第71話 君のスマイル100万満点

 次の日に『行きますので』と伝えてからお見舞いに行ったら、デルフィア侯爵邸がド修羅場になっていた。

「お願い申し上げます、お父様!このままどうか修道院に入らせて下さいまし!」

って目が覚めたらしいオリンピア嬢が庭先で泣き叫んでいたから。

どうも旅支度をしていて、大きな鞄まで近くにある所を見ると、密かに修道院に行こうとしていたらしい。

「あの……?」

『おい……?』


俺が来ている事にも気付いてねえ。

つか、誰か気付いてくれ。

特に門番!

こっちに背中向けて慌てふためいてないで俺みたいな侵入者に気付けよ!


「お前の聞いた噂は嘘だ!彼はまともな貴族だ、一度で良いから話を……!」

ゲンコツ親父もそろそろ気付けよ!

「母親と爛れた関係にある貴族のどこがまともなのですか!?」

『デボラの母上と爛れた関係……?爛れたとはどんな、』

とまで言ったカインと俺の絶叫が一致した。


「『――はああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?』」


オリンピア嬢達が驚いた顔でこちらを見つめる。


『無理だ!』

「無理です」

『デボラの母上とそんな関係に陥るくらいならば』

「母上とそんな事をするくらいなら」

『俺は死んだ方がマシだ!』

「僕は死にます」


 「あ、貴男が、まさか……?」

『こ、こ、この女!よりにもよってデボラの母上と俺がそんな関係だと考えていただと!?殺してやる、殺してやる、俺がこの世で誰よりも愛するデボラの母上を侮辱したのだからな!屈辱と言う屈辱、苦痛と言う苦痛を与えてから殺してやる!!!』

カインがこれ以上なく激怒して荒れ狂ったので、俺は逆に冷静になれた。

俺の激怒と憤りが、カインに奪われてしまったようだ。

「はい、オリンピア嬢。僕がレーフ公爵家のカイン・コンスタンティンです」

「本当にご本人……なのですか?」

ん、何か驚いているぞ?

「残念ながらこの通り顔に傷もありますので……」

「どう言う事ですの!?エヴィアーナ公爵令嬢のお話と全く違いますわ」

「オリンピア、その。それは、どう言う事だ……?」

デルフィア侯爵(ゲンコツ親父め!)も訝しそうに訊ねた。

少し考えてから、彼女は説明してくれた。

「お父様。私がエヴィアーナ公爵令嬢と特に親しくお付き合いさせて頂いているのはご存じでしょう」

「ああ。つい先日にもお前の見舞いとしてはるばる我が家にお越し下さったのは知っている」

「その時にレーフ公爵令息について、色々とつまびらかに教えて頂いたのです……」


 1、素行不良をいさめた家庭教師を追放した

 2、母親と爛れた関係にある

 3、傷痕がとても醜いので、豚の方がまだ見られる顔である

 4、性格は残虐で召使いを虐待している

 5、成績は底辺でありとても貴族の令息らしくない素行である

 6、リュケイオン学園でも暴力事件をよく起こしている

 7、何を隠そうエヴィアーナ公爵家の庶子の1人もそれの犠牲になった


…………~100まで、俺のありもしない嘘がでっち上げられていた……。

実際は……、


1、 アレクトラさんとの結婚式の準備関係で、ユィアン侯爵家にいる時間が増えただけ

2、 無理。考えただけで気持ち悪い。吐いても良い?

3、 酷い。少なくとも人間の顔はしている……よな?

4、 残虐な性格は認めるがみんなを虐待した事は一度もない!

5、 これでも平均点は維持しています!

6、 よく起こしてなんかいません!誤解です!

7、抜け殻になった庶子は自主退学扱いの後、行方不明になったそうですが?


 「でも、『傷物の貴女とはお似合いでしょう』とも言われてしまって……」

涙ぐんだオリンピア嬢に慌てて俺はハンカチを差し出す。

「あの……どうぞ!」

「あっ、ありがとうございます」

彼女が涙を拭いた後で、俺は話してみた。

「オリンピア嬢。ご覧の通りに僕は完璧な人間じゃありませんが、きっとそこまでの悪人でもありません。

どうにか貴女が無事で、お元気そうで本当に安心しました。

今日はこれで失礼しますが、もしご不快で無ければまた会っていただけませんか?」

「……ええ。ただ、その……」

「はい。閣下や夫人、バルトロマイオス君とも次は一緒にいかがでしょうか。『カロカロ』の1号店を押さえてありますから」

「まさか!」パアアアッ!とオリンピア嬢の顔が輝いた。「予約で1年先まで埋まっていると言う、あの大人気の食事のお店ですか!?」

「はい」

実は俺がコンモドゥスの長兄やアレクトラさん(コンモドゥスも少し噛んでいる)、後はテオドラ嬢を巻き込んで『カロカロ』の1号店を作ったので、ちょっとだけ融通が利くのである。

「まあっ!私、実は食べる事が大好きなのです!」


 そうやって嬉しそうに微笑んだオリンピア嬢の笑顔を見た瞬間、俺はきっと恋に落ちた。

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