第85話 卒業パーティで婚約破棄とか、最悪一家離散モノだからな?
いよいよ卒業式の日、俺達は朝から忙しかった。
この日はリュケイオン学園の制服でなく、俺達、卒業生は貴族の礼服を着て行くのだ。
女性は卒業式に参加した後、初等部の棟を丸ごと貸し切って、卒業式の後でドレスに着替えてヘアメイクから化粧までバッチリと決めるので、この日のため貴族を相手とする帝都の美容師は総動員されるそうだ。
男女問わず婚約者のいる者は、婚約者が同年以上かリュケイオン学園に所属しているのなら、卒業パーティに手を取り合っての参加が認められる。
その時には金のない者は己の属性の色の花(魔法でパーティの間も枯れないように維持されている)、金があればアクセサリーや懐中時計などを贈りあって、お互いの身に着ける習わしだそうだ。
リュケイオン学園に通っておらず、州で家庭教師から教育を受けていた令息令嬢もこの卒業パーティには参加が許される。
なので、アカデメイア学園や各地からも、成人になる令息令嬢達が大挙してやって来る。
勿論、その全員が招待状が無いと学園に入れないし、この日の警護は恐ろしく厳重になる。
帝国の貴族の子弟にとっては成人の儀(元服とでも言うべきか?)だから、当然なんだけれどな。
だが今年は厳重を通り越して、鉄壁の警護だった。
何せ警護の総責任者が、あのマリウス卿なのだ。
フラヴィウス皇太子殿下とアンティスティア皇太子妃殿下が今年の卒業パーティには臨席されるので、引っ張り出されたのだと思う。
「兄上……男前になりましたね!」
オリンピア嬢が俺にくれたのは懐中時計だった。銀の鎖で下げる事が出来て、薄く青みがかった盤面に贅沢かつ上品にサファイアがあしらわれているオーダーメイド品だ。
「うん、今日ばかりは格好良く行くよ!」
「ええ!今日の兄上は世界一です!」
ディーンは目を潤ませている。
「卒業しても……兄上でいてくれますか?」
「勿論だよ!」
「兄上っ!」
こら、体当たりしてくるんじゃない。と思ったら、抱きついたまま泣くな!
「大好きです、兄上……兄上が僕の兄で、本当に良かった……っ!」
『……。チッ』
「っ……あの小さかったカインとディーンが……!」
「お二人とも……こんなにも、ご立派に……っ!」
デボラとポンポニアが感極まって泣き出した。
コンモドゥスも上の空の顔をして、アレクトラさんの卒業式の時に渡されたブラウンダイヤモンドがはまった左耳のイヤーカフスを指先でいじっている。
「デボラ様、ポンポニア夫人も!このままでは遅刻してしまいますよ!」
って言ってくれたスティリコさんなんか、泣くのを我慢している所為で鬼みたいな顔付きだった。
卒業式は午前中の間につつがなく終わった。午後の日が傾いた頃から卒業パーティが始まる。
その間に下級生の大半(補佐や手伝いをする役員の生徒が十数名ほど残る)は帰宅し、卒業生の女組は着替えて、その間にアカデメイア学園や他の――卒業パーティの参加者を招き入れるのだ。
俺達、男組は支度が調うまでは少しだけ暇なので、明日からはもう通う事もないリュケイオン学園の中を――最後の思い出作りとして見て回っていた。
「時計塔の件であんなに怒られたのも、今となっては懐かしいよ……」
「ここで朝早くから、毎日のように魔法戦の練習をしたな……」
「図書館の本を読みあさった日々が、随分と昔のように思えるのである……」
感傷に浸りながらも俺達3人が一通り見て回ったので、卒業生(男)の控え室に戻ろうとした時だった。
「――ダニエラ・コル!貴様のような女とは婚約破棄だ!」
隣の隣の空き教室から、男の大声が聞こえたのは。
「ダニエラ・コルって……コル家かな?」
俺達は顔を見合わせる。レクスが小声で、
「コル家と言えば、元貴族派で、ヤヌシア州の財務官をやっているアクロパリ伯爵の家か……?」
ヴァロも頷く。
「うむ、確か同じ元貴族派のロムデッサン伯爵家と婚約を結んだと聞いているのである」
「今……『婚約破棄』って聞こえたよね?」
「バカを言うなよ……この卒業パーティの直前にか……?」
「だが……確かに吾輩もそう聞いたのである」
レクスもヴァロも俺も、感傷が吹っ飛んでしまった。
とても正気の沙汰じゃない。
元々、貴族の婚約破棄は内々に行われるものだ。
下手をすれば家の恥さらしになるからである。
「……間違いなく突発型の精神疾患であるな」
ヴァロが言ったのは、侮蔑ではなくて慈悲から来た言葉だ。
今の婚約破棄と言う自爆発言をした者をそうやって切り捨てれば、少なくともソイツの一族郎党は助かるからである。
貴族1人の罪は、基本的にその一族郎党丸ごとの罰を受ける。
