第59話 人質

 ヴェネット商会と言えば、皇室・大貴族御用達。最も富める者。貴族派の最大の財布。『あの店で取り扱っていない品は帝国全土の何処にも存在しない』とまで噂されている。当然、この帝国の『市民権』と言う、義務と権利を同時に付与する特権も持っている。

紛れもなく正真正銘の平民でありながら、その当主は皇帝陛下の名前を呼ぶ事を許されているほどの『例外の存在』だった。


――その大商人ヴェネット商会の総領娘であるテオドラ・フェコ・ヴェネッティが、何の理由か原因かは不明だが、同じ貴族派の子弟子女に囲まれ、魔法で手足を縛られて蓑虫のように吊されて、グッタリとしているのだった。

どんな理由があったにせよ、こんな酷い扱いを初等部の女の子にするなんて――テメエら、ふざけるなよ。

他2名はアカデメイア学園からの留学生で、こちらも酷い傷を負って血を流していた。勿論人質にされていて、いつでも殺せるようになっている。

更に、だ。

鉄仮面のように表情を動かさないクレオパトラ嬢をエヴィアーナ公爵のあの庶子が率いる貴族派の連中が取り囲んでいた。


 「貴様、よくもこの俺様を騙してくれたな!昨日、いきなり父上から俺様は絶縁されたのだぞ!?」

エヴィアーナ公爵による、トカゲの尻尾切りか。

コイツは、あくまでも庶子だ。

『代わり』がいるからと、血が繋がっていても躊躇なく縁を切れたのだろう。

「……」

クレオパトラ嬢は逃げない。彼女だけなら風魔法で逃げられるはずなのに、毅然と連中を見据えている。

きっと人質にされている留学生を庇っているんだろう。


――彼女は正真正銘の貴族なんだ。

己がどれほど不利になったとしても弱い者を見捨てはしないのだろう。


「いたい……いたいのなの……」

テオドラ嬢が弱々しい声で呻いたが、すぐさま足蹴にされて揺れた。

「黙れ!大人しく財布役をやっていれば良かったものを、『もうお金はありませんのなの』『お渡しできませんのなの』だと!?二度と逆らわないように貴様にも思い知らせてやる!」

指が鳴らされて、テオドラ嬢を水魔法で生み出された水刃が切り刻んだ。

「っっきゃあああああああああああああああ!??!?」

水と血が混ざって派手に飛び散る。

「……」

ただ、クレオパトラ嬢は無表情を保っていた。

この修羅場の中でも、流石の度胸だった。

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