第6話 ティーブレイク

 そうして、そんなことを考えている間にも、僕の眼からは絶えず涙があふれ出てきた。それはとどまることを知らず、ただただ情けなく涙を流す事しかできなくなった。

 すると、ミルフィさんが小さく「あっ」声を上げた後、僕の頭から手を手放してくれた。そして、すぐにメルさんが僕に駆け寄ってきた。


「あぁっ、大丈夫コマリ君?」

「だ、大丈夫ですけど、すみません涙が・・・・・・」


 涙を拭きながら、情けない姿を何とか隠そうとしていると、僕の体をふわっとしたものが包み込んできた。その正体はメルさんであり、彼女は「よしよし」と慰めるかのような言葉をつぶやきながら僕を抱きしめてくれていた。


「もぉ、みんなどうしてコマリ君をいじめるの、コマリ君がかわいそうでしょっ」

「い、いやあたしは別に、なぁ、ムー」


「み、ミルフィがやたらと怒号を浴びせてた、原因はミルフィにある、間違いない」

「はぁっ?ムーだって蝋燭とか水攻めとか言って脅かしてただろ」


「あ、あれは別に、彼を歓迎してただけ」

「何が歓迎だっ、蝋燭の火が怖くて泣きやがったんだよ、ムーのせいだっ」


「ち、違う、ミルフィが頭をつかんだから」

「違うね、頭つかまれたくらいで泣くやつがいるかっ、むしろ撫でてやっていたくらいだぜ」


 そうして、いつの間にか先ほどのようにミルフィさんとムーさんが喧嘩していると、ひときわ大きな声で「うるさいっ」という声が聞こえてきた。

 それはママルさんの声であり、その声は騒がしかった室内を一気に静まらせた。そしてすぐに次なる言葉がママルさんから飛び出してきた。


「ミルフィッ」

「はいっ」


「とっととマシュマロ買ってきなさいっ」

「で、でもっ」


「コマリ君は私が面倒みる、とっとと行きなさいっ」

「は、はいっ」


 ママルさんの一言でミルフィさんは顔を青ざめながらドタバタ屋敷を出て行った。


「ムーッ」

「は、はい」


「ミルフィがマシュマロ買ってきてくれるからもう大人しくしてなさい」

「は、はい」


 あっという間に二人をたしなめたママルさん、そしてそんなママルさんのもとに真っ白な髪と肌の少女が歩み寄ってきていた。彼女も姉妹のうちの一人なのだろうか?


 その少女は僕やメルさんよりも幼い容姿で、ちょこちょこ歩いてくると、ママルさんの足にしがみついた。

 まるでコアラのようなナマケモノのような、そんな白い少女はママルさんを見上げながら口を開いた。


「ママル怒った?」

「あぁ、ごめんねモカ、うるさかったね」


「・・・・・・ううん、大丈夫だよママル」

「そう、良かったわ」


 ママルさんはそうしてモカと呼んだ白い少女を抱き上げた。とても対照的で親子のような二人、そんなママルさんは僕に微笑みかけてきた。


「コマリ君、君に少し話があるんだけど、いいかな?」

「は、はい」


「そうだ、お話の前にお茶の用意をしましょう、メル、手伝ってくれるかしら?」

「うん、お手伝いがんばる」


 お茶の用意がされている間、ムーさんとモカさんと一緒に待っていることになった。

 モカさんはボーっとした様子で僕を見つめているような気がしたけど、その視線はどこか外れているような、そんな不思議な感じがした。

 そして、ムーさんはというと、パソコンをカタカタといじりながら何かに没頭しているようだった。

 

 そんなどうにも居心地の悪い中、しばらく待っていると、ママルさんとメルさんが笑顔で戻ってきた。


 二人はお盆に何かを載せて持ってくると、それらをテーブルに置き始めた。


 そうして、机の上にはたくさんのお菓子と、いい香りのする紅茶が置かれた。お菓子の皿にしてもカップにしても、何もかも高級に見えるそれらの登場に思わず緊張していると、メルさんが僕の隣に座ってきた。


