第81話 トンチンカン、カンカンカン
『魔人族』と一括りに帝国では呼んでいるけれど、実際はドワーフ、エルフ、オーガの3種族で構成されている。彼らは魔法を扱えない代わりに、素晴らしい工芸(特に金属加工)の技術・技能だったり、長寿と美貌だったり、魔法の効きにくい強靱な肉体だったりをそれぞれ持っている。
人間以外の種族を、俺達人間は『魔人族』と安易にまとめて片付けてしまっているのだ。
実は、レーフ公爵家の領地の鉱山にはドワーフ族が勝手に居住していて、ちょっと前から重大な問題になっていた。
これまで代官のエウゲニオスさんも、ガイウス殿下も、何とかしようと多額の予算をつぎ込んだが、何度追い払ってもいつの間にか戻ってくるし、その都度、態度が図々しくなっている。
許可も無いのに勝手に鉱山を掘られて鉱石を奪われてしまうから、領地の民からも嫌われていた。
――それでも、武力で強制的に彼らを排除する事が絶対に出来ない理由が1つだけあった。
ドワーフ族だけあって、彼らの工芸――中でも金属加工の技術と知識は凄まじいものがあったのだ。
鍋一つ、剣一振り取っても、人間の作ったものとはレベルが別次元なのである。
俺はリュケイオン学園の春と秋にある長期休暇を使い、ガイウス殿下に頼んで彼らと会ってみた。
彼らにどうしても作って貰いたいモノがあったからである。
「ニンゲンのお貴族様の小僧が何の用じゃい!」
薄汚い格好をした、見るからにドワーフの長老のじいさん(後でキプリオスと言う名前だと教えてくれた)が俺をどやしつけた。
「貴様ァ!」
と代官のエウゲニオスさんが言い返そうとした瞬間、俺はエウゲニオスさんを止めて、冷静に頼んだ。
「ドワーフ族に作って欲しい武器があるんだ」
「何じゃ、魔法が基本のお貴族様が何の武器を……」
「折れず、曲がらず、カミソリのようによく斬れる剣ってどう思う?」
「そんな馬鹿げた代物をどうやって作るんじゃい!折れず曲がらずは簡単に出来るがの、その分、剣は重たくなって切れ味だって――」
「砂鉄を使うんだ。砂鉄を木炭と一緒に三日間は燃やして固める。それで出来た不純物まみれの塊を堅さによって選別して、精錬を重ねて……。堅い鉄を外側に、柔らかい鉄を内側にして剣の大本の形を作る。均一に熱して鍛えてから、最後に水に突っ込む」
しかも運良くレーフ公爵家の領地には『赤き大川』があって、砂鉄がとってもよく採れるのだ。
「……」
俺を貴族の小僧と舐めていたドワーフ達が目を光らせて話を聞いている。
「小僧……いや、レーフ公爵令息と言ったかの。何処からその知識を得たのじゃ」
ドワーフ族はプライドが高くて、工芸の技能や技術に関しての知識欲が凄いと聞いている。
貪欲を通り越して、知識を得て技術を極めるためなら何をしでかすか分からないとまで言われているほどだ。
「うろ覚えだけれどね、夢を見たんだ。まるで神託のような夢を、ね」
俺は簡単な絵図を見せた。『刀』の絵図だ。ちゃんと鍔や鞘まで思い出して描いたんだぜ。
「!」
顔色を変えて奪い取られようとしたので、ここで取引条件を持ち出して呑ませる。
「まずは勝手に鉱山を掘らない事。こちらで居住地を決めるから、そこから勝手に移住しない事。安心はして良いよ、領地の中でも一等地をもう用意してある。衣食と手厚い福利厚生も保証する。だけどこの『刀』って言う剣の製法を機密にする事と、生みだした『刀』をレーフ公爵家だけに独占させる事。他の細々とした決まりは帝国の法律に従って判断するし、それに従って裁くから」
「そ、そんな無茶苦茶な条件を呑めと、」
「良いよ、別にドワーフ族は貴方達だけじゃない。さようならー」
俺がエウゲニオスさんと一緒に去ろうとした瞬間だった。
「分かった!分かった!ワシらの負けだぁ!」
いやー、ドワーフ族って凄い。
俺のうろ覚えの製法からわずか半年後には、実戦と実用に耐えうる『刀』を生みだしたのだ。
