第82話 奪われた聖剣

 リヴィウスの葬儀の終わった夜、何年かぶりにディーンと挟んで、デボラと同じベッドで寝た。

代官所から少し離れた湖畔にあるレーフ公爵家の別荘。

夜になるととても静かで、月光が静かに窓から差している。

「あのね、僕は幸せだよ。母上と兄上がいてくれて、本当に幸せだよ」

「まあ、私の方が幸せよ?2人が元気で、世界一に……」

「違うよ、一番に幸せなのは僕だよ!母上もディーンも大事だからね」

そんな下らなくて愛おしい会話をしながら、俺達は眠った。


『デボラの母上……世界一にお幸せなのですね……俺は、俺は、それだけで……っ!』

『黙れよカイン。オマエもこっちに来るんだよ』

『……ジン、良いのか』

『俺が駄目だって言う前に早く来いよ』

『……。ああ』


その夜だけはカインと体を交代して過ごした。



 「いやぁ、カインの坊ちゃん!」

次の日、キプリオスじいさんがレーフ公爵家の別荘までやって来た。


――あれからドワーフ族の囲い込みに何とか成功して、ドワーフ族の生活の保証にかかる費用と支払う報酬も、刀の順調な売れ行きから充分に賄えている。キプリオスじいさん本人も以前のように薄汚れて不潔な格好じゃなくなって、こざっぱりとした服装に変わった。今日は、何と喪服を着てきてくれている。

今の問題は刀の人気に火が付いて注文が殺到してしまい、ずっと品薄状態が続いている事だった。

そりゃ、帝国最強のマリウス卿の御愛刀じゃ無理もない。

『元帥閣下、見慣れぬ剣ですがそれは本当に切れるのですか?』と部下に言われて、カチン!!!と来たマリウス卿が試し切りをやってくれて、凄まじい切れ味を大勢の前で証明してくれた事も爆発的な人気の要因としてあるだろう。


ここでブラック企業みたいにドワーフ族やレーフ公爵領の職人達を酷使したら暴動・反乱・逃亡が起きるので、エウゲニオスさんにもガイウス殿下にも、強制労働は絶対にさせないように頼み込んであるし、2人とも俺の頼みを快く受け入れてくれた。

今までのようなドワーフ族の問題で悩まされるよりは、遙かに気楽だしな。

幸い、貴族や富裕層からの注文がほとんどなので、『全てオーダーメイド(鞘・柄・鍔のデザイン等々)のためお時間を頂いております』『高品質を維持するため納品までお待ち下さい』『注文のキャンセルは不可ですが、その代わりに代金は納品の時に頂きます』と言う説明で、気長に待ってくれる人が多い。

これで客層が平民だったら『ふざけんな』と激怒されるか『じゃあ要らない』と逃げられて人気を無くしただろうが、金持ちと貴族はこう言う時に物わかりが良いので助かった。入手難易度が高くて希少価値がある分、手に入りさえすればステータスシンボルとして自慢出来るからである。

後は刀で培った技術を刃物に転化させて、切れ味抜群の包丁やハサミ、カミソリや爪切り等も売り出す予定になっている。こっちは庶民にも手が出せるくらいの価格帯にするつもりで計画を進めている。領地の鍛冶師がドワーフ族に弟子入りして、その技術を学びながら作る事になっているから、まだ時間はかかりそうだが。


そうそう、ドワーフ族が鍛造する刀のおかげでレーフ公爵領の実入りがぐっと上がり、その分を土木工事や治水工事、後は刀のための玉鋼を作るに欠かせない木炭を安定的に供給するための林業などなどに還元できた事もあって、領民の『勝手に鉱山を掘り荒らす迷惑な連中』と言うドワーフ族のイメージが少しずつ良い方へ変わりつつある。刀の拵関係の仕事が急増したから、仕事のない領民が減って、相対的に治安が更に良くなった事もそれらのイメージ改善を後押ししてくれていた。


