第72話 異世界チートは世のため人のため俺のため

 コンモドゥス経由でアレクトラさんが製造している『人工魔晶』の性能を詳しく聞いていた時、最初は『へえー』と思っていたが、少しして閃いたのだ。


その頃、俺は無性にとても美味しい『焼き肉』『ステーキ』が食べたくなっていた。

だがこの世界では『肉』と言えば『生鮮肉』を焼いたものか『塩漬け肉』、『干し肉』だ。香辛料と塩以外の保存方法が無いから、冷暗所で熟成させて一番の食べ頃に焼いて食べる、とかほとんど出来ないのだ。しかも寄生虫の問題もあるから、熟成肉はますます敬遠されていて。香辛料と塩があるのに、何とソーセージさえも無かったのだ。だから、肉料理と言えば美味しいものは『魚』料理がメインなのである。ハムは辛うじてあったが、塩気がどうもキツ過ぎて、今ひとつ美味しくなかった……。

美食が否定されていない世界なのに、これは何て事だと愕然としたのを今でも覚えている。

俺の大好きなゼリーを食べるにも、水属性の魔法の高等技術である『冷却』が使える貴族出身の料理人がいないと駄目で、彼らを雇えるのは大金持ちの貴族や皇族くらいしか許されていない。

だけど俺は食べたかった。

例えば最高の食べ頃の肉――ジュウジュウと肉汁と脂を鉄板や焼き網に滴らせる肉を、濃くて美味しいタレにたっぷりと浸けて、口いっぱいに頬張りたかったのだ!その後でキンキンに冷えたビールのジョッキに手を伸ばし……口直しのデザートにはゼリー、いや、アイスクリームでも良いなあ……!


 『魔力を保有し割れば放つ』特性の人工魔晶を、割る時に『決まった太陰文字を自動詠唱する装置』を使って『継続的に割る事』で、誰でも使える冷蔵庫か冷凍庫っぽいものを作れないだろうか?

勿論、人工魔晶や太陰文字を悪用されないような安全装置やその他諸々も必要になるし、実現するにはそれなりの研究・開発費も必要になってくる。


 だからテオドラ嬢をスポンサーとして最初に招き入れた。

コンモドゥスとアレクトラさんも開発担当として引きずり込んだ。

ついでに、水属性の魔法を操れるコンモドゥスの長兄クリッピアヌス(料理研究狂)も巻き込んだ。



コンモドゥスとアレクトラさんには、『もっと予算が付けば人工魔晶の性能や製造の過程を極められるのでは』

クリッピアヌスには、『今まで未踏に近かった肉料理の新境地を開拓しないか』

テオドラ嬢には、『投資するなら今しか無いと思いますよ』


 ……俺はただただ美味しい料理が食べたい一心だった。


でも、気付いたら。


『カロカロ』は12の州都全てに支店を持つ程の大人気の店になっていて、ド貧乏だったコンモドゥスの実家の男爵家が雨漏りがするしひび割れた壁に板きれを張り付けてしのいでいた家を、こざっぱりと建て直していた。(※クリッピアヌスの奥さんから『10年ぶりに化粧品が買えた』って泣いて感謝されたけど、それは俺じゃなくてクリッピアヌスが頑張ったからだぜ。)

アレクトラさんは更なる研究費をたっぷり貰えてホクホクしていた。

テオドラ嬢曰く、『何も冷蔵や冷凍が必要だったのは食品だけではありませんのなの』と言って、最終的に冷凍や冷蔵が必要な物の運搬業まで立ち上げて、それで生まれた莫大な利益をモノにしている。


 そのおかげかは分からないが、俺はいつでも『カロカロ』で美味しい料理を食べて良い事に決まっていた。

勿論タダじゃないけれど、これだけ美味い料理がこのお値段で食べられるのなら大満足なんだぜ!


 ……他にも色々と俺の欲望や願望を元に考案し、大勢の人を巻き込んで発明・実装して貰ったモノは沢山あるけれど、俺にとって最高に喜ばしいのは美食なのだった。


あ、そうだ。

それらの発明品を製品化したり、工房や販売店を作ったりした関係で……だけれど。

人工魔晶の件で、今まで『魔力こそあるけれども就職先に困っていた』貧乏貴族向けの、新しくて安定した雇用先まで大量に生まれたらしい。

何でもテオドラ嬢は……リュケイオン学園での大騒ぎやクソオヤジのリヴィウスが原因で下がりに下がっていた俺の評判について、主に彼らの間からジワジワと良い方に変わって来ている、とか言っていたな。


『貴様は己の事に関しては徹底的に無欲が過ぎるぞ!』

『え?バカ言うなよ、どこが無欲なんだよ?ご覧の通り、凄まじい食欲にまみれているよ?』

『……ハァ……』

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