さて、念願叶って生み出された『刀』の販路を広げるのは俺の役目である。
美術品としても売れそうだが、何より武器としての価値も知って欲しい。
俺はデボラに手を合わせて頼み込んだ。
「カルス大公家の御当主様に会わせて下さい!」
「マリウス卿に……?」
「ほら、以前にサリナを預かって下さったでしょう。今になって御礼と言うのも変ですが、とても良いものを差し上げたいのです」
デボラはしかめっ面をした。
「マリウス卿は……とても気難しい御方だから、並大抵のものでは喜ばれませんよ」
「多分、凄く喜ばれると思います」
「そ、そう。……少しだけならお時間をいただけるでしょう」
男爵家の次男坊から腕一本で大公家まで上り詰めた、マリウス・ニケアンは生粋の武人である。
元帥として皇帝陛下からも信頼が厚く、魔法戦と剣の腕前は帝国最強とまで謳われている。
その代わりに、喋らない。
「あら、カイン坊や。よく来てくれたわね!」
その代わりに、妻であるデボラの姉(俺達からすれば伯母に当たる)レリアがすっごく喋る。
「はい、レリア伯母様。この度はお時間を頂き感謝を申し上げます」
「あらあら!良いのよ、気にしなくっても。それで旦那様に何の用だったかしら?」
「はい。この度、こちらをお贈りしたく」
俺は刀を差し出した。
刀身や鍔などの、金属製のものはドワーフ族が丹精込めて作り、柄や鞘などの拵関係はレーフ公爵家の領地の一流の職人に作って貰った、大業物である。
「……」
マリウス卿は無表情のまま、つまらなさそうに視線をそらした。
まあ、見た目は軍人が使う一般の剣より細いからなー、役に立たないと思ったのだろう。
『……まあ、普通は侮るものだ』
『これの切れ味を見るまでは、な』
俺は闇魔法で人形を作った。一応、人の体と同じくらいの密度と硬さのある塊である。
「では――切れ味をその目でご確認下さい」
俺は刀を抜いて、真上に振り上げた。
そしてただ一刀で人形を袈裟切りに切り裂いたのだった。
「……!」
マリウス卿はカッと目を見開いて、俺に近付くなり刀を奪った。
そして刃をじっと見つめて、俺のように振り上げると――。
「っ!」
凄い。居合いのように闇魔法で作った人形が一瞬で真っ二つになった。
マリウス卿は刀とその刃を見つめていたが、
「これは、何だ?」
喋った!
この人、喋れたのか!?
『いや、それはいくら何でも無礼だぞ……』
カインに突っ込まれた。
『……ごめん』
「『刀』と名付けました。レーフ公爵領でのみ取り扱っている新たな剣にございます」
「300万デナリィは払う」
「だっ、旦那様!?何を仰っているのです!?」
レリア伯母様が目を剥いて素っ頓狂な声を出すのも納得……と言うか、無理も無いような金額である。
貴族街の一等地+広い広い庭と池と噴水+豪邸付きとほぼ同じ値段だからな。
「こちらはあくまでもカルス大公閣下への贈り物でございます。ただし、僕のお願いを叶えていただけるのでしたら――またこのような逸品をお持ちしましょう」
「何だ?」
「どうかカルス大公閣下直々にご愛用下さい」
帝国最強の男がこの刀(騎兵戦が多いので太刀である)をいつも佩いて、それで戦ってみろ。ただでさえ美術品としても引けを取らない美しい外見なのだ。生きた最高の広告塔になってくれるだろう。
誰だって強くて美しいものが大好きなのだ。
「……」
頷いてくれた。
「こちらは切れ味を維持するために専用の手入れ職人(研ぎ師とか)が必要でございます。また手入れの方法としては……」
俺がマリウス卿に細々とした刀の取り扱い方法を説明していると、
「ああっ……我が家ではいつもの事とは言っても……流石にめ、目眩がしましたわ……気が遠くなってきましたのよ……」
「姉上、しっかり!」
レリア伯母様が安堵のあまり額を押さえて座り込んでしまって、デボラに慰められていた。
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