第62話 女の勘にビビり倒す

 「さて、まずは何からお話しすべきかしら?」

ポンポニアが淹れてくれたハーブティーを一口飲むと、クレオパトラ嬢は圧倒的とも言える優雅な微笑みを浮かべた。

窓の外で、ディーンとヴァリアンナ嬢はアグリッパさんと一緒に庭を走り回っている。

でも、時々ポンポニアが気遣わしげに窓から覗き込んでくる。

ポンポニアやアグリッパさんには、クレオパトラ嬢がチップを払ってまで口止めしてくれた。

『決してご令息方に不利益なお話をしに参ったのではありませんから』って……。


「……どうしてこの家に俺達がいると分かったんだ?」

レクスがおずおずと口を開いた。

「それは私の家の情報網からですの、フェニキア公爵令息様」愛想良くテオドラ嬢が言った。見た目はお人形のように甘く可愛らしいが、発言は何も可愛くない。「商人由来の情報網の一切合切をヴェネット家は掌握しておりますのなの」

そうですか、それはとーってもとーっても恐ろしいっすね……。

「あの……クレオパトラ嬢とテオドラ嬢の関係性を伺っても?」

俺までおずおずと、怯えながら二人に訊ねていた。

「ええ、昨日までは私達皇太后派と、彼女達の貴族派の派閥で対立しておりましたけれども、今朝からヴェネット家は皇太后派に転属したのですわ」

「「「えっ」」」

クレオパトラ嬢は涼しい顔で言ったけれど、それって一大事件じゃないか!?

だって『貴族派の最大の財布』『最も富める者』が、貴族派を見限ったって事だろう!?

「婉曲的にお断りしただけですのに、私がエヴィアーナ公爵の元息子達にあんな目に遭わされた事が決定打なのですの」

そう言ってからテオドラ嬢は少し頬を膨らませた。彼女にももう傷痕は残っていないようで、そこは安心した。

「『決定打』……であるか?さも前々から転属したがっていたような発言であるな。されどヴェネット家は先代の当主の頃から貴族派に所属していたはずだがね?」

疑わしそうなヴァロに、テオドラ嬢はとびっきりの笑顔を向けた。

「ええ、ええ、ユィアン侯爵令息様、そうなのですの!……『魔幸薬』をヴェネット商会で商うように強いられて、あのおぞましい悪魔の薬の本性を知った時から、ずっとお父様もお母様も一族郎党も貴族派には恐怖と嫌悪しか抱いてはいなかったのですの」


テオドラ嬢は説明してくれた。

ヴェネット商会を取り仕切るヴェネット家。その先代の当主である彼女の祖父(クソジジイらしい)は、ちゃんとした正妻がいながら貴族派から宛がわれた妾に入れ込んでしまい、妾に言われるがままに貴族派の財布に成り下がってしまった事。正妻の子である彼女の父は大変な苦労を重ねて、どうにか当主の地位を継いで祖父達を隠居させた事。だがその直前に祖父達が『魔幸薬』を取り扱うようになってしまっていた事。

……何でも貴族派の一部が、ヴェネット商会にあの悪魔の薬を『新開発した媚薬の一種』として商わせて、その利益だけをチューチューと吸い取っていたらしい。

祖父は真実を黙っていたらしくて、テオドラ嬢の両親は最初こそ取り扱っているのが悪魔の薬だと知らずにいたが、やがてその正体を知って、完全に恐れを成したそうだ。

そりゃ、そうだよ……。

特に『魔幸薬』がアカデメイア学園の平民の中で蔓延っていたのは、気に入らない皇太后派を混乱させようとした貴族派の者からの指示が、ヴェネット商会にも下ったから、らしい。

貴族派は特に平民を軽視しているので、『アカデメイア学園に通って思い上がっているあの賎民共に思い知らせてやれ』って……。


本当に酷い話だな……。


「でも貴族派に表だって抗えば、私達はすぐに潰されてしまっていましたのですの。そしてあのクソジジイ共がヴェネット商会を再び牛耳ってしまっていたのですの。故にどうしたものかと本当に私達は密かに……ずっと……悩んでおりましたのですの」


罪と貴族派の貴族の横暴に怯え続ける彼女らに、情報を掴んだクレオパトラ嬢が急接近したらしい。

悪魔の薬を根絶やしにしたいクレオパトラ嬢と、悪魔の薬を商う以外の選択肢が無いと言うおぞましい現状に怯えていたヴェネット商会。

お互いが渡りに船だったのだ。


――皇帝陛下から、禁制品である『魔幸薬』を商っていたと言う事で処分が下り、今のヴェネット商会は『一応は』謹慎処分を受けている。しかしその実態は『皇太后派』に転属するための準備期間を与えられたと言う事だったようだ。

その間に、ヴェネット商会は貴族派とどうにか無事に手を切ったらしい。

「魔幸薬の調査の手が皆様方に及ぶ前にどうか……今の内にお逃げ下さい!」とか適当な事を言って。


今のヴェネット家や商会に近付く者全てを皇帝派や皇太后派が厳重に見張っていると分かれば、もう貴族派だって近付こうとしないし、絡む事も出来ない。テオドラ嬢でさえ、エヴィアーナ公爵の庶子共の財布になるのを断る事が出来た訳だし。


ただ、エヴィアーナ侯爵の庶子は縁を切られたからその情報を知らされなかった。それであんなリンチをやろうとした訳らしいだが……。


 「そ、そうでしたか。でも……どうして?」


俺達だと気付いたんですか?

3人共、魔剣ドゥームブリンガーで完全に全身を隠蔽していたのに。

絶対に絶対に露呈しないように、身長も体格もぼやかしていたんだ。

だからこそ、俺達3人の美しい男の友情に感傷たっぷりに浸る事が出来ていたんだけどな……?


 「「それは女の勘です(の)」」

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