第69話 誤解の拳
――絹を引き裂くようなけたたましい悲鳴がハリッサさんの喉からほとばしる前に、俺は咄嗟に闇魔法で縄代わりのテーブルクロスを切断し、彼女の体が床に落ちる前に受け止めていた。
……大丈夫だ。
彼女は激しく咳き込み始めた。
失禁の様子が無かったし痙攣していたから、ギリギリで間に合ったとは分かっていたが、冷や汗ものだったぜ……。
「この館に光魔法を扱える者は!?」
デボラが半ば気絶して立ち上がれないハリッサさんを支え、悲鳴を上げて慌てふためく家庭教師の女性達に指示を出す。
「ひ、光魔法――ええと、ああっ!ご当主様です!使えます!」
「貴女がすぐに呼びに行きなさい!隣の貴女は医師を!貴女達は他の者を誰も通さないように部屋の前に立っていて!
さあ早く!」
彼女達はデボラに指示に従い、2人が走っていった。
「姉様!?母様!?何が起きたのですか!?ご無事ですか!?」
悲鳴を聞いたのだろう。
「――き、貴様ぁあっ!」
「お待ちを!」
飛び込んできたバルトロマイオスがそのまま俺に殴りかかろうとしたのを、スティリコさんが上手く止めてくれる。凄いなあ、手首を軽く握っただけで動けなくさせた。
「貴男、ハリッサ様の手当をして!」
デボラがそのバルトロマイオスの手をグイグイと引いて、ハリッサさんの手を握らせた。
「何があったのですか!?おい貴様、姉様達に何をした!?」
「冷静に。――あれを見なさい」
デボラが指さした『ぶら下がりの痕跡』を見た途端。
バルトロマイオスの顔色が青を通り越して白くなり、ペタンとそのまま座り込んでしまった。
「う、嘘だ……姉様が……!」
「――デボラ様、あれを!」
スティリコがその時気付いてくれた。
『ぶら下がり』の結果、蹴り倒しちゃったのだろう。白い手紙(どう見ても遺書)が横倒しにされた椅子の近くに……。
「何と……姉様は書いたのだ……?」
バルトロマイオスが這うようにしてそこまで行こうとして、慌ててスティリコさんが彼を支える。
「一体これは何事だ!?貴様、可愛いオリンピアに何をした!」
足音を立ててデルフィア侯爵が走ってきた。背後から『ご当主様!違うのです!』と家庭教師の女性からであろう大声がする。
えっ、まさか俺に敵意を向けている……!?
「よくも可愛いオリンピアを!」
俺目がけて拳が振り下ろされた。頼みのスティリコさんはバルトロマイオスの側にいる。
あっ、待って、待って下さい!
俺、オリンピア嬢を抱きかかえて気道を確保しているから手でガードが出来ないんです!
うわああああ、俺じゃない!
誓って俺は何もしていない!
誤解ですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
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