第86話 体を張って阻止する義父予定

 大講堂でソワソワしながらレディ達の入場を待っていた俺達のような婚約者持ちの野郎共は、やがて優雅な楽器の調べが奏でられ、同時に魔法による演出で満点の星空の下での夜会のような光景に辺りが一変したので、ソワソワソワソワを必死に堪えて見栄を張って彼女達の入場を待ちかねていた。

大講堂の大扉がゆるやかに開けられていき、夕暮れの景色の中から着飾ったレディ達が家族にエスコートされて入場してくる。

爵位の高さと、同じ爵位の中でも古い家門から並んでいくので、先頭はクレオパトラ嬢だった。

リュケイオン学園に潜入調査していた頃とはまた違った、艶やかな美しさの漂う淑女になっていた。『ビザントゥムの翠玉』の名前に何ら恥じていない。レクスがメロメロの骨抜きになるのも納得出来てしまうくらいだった。レクスが贈った大粒のルビーが斬新な意匠であしらわれた、優美で華麗なネックレスとイヤリングが彼女を照らす魔法の光にまばゆく反射した。トロイゼン公爵家の跡取りである彼女の兄にエスコートされて、滑るように入場してくる。

「――一番、トロイゼン公爵令嬢」

案内が流れる。男女問わず、どよめきが起こった。まさか彼女がトロイゼン公爵家の令嬢だったのか、とか何て美しい方なの、とか、驚きと感動が乱れている。


……続いては『アーギュの青玉』、オリンピア嬢だ。


『あっ。…………。カイン、俺を思いっきり罵ってくれ。正気を保てるように。大根で殴っても良いから』

『無理だ。これはまた……すこぶる美女だな』

最高級の大粒の黒真珠をこれでもかと使った、貴族御用達の『宝石加工師』に俺が特別報酬まで支払って作って貰ったネックレスと揃いのイヤリングを身につけていても……何も見劣りしていない。艶やかで華やかなクレオパトラ嬢とはまた別種の、少し神秘的で謎めいた美貌に、とても……とても似合っている。すらりと背が高いのも相まって、まるで大理石に彫られた女神像のような神聖ささえ漂っていた。

「二番、デルフィア侯爵令嬢」

その時デルフィア侯爵ことゲンコツ親父が俺を渾身の力で睨んでくれなかったら、俺はまた知力が1になっている所だった。


『どうせ娘の処女は俺が頂くのに』

『カイン、大根ぶつけるぞ』


全部のレディが入場すると、手早く飲み物が配られる。

すると皇太子殿下が貴賓席から立って、手短に乾杯の音頭を取った。

「我らが偉大なる帝国と、未来の帝国を担う諸君に、乾杯!」

「「偉大なる帝国、万歳!」」


「やあレクス君、卒業と成人おめでとう」

「テミストクレス殿、ありがとうございます」

トロイゼン家の跡取りであるテミストクレスとレクスは、クレオパトラ嬢と3人で親しく話している。

「私の妹は一度こうだと決めたら誰が説得しても聞かないのは君も知っているだろう。何でもさっきの身支度の時間、その頑固さを発揮したようでね」

愉快そうに話すテミストクレスに、レクスは不思議そうにクレオパトラ嬢を見つめる。

「どうしてだ、クレオパトラ嬢?」

「そ、それは……!」

「何でも化粧が気に入らない、髪型が気に入らない、これでは久しぶりに会う君に嫌われると非常に美容師達に手厳しかったようだ」

「まあっ!」

クレオパトラ嬢は頬を染める。油断も隙も無い彼女の人間らしい一面を見た気がした。

「だからか。真っ先に貴女が登場した時、女神様が降臨なさったのだと思った」

「ま、まあ……っ!」

以下、略。


 ヴァロはやたらと忙しない理事長や教頭の手伝いをさせられて、卒業生なのにあちこちを駆けずり回っている。


 俺はと言えば、オリンピアとゲンコツ親父とデボラと一緒に話していた。普段はオクタバ州にいる執政官のゲンコツ親父や、西の離宮の筆頭女官であるデボラ、後は俺達にあちこちから挨拶に来る貴族や卒業生が引っ切りなしにやって来る。

この卒業パーティの場は、将来のコネを作っておくための最初の社交の場でもあるからな。

だが、その人波がさっと割れて、皇太子殿下夫妻がやって来た。

その背後には『不審者が近付いたら真っ二つにするぞ』と言う雰囲気を漂わせているマリウス卿がいる。

ええと、もう人波は真っ二つですよ?

「久しぶりだね、カイン君」

フラヴィウス皇太子は俺にまず声をかけてくれた。アンティスティア皇太子妃は少し太って貫禄が出てきたが、マグヌスみたいにとても幸せそうなので何よりである。

「はい、あの時以来でございます、皇太子殿下。この度はご尊顔を拝し、お声がけまで賜り光栄の至りでございます」

「……ヤヌシアの執政官の地位を望んでいると噂で聞いたが、それは真か?」

「真でございます」

――ざわざわと周囲の者が騒ぎ出し、すぐさまそれは大講堂中に伝わった。

「カイン!?」

「何だと!?」

デボラは俺を諫めようと顔色を変えるし、デルフィア侯爵はオリンピア嬢を庇うように俺の前に立ちはだかった。

「ヤヌシアは今、混沌の中にある。若い君が行くべき地では無いと私は思う」

「たっての願いでございます」

「……考えてはおく」

「え……っ」

「……。行こう、アンティスティア」

皇太子殿下は絶句しているアンティスティア皇太子妃の肩を抱いて促し、去って行った。

「カイン様……!」

オリンピア嬢が俺の方へ手を伸ばそうとするが、デルフィア侯爵が体を張って阻止する。

「駄目だ!あの地だけは!」

「絶対に嫌です!私はカイン様をお慕いしております!」

わあ☆オリンピア嬢がデルフィア侯爵を馬鹿力で突き飛ばした。

デルフィア侯爵が一瞬よろめいた瞬間に、俺の胸の中に飛び込んでくる。

また、俺達を中心に周囲が騒いだ。

「今度は何だね!?」

とヴァロが警備員数名を連れて走ってきたが、俺達の様子を見て渋い顔をしやがった。

そりゃ、ゲンコツ親父の反対を振り切って許されない愛の世界にいる恋人同士の逢瀬に見えるだろうからな!

実際は、俺もオリンピア嬢に完全に怯えているんだけどな!?

オリンピア嬢は俺に拒まれたら何をするか分からない闇ンデレ人間爆弾になってしまった……から。

何でこんなになっちゃったんだよ。

俺は意図的に変な事や酷い事はしていないんだぞ。

……無意識に何かやってしまったのだろうか?


『全部ジンの所為だ』

『俺、そんなに酷い事をした?』

『……ハァ。またいつもの知力1か……』


「……問題無いのである。あの言い争いの仲裁に戻るのである……」

え?

「ヴァロ……言い争いって?」

「ほら……先ほどの空き教室での一件である……」

「デルフィア侯爵」俺は突き飛ばされて呆然としているゲンコツ親父に声をかけた。これは元貴族派同士の婚約破棄問題なので、この人も間違いなく関与しているから。「少しだけ、ご同行頂けませんか?」

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