第4話 出会い

 悪夢を見たその日、僕の予感は当たった。



 珍しく雨が降っていたから、いつもは開け放っている窓も閉め切っていた。


 別に、『晴れて』と唱えれば、この雨を止めることも出来なくはないけど、雨粒が屋根を叩きつける音が案外心地よくて、今日はこの音を聴きながら、ゆっくりお茶でも飲んで過ごすことにした。


 試しに家の前に生えている草に向かって、『お茶に変わって』と唱えたら、それが上手くいったのだ。



 早速お茶を淹れようと、予め摘み取っておいた茶葉にお湯を注いでいる時だった。



「ここだな……」

「ああ……。どんな神がいるか分からない。危険だと判断したら深追いせずに引くぞ」



 誰だろう……。

 というか、どうやってここまで来たんだ?


 この高原は一本の大きな岩の柱の天辺にあるようで、周囲は雲海が広がっているだけ。


 時折遥か下方の大地が、雲の隙間から見える時もあるけれど、街があるかどうかまでは分からなかった。


 でも人の声が聞こえたってことは、飛行機とか、あるいは魔法とかでここまで来られたんだろうな。


 もう少しなにか聞けないかな。


 そう思って、僕は一旦急須を置き、外へと繋がる大きな扉の前にピタッと耳をくっつけて、彼らの会話を聞き取ろうとした。



 あれ?静かになっ――――


 ドゴォォォオオン!!!!