『サリナの巻き添えでピヨピヨの2歳児だった俺をリヴィウスが害した』くらいの事情が無かったら、連帯責任と見なされて処罰されるのが当たり前だ。
だから貴族は、恐ろしいのだ。
「~~~~!!」
何かを女性が反論しているような声がする。
だが、それを上回るような凄まじい怒鳴り声が響いた。
それこそ、廊下にいた俺達だけでなく、雑談で盛り上がっていた控え室の中までも静まりかえってしまったくらいだった。
「うるさい!うるさい!俺には愛しいイリスがいるんだ!貴様のような豚女、同じ空気を吸っているだけで吐き気がする!」
……あまりの剣幕に、俺達は様子を見に行ったのだった。
空き教室に突入した俺達の目の前では、赤い髪の見知らぬ令息が女を愛人のようにはべらせて――対照的に1人、震えながらたたずむ令嬢を罵っている所だった。
「何事だ!」
レクスが大声を出して3人の間に割って入ると、令息はビクッと震えた。
あっ、コイツも自分より弱い相手にしか強く出られない卑怯者か。
「な、何だ貴様らは!」
「フェニキア公爵家のレクス・スキピオだ!大事な卒業パーティの直前に何をやっている!」
「それは全部この女が悪いんです!ブスの癖に図々しく俺の婚約者として振る舞うから、もう限界で――!」
「「「……は?」」」
俺だけじゃない。
そこにいた卒業生の男全員が「こいつは正気か?」と同時に思ったのだ。
大事な事だから何度でも言うが……。
俺達はあくまでも政略結婚なのだ。
貴族だから、それが常識で当然なのだ。
実態は恋愛結婚のデボラでさえ、きちんと政略結婚の手順に則っているのだ。レーフ公爵家は『投票権』持ちだしな。
そこまでこの世界で重視されている政略結婚を、ブスだとかそんな言いがかりでしかない理由で、一方的に婚約破棄なんか出来ると思っているのか?
まだ「愛人を認めて欲しい」とか「第二夫人が欲しい」とか、そう言う『妥協案』や『交渉』さえも一切抜きで強引に出来ると思っているのか?
――だが、コイツは事実として一方的な婚約破棄をした。
家族の了承もなく1人で勝手に、しかも己の有責を示すかのように女まではべらせて。
ざあ……っと波が引くように俺達は一歩後ずさった。
ヤバい男だ、コイツは。
連帯責任なのに……それを忘れたか、きちんと教育されていない。
だから、貴族としてお終いだ。
それに巻き込まれるなんて、ごめんだ。
「お、俺、警備員を呼んで来るよっ!」
「ああ、彼は精神疾患を突如として発症したようだ」
「きっと卒業パーティのために気が張りすぎたのが原因だろうな」
足の速いヤツが数名、走って行った。
「気の毒に……」
「だが、こうなってしまってはやむを得ない」
「ああ、適切な処置が必要だろうね」
俺達ができるだけ穏便に片付けようとしていたら、愛人の女が叫んだ。
「貴方達、何を言っているんですか!?メンヘラ扱いするなんて酷い!」
それを無視して、俺はダニエラ嬢に話しかける。
「お気持ちをしっかり持って下さい。貴女の婚約者は精神的な病を突然発症しました。適切な処置が必要かと思われます」
その言葉を聞いた令嬢は、しばし唇を噛みしめていたが、頷いてくれた。
「はい。卒業パーティの前に、すぐさま家族に相談いたします」
「ぶ、豚女の癖に生意気な!」
「そうよ、愛されもしない惨めなサレ女の分際で――!」
それは負け犬の遠吠えじゃない。
俺達にとっては、断末魔に聞こえた。
だってさ、これからコイツらが受ける制裁を考えたら……身震いがする。
この場でここまで派手にやらかしたのだ、平民の方は見せしめとして確実に処刑されてしまうだろう。以前にクレオパトラ嬢が大勢からリンチされかけた、それ以上の処罰が待っている。
警備員にアホ共を引き渡し、その後に駆けつけた役員のバルトロマイオスに彼女を送って貰ってから、俺達は控え室に戻った。
そろそろ卒業パーティの時間が近付いてきている。
「……その、さ。あんな事より、その……」
レクスがちょっとソワソワしている。
「クレオパトラ嬢であるか」
ヴァロと俺は笑ってしまった。
「その、会う度に、その、その。……美人になっていくんだ……」
惚気やがって。
よし、惚気には惚気のカウンターが一番良いのだ。
「そう?僕にはオリンピア嬢が最高の美人に見えるけど」
「あはは、カインらしいぜ!」
「レクスだって」
「化粧で女は化けると言うけど……これから、どれほどの美人になるんだろうな?」
「世界一!」
「ああ、そうだな!」
「……う、うむ…………むぅ」
この流れに乗ってテオドラ嬢も自慢したいのだろうけれど、ちょっとプライドが邪魔して言えないヴァロは、顔だけ赤くして妙にモジモジしていた。
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