やっぱり世の中は金が大事だし、金で片付く問題は可能な限り金で片付けるべきだ。


「やあ、キプリオスのじいさん。あれから何か困った事は無い?」

「毎日が試行錯誤じゃよ!もっと切れて曲がらなくて折れない刀を作りたいからのう!」

「流石ドワーフ族、向上心と技術力が人とは桁違いだね……」

半分はおべっかだったけれど、半分以上が本音と感嘆だった。

「ムハーッハッハッッハ!」

じいさんは大いに笑ってから、少し暗い顔をした。

「その……坊ちゃんの親父さんが……この度は……」

「わざわざ来てくれて、悼んでくれてありがとう。でも、僕達はもう大丈夫だから」

「……そうか」とじいさんは頷いてから、「実はワシが来た理由は……もう一つあるんじゃよ」

「どうしたの?何か問題でも……」

「今までワシらが『魔人族』と蔑まれて……人間共に嫌われていた事は坊ちゃんこそ知っているじゃろう」

「……。ああ」

「ワシらドワーフはまだマシじゃった。エルフなんぞ運悪く見た目が良いから、人間共に捕らわれて売られて弄ばれる。オーガは人間を毛嫌いし、北方から何度も人間と人間の土地を襲ってきた」

「……」

「正直、ワシらは坊ちゃんも疑っておった。少しでもろくでもない目に遭ったら揃って逃亡しようと決めておったわ。だが坊ちゃんは……約束を守ったなあ」

「貴族として約束を守る、守らないは家の信用と名誉に関わるからね」

第一……守らなかったらまた鉱山を不法占拠されるし、刀の技術を奪われた挙げ句に逃げられる。

それだとお互いが困るじゃん。

そもそも俺が約束を守ったのは『刀が欲しい!村正!正宗!最高最強最斬の刀の素晴らしさを広めたい!』って俺の欲望に忠実だからなのだ。

その欲望を継続的に実現したかった。

本当に、それだけなのである。


『どうしてジンは復讐が絡まないと基本的に知力が1になるんだ』

『きっと俺の欲望に忠実だからじゃないかなあ?』

『……ハァ。そうか……』


「ベッドが柔らかいのもそんなに悪くはないわい」少ししんみりとじいさんが言った後で、「だから坊ちゃんには、ワシらの奪われた至宝について教えてやろうと思ったのじゃ」

「奪われた至宝って……?」

「聖剣『ネメシスセイバー』じゃよ」

「!」


魔剣ドゥームブリンガーを持つカインに抗うディーンが、最終決戦で振るった剣である。

カインの魔の手によりヴァリアンナ嬢が娼館に堕とされて病死した後、しばらくして、ディーンを愛する新たなヒロインが登場する。それがエルフ族の気高い処女王カッサンドーラ・カイロネーアーだ。彼女はディーンを愛し、信じて、片っ端から悪意と狂気と破壊を振りまくカインと戦うために魔人族に代々至宝として伝わる聖剣ネメシスセイバーを授ける。そして執拗なカインの追撃からディーンを逃した直後に、自害する。

……そうなるまでは、厳重にジューラーイアー州の西方の境目に位置するセレウシ大森林の奥地にあるエルフの隠れ里で守られていたはずだ。

「誰に、どうして奪われたの?」

「ニンゲン共がある日、エルフの隠れ里を襲ったそうじゃ。ニンゲン共には決して知られぬ場所にあったのにのう。……あの高慢ちきな女王が、運悪くニンゲン共に囚われてしまったのじゃ」

「……どうして」

どうやってエルフの隠れ里の位置を知った!?

いや、それより誰が聖剣ネメシスセイバーを今持っているんだ!?

「ワシも逃げてきたエルフ族の連中からの又聞きじゃからな、それ以上は知らん。これに激怒したのがオーガ族じゃよ。迫害され、売られ、忌まれ……挙げ句にワシらの至宝がニンゲンに奪われたのじゃからな」

「それで、ヤヌシア州に何度も……」

何度撃退されても、何度でも襲来を繰り返しているのか。

「良くも悪くもオーガ族は血気盛んじゃ。武勇は認めるが何せ頭は悪い。戦う以外の手段を、何も知らんのじゃよ……」

だとしたら、俺達がやる事は見えている。

「キプリオスのじいさん、ちょっと頼まれてくれませんか?」

「何じゃい、坊ちゃん?」

「ちょっとエルフ族かオーガ族と会いたいんだけれど、伝手や縁故って持っていないですか?」

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