまま、手を引かれること数分、僕がたどり着いた先は大きな屋敷だった。
道中、やはり見慣れない風景と人と、それから見たことのない物に困惑したけど、それよりも今は見たことのない大きな屋敷が僕をとりこにした。
「あ、あのメルさん、ここは?」
「私たちのお家、ほら入ろっ」
大きな扉を開けて、屋敷内のリビングらしき場所にたどり着くと、そこには4人の女性がいた。そして、そのうちの一人である赤髪ロングの女性が声を上げた。
「おい、遅かったなメル、早く菓子をよこせ」
「あ、ごめんね、ちょっとシャドーに襲われてて」
「はぁ?そんなの3秒で片付けるんだよ、3秒でっ!」
「えぇー、たぶん3秒くらいだったと思うけどなぁ」
メルさんはいじけた様子で、買い物袋から取り出したお菓子らしきものを赤髪の女性に渡した。
「バーカ、あたしの3秒はコンマ3秒の事だ、おせーよメルは」
「えーっ、もっと早くなんて無理だよ」
「あたしならできる・・・・・・・んで、お前の隣にいるそいつは一体どこのどいつだ?」
つり目で、少し怖い印象を抱く赤髪の女性はそういって僕をにらみつけてきた。あまりの恐怖に思わず思考停止し、その場で立ち尽くしていると、メルさんが僕の手を握ってきた。
そして「安心して」と言わんばかりの笑顔を僕に見せてくれた。
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