「痛ったぁ……!!!!」


 僕がそっと耳を大扉にくっつけたのと同時に、大扉がいきなり爆散した。


 勢いそのままに吹っ飛ばされた僕は、ゴロゴロと転がって、奥の壁に頭を打ち付けた。


 痛みはちゃんとあるんだねぇ……。


 後頭部を両手で押さえながら唸っていると、大扉を破壊した張本人であろう、二人の男性が家の中へと入ってきた。


「先手は貰った!!」


「その首を切り落とされたくなかったら、じっとしてろ」


 ガチャガチャと重厚な真っ黒の鎧を揺らしながら、二人は手にしている武器を私の首元に添えている。


 一人は刀を構え、もう一人は大斧を構えている。


 もう……人の家を壊しておいて何なのさ。

 こっちは武器すら持ってないのに。


 でも下手に反抗しない方が良さそうだね。

 せっかくのんびりライフを得られたんだから、早々に退場はしたくない。


 とりあえず言うことを聞いておこうか。


 あ、でも面隠しだけは身につけたいな。

 あんまり人の顔見たくないし……見られたくもない。


「あ、あの〜……」


「……何だ?」


「面隠しだけさせてもらっても」


「ダメに決まってるだろ!それが権能を使うために必要な道具かもしれないからな……」


 ダメかぁ……そしたら、なるべく顔を合わせないようにしよう……。


「いいか……そこまま動くなよ」


「はぁい……」


 僕が力無く返事をすると、刀を持っている方の男が、占いに使うような大きなガラス玉を僕へ向けてきた。


 男はガラス越しに僕の姿を捉えると、目を瞑って何かを呟いた。


 何をするんだろうかと、僕もそのガラス玉を見つめていると、ガラス玉が急に真っ黒に染った。



「おいおい、マジかよ……黒だ……!黒だぞ!!」


「こんなに弱そうで従順そうなのに黒だと……!?」


「苦労してこんな秘境まで来た甲斐があったぜ!!」


 男たちは僕を他所に大盛り上がりだ。


「あのの話、本当だったな」


「山頂に。従順で好戦的では無い。脅せば簡単に言うことを聞くなってなぁ!!」


 ギャハハハと大声で笑っている男たちに、僕は質問をぶつけた。


「あの……黒って?」


「あ?ああ……どうせお前何も出来なさそうだし、教えてやるよ。おれらはゴッドスレイヤーつって、を殺すことを生業にしているのさ」


「そして、神にはランクがあるんだ。そのランクが高ぇほど報酬も増える。お前は中でも最高ランクの“黒神こくしん”だったってわけだ」


「つまり、おれらはこんなにも楽に、一生遊べる金を手にすることが出来たって訳だ!だぁ〜っはっはっはっ!!」


 ベラベラ喋ってくれるなぁ〜こいつ。


「てか兄貴、こいつ結構上物じゃねぇか?身体もスラッとしてるしよぉ」


 兄弟だったんだ。

 あ、いや、単純に兄貴分なだけな可能性もあるのか。


 刀を持ってる方が兄貴なのね。

 兄貴分は弟分のその言葉を聞くと、顎に手を当てながら、僕の身体を舐め回すように見てきた。


 うわ……今の視線結構嫌かも。

 女子とかがよく男子からの視線に文句言ってる気持ちが分かったかも。


「……こいつ殺さないで売り飛ばしてみるか?」


「奴隷としてか!?兄貴流石だぜ……!獣人のメスでさえ一般人では手が出ない高級品になってるんだから、これが神を侍らすことが出来るってなりゃあ……大儲け出来るぜ!!」


「神は大体殺すか、無理やり支配して国に献上するかのどちらかだからな。だが裏では神を手元に置いておきたいという馬鹿な野望を抱いている金持ちは多いって聞く……」



 なんか今こうしてニタニタと話している二人が、僕を殺したあのひょろ男と金髪男に重なって見えてきて、ちょっとイライラしてきた。


 奴隷にして売り飛ばす……?


 刀とか大斧とか、凶器を当たり前のように向けられたことがなかったから、萎縮して言うこと聞いてしまっていたけど、今の僕には自分の身を守るだけの力はあるじゃん……。



 ビリィッ!!!!



「ちょっ……!?」


 どう抵抗しようかと考えていたら、兄貴分の方が僕の胸ぐらを掴み、力任せに僕の衣服を引き裂いた。


 ただ、僕の身体に目をやった兄貴分は露骨に溜息をついた。


「あ〜……こりゃダメだな。胸がないのはそっちのが良いって奴も居るから別にいいが、この傷となるとな」



 この目……。

 勝手に期待しといて、勝手に落胆して……!


 何だよ。

 この世界でもそうなのか……。


 この世界にもこんな人が……いや、どんな場所にもこういう奴はきっと居るんだ。


 許さない。

 僕はもう、僕を傷つける奴は許さない。



 ゴゴゴゴゴ……!!!!



 僕の感情の昂りと共鳴するように、お社全体が揺れ始めた。


「何だこの魔力!?さっきまでは何とも……!!」


「くっ……仕方ねぇ、早く仕留めるぞ!!」


 兄貴分は額に汗を浮かべたまま腰を抜かしていたが、弟分は揺れに耐えながらも、大斧を振り上げていた。


 そんな二人を睨みつけながら、僕は一言呟いた。


『動くな』


 僕の言葉を受けて、弟分の大斧は僕の首の手前でピタリと止まった。


「なっ、何が起きて……!!ふんっ!!……っ!?な、なんでだ!?」


 力を任せに押し込もうとしても大斧はビクともせず、ならば一度引こうとしても、腕は大斧に固定されたまま動かすことが出来ないでいる。


 二人は目をキョロキョロと動かし、口をパクパクとすることしか出来ない。


「なっ、何なんだよ……お前の権能!!」


「た、頼む……!!殺さないでくれ!!」


 さっきまで僕のことを殺そうとしてた癖に……。


「僕の権能のことは教えてやらない。だけど命までは取らないさ。そんなことしたら目覚めも悪いだろうし」


 ゆっくりと立ち上がって、玄関口へ歩き出しながら二人をまた睨みつけた。



 命は取らないけど――――



『その武器を置いて今すぐに立ち去れ』


 そして。


『二度とここに来るな』


「分かった?」


 二人はコクコクと何回も頷き、僕の通り、そのまま武器を置いて走り去って行った。


 ゴッドスレイヤーの二人は社を飛び出すと、途中何度か転びながら、一生懸命走っていくと、崖の手前に佇んでいた見慣れない生き物にしがみつくようにして、飛び去って行った。


 あれは……前足が無いからワイバーