第123話 俺のエゴ、俺の希望、俺の祈り
スティリコさんにトドメも刺さずにイチジョウイン・セイが追いかけてきて刃向かう衛兵を蹴散らして回る、その間もカインは『母上!母上!嫌だ、嫌だ、母上だけは!』と絶叫し、ディーンは『逃げ回れ!絶望と命乞いをしろよ!その方が楽しいから!』と大嗤いする。
「ディーン様!!!あたくしの話を聞いて!」
ヴァリアンナが耐えかねて叫んだが、
『あははははははははははははは、ヴァリアンナが命乞いだなんて。君はそんな惨めな人じゃなかったのにねぇ……。2巡目だから人格が変わっちゃったのかなぁ?』
「ディーン様!違うの!あたくしは、」
次の瞬間母上が僕達を廊下から部屋の中に突き飛ばした。そして力任せに引き戸を一気に閉めたのだ。
――ドン、と戸が閉まった直後にガチャリと鍵がかかる音がして僕は血の気が引く。
「母上!母上開けて下さい!」
僕は思わず戸を叩いた。
「デボラ様!?いけません、お逃げ下さい!!!!」
2人でいくら戸を乱打しても閉じられたままだ。僕達は魔法を放って戸を壊してこじ開けようとしたが、そんな事をすれば母上も巻き添えになってしまう事に、すぐに気付いてしまった。
母上は――僕達を庇うように戸を背に立っている!
「私が狙いなのでしょう、貴男。どうぞおやりなさい。でもこの子達には絶対に手を出さないで下さるかしら」
『ええ……?命乞いしねえの?つまんねえ女だな』
『良いから殺せよ!早くしろよ、まず右目から潰せよ!そうしたら足の指を一本一本切り落として――』
『嫌だ、母上、嫌だ、デボラの母上!お願いです、どうかお逃げ下さい!』
「『分析』――ああ、貴男はやっぱり私のカインじゃないのね。カインに取り憑いたおぞましい何かなのだわ」
僕は必死に叫んだ。母上に逃げて欲しくて。半狂乱で。
「ソイツはイチジョウイン・セイです!僕の体をかつて乗っ取った、悪魔より悪魔じみた人でなしなんです!」
『うん?……もしかしてそこにいるのはソウか?』
『ソウ?誰だ?』
『話しただろ、ニホンでの俺の弟だよ。出来が悪くて愚図だったから、色々と実験してやったのにさ。生意気にも俺を階段から突き落としたんだよ』
僕はあの怖くて恐ろしく、忌々しいだけの思い出が、喉元までこみ上げてきた。
「……セイ、よく覚えているよ……。僕の顔に煙草の火を押しつけて遊ぼうとしたからね」
まるでそれ以外には何の関心も無いような――おぞましい退屈さをただの欠伸で紛らわすようなあの物言いで、セイは言った。
『ディーン、この女の後はソウで実験しても良いだろう?』
ディーンが渋々と言った様子で頷くのが分かる。
『この女の後なら……まあ構わないよ』
『よし。じゃあ早速――』
カインが気が狂ったように絶叫した。
『母上、逃げて、逃げて下さい母上!デボラの母上!』
世界が変わって
生まれ変わって
たった一つの好機が手に入った
家族を救える、最後の好機の最後の一断片
だから
今度こそ、俺は!
『お待たせ、カイン!』
『待ったぞ……ジン!』
俺は完全に意識を取り戻すべく、体中を闇魔法で焼き焦がしながら、嗤った。白銀の鎧が黒い炎にあぶられて溶けていく。
『なあ、イチジョウイン・セイ。殺せないオマエを滅ぼす絶好の機会って何だろうなー?って俺は考えたんだ』
『どうやって「復元」した!?2度目なのに、全部奪いきったと思ったのに!』
バカ言うなよ。
『んー、どうしてそれを怨敵のオマエに言わなきゃいけない?』
『ぐっ……!』
『オマエさ、殺した相手の魂に寄生して体ごと乗っ取っていくんだろう?じゃああの時――俺がオマエらを殺した後ですぐに自殺したあの時、オマエは凄く焦ったんじゃ無いか?』
『……!』
おお、これはこれは。
『当たりだよな。オマエは復活する先の魂が無かったらそれでお終いだ。もう復活できない』
『止めろ!この体の支配権を返せ!』
『嫌だね』
俺は楽しくて笑いながら右腕を切り落とした。
ああ、痛いな、これ。体中が焼ける痛みに加えて、何とも激烈に痛む。
『ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!!!』
『そうだよそうだ、オマエもそう言う人間だよ。他人の痛みには鈍感極まりない癖に自分の痛みには過剰反応しやがる!