「えへへ、私コマリ君と一緒におやつ食ーべるっ」

「あ、えっと」


 突然の歓迎ムードになって、どうしたらいいかわからないでいると、ママルさんが僕の前にケーキを置いてくれた。


「遠慮しないで食べて、コマリ君」

「え、でも」


「コマリ君にはずいぶんと失礼なことをしたからね、これはほんのお詫びの一つよ、もしかしてあまいものは苦手かな?」

「いえ、大好きです」


「そう、それは良かった」

「はい」


「それから、メルから一連の事は聞かせてもらったよ、なんでも外の世界から迷い込んだんだって?」

「あの、なんて言ったらいいのかわからないんですけど、突然ここに飛ばされてきてしまって、としか言いようが無くて・・・・・・」


「なるほど」

「ドールなんて国の名前聞いたことありませんし、僕のいた世界とは少し違う感じがしていて、怖くて」


「そう、だとすると私達はただでさえ不安な君を、ずいぶんと追い詰めてしまった事になるわね」

「そうだよ、ミルフィもムーも意地悪だよ、コマリ君とっても怖がってたんだよ」


 ぷんすか怒りながらお菓子を貪るメルさんはなんだかかわいらしかった。確かに怖い思いはしたけれど、メルさんがいてくれたことで僕はまだ正気を保っていられたのだろう。


 そしてムーさんはというと、僕をじっと見つめてきていた。そしてしばらく間をおいてから彼女は口を開いた。


「は、反省はしている、それに子どもとはいえドルマだとわかったら、あぁなるのも仕方がない」


 ドールに続いて聞きなれない言葉の二つ目「ドルマ」これまでの会話の中からちょこちょこ出てきてはいたけど、いったい何の事なのかがわからない。


「あのっ、ドルマというのは一体何なんでしょうか?」

「そうだね、その話もしないといけないかな。それから、こっちにもいろいろな事情があるから、ムーの態度は許してあげてくれる?」


「も、もちろんです、見ず知らずの人が突然来たら警戒するのは僕も同じですから、気にしていません」

「ありがとう、コマリくんが優しい子でよかったよ」


 優しい笑顔で僕を見つめるママルさんは僕の頭をそっと撫でてきた。久しぶりの感覚になんだか恥ずかしい気持ちになった。


「い、いえ、それよりもママルさんとお呼びしたらいいんでしょうか?」

「あぁ、ママルでいいよコマリ君」


「ではママルさん、ドルマというのは一体何なんですか?」

「うーん、それについては後で詳しく話すとして、今はここに来たばかりでいろいろと不安だったんじゃないかな、紅茶でも飲んでリラックスしない?」

「え・・・・・・はい」


 ママルさんの勧めもあり、僕は目の前で心地の良い香りを出す紅茶を一口飲んだ。身体に染み渡るような温かい紅茶を飲むと、不思議と心が楽になったような気がした。

 普段紅茶なんて飲まないけど、とてもおいしく感じる紅茶は、まるで魔法の飲み物の様に思えた。


「あの、この紅茶とてもおいしいです」

「そうかい、コマリ君の口に合うようで何よりだ」


 そうして紅茶の味を楽しんでいると、隣にいるメルさんが僕の顔をのぞき込んできた。


「ママルの淹れる紅茶はとってもおいしいんだよ、私も頑張って真似しようとしてるんだけどなかなかうまくいかないんだよ」

「そうなんですね」


 少し残念がるメルさんに対してママルさんが不思議そうに首をかしげながら声を上げた。


「おや?メルもちゃんとおいしい紅茶を入れられるじゃない、私は知ってるわよ」

「でも、ママルの様にはいかないよ、私はママルの様なおいしい紅茶を入れたいの」


 メルさんは少しいじけた様子でそんなことを言うと、ムーさんが口をはさんできた。


「ママルの紅茶は世界一、メルのは五十歩も百歩も足りない感じ」

「ほらー、ムーもこう言ってるもん、やっぱりママルの淹れる紅茶はすごいんだよ」


「そう?私はメルの淹れる紅茶、大好きだけど」

「うぅ、ママルにそういってもらえると嬉しいけど、あ、今度私の淹れた紅茶をコマリ君にも飲ませてあげるね」

「え、ありがとうございます」


 とても和やかなムードになりつつある空間で、メルさんは会った時から変わらぬ笑顔で微笑みかけてくれた。

 そんな姿に本当に素敵な人だと思っていると、ママルさんが優しい笑顔で僕を見つめてきた。そんな突然の様子に思わずドキドキしていると、ママルさんは口を開いた。


「ところでコマリ君、少しいいかな」

「はい、なんですか?」


「色々と混乱していると思うかもしれないが、まずは君がここに来た経緯について、詳しく聞かせてくれないかい?」

「あ、はい」


「どんな些細なことでもいいんだ、焦らずゆっくり話してくれればいい、もしかしたら君の力になれるかもしれないからね」

「はい、でもママルさん」


「ん、どうした?」

「とても信じられないような、とてもおかしな話になると思いますが、それでも聞いてくれますか?」


「ふむ、何やら相当な訳アリのようだね」

「はい、かなり訳アリで困っています」


「大丈夫さ、できる限りの事は信じるつもりだよ、こう見えても私は博識なんだ、コマリ君頭ごなしに否定しようとは思っていない」

「じゃ、じゃあ言いますね」


「あぁ、頼むよ」

「簡単に言いますと、僕は鏡に吸い込まれてここに来たんです」

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