で、俺が自分で右腕を切り落とした感想はどう?』
『いた、いたい、痛い、いたああああああああああああああああああああああい!!!』
『安心しろよ、これからもっと痛くなる。何せオマエの行き先は、無限地獄の真っ暗などん底だからな!』
俺は笑いながら、左手の魔剣ドゥームブリンガーを逆手に持ち直し――そのままこの体を――カイン・コンスタンティンの心臓を貫通させた。
「カイン!?カイン!嫌よ、死んじゃ駄目!」
『で、デボラの母上……』
「カインなの!?」
『俺の、右腕を……付けて……』
「こう!?お願い、どうか死なないで……!」
カインが引き抜いた魔剣を必死に動かして、デボラが震える手で持ち寄せた――切り落とした右腕を強引に癒着させる。
「ぐ……げぼっ!!!」
俺は血反吐と一緒に激痛に襲われて飛び起きた。
闇魔法で体を焼く事で意識を完全に取り戻し、かつイチジョウイン・セイの注目をそこへ向けている隙に、魂を支配する闇魔法の高等技術の『魂操』を酷使して俺の魂の最小の基本部分だけをイチジョウイン・セイから奪い返したので……いや、もう、痛いと言うか、体中から痛くない所が無いし、何なら息をしているだけで痛すぎて死にそうである。
そういや右腕も自分で切り落としたし心臓も貫通したんだっけ……。
正しくは、右腕に俺の魂の基本部分を詰め込んでから切り落とし、その後で心臓を一度ぶっ刺して殺したので……俺自身を恨んでもどうしようもないのだが、とにかく痛い。
「兄上!」
「カインのお兄様!」
デボラが離れたからか、ようやく引き戸が壊されてディーンとヴァリアンナ嬢が飛び出てきた。
あ、光魔法ありがとう。でも……。
「……し、死にそう……」
『……俺がいなければ貴様はとうの昔に絶命している』
『どうしてだ!』
その時に絶叫が響いた。視線だけ動かすと、聖剣ネメシスセイバーが宙に浮かんでいた。
『どうして、どうして……!』
キュウッと唇を強く結んで、ヴァリアンナ嬢が近付いた。
「ディーン様、あたくしの話を聞いて下さい」
『ヴァリアンナ……君も、どうして!君だけはと信じていたのに!』
「あたくしは1巡目の世界で……貴男の腕の中で……確かに血を吐いて息を引き取りましたわ」
『っ!』
「でも、聖剣がイチジョウイン・セイの手に渡った事を知った『管理者』があたくしの魂と記憶を2巡目のヴァリアンナの体に一時的に宿して下さったのです。ですからあたくしは、間違いなく貴男を愛したあたくしですわ」
『……嘘だ、だって……!』
「まあ、嘘だなんて酷いですわ!あたくし、『何度生まれ変わっても貴男の側に行く』とあの時に約束したでしょう?」
『ヴァリアンナ……』
「約束したように、あたくしはディーン様の側に行きます。もう……悲しいだけの別れは嫌ですから」
ディーンが、涙が溢れるように呟いた。
『君だけは、この世界が何もかも変わってしまっても、僕の事を覚えていてくれたんだね』
――聖剣が金属音を立てて床に落ちるのと同時に、ヴァリアンナ嬢が気を失って倒れた。
「ヴァリアンナ!!!」ディーンが駈け寄って抱き起こすと、「あれ、ね、寝ている……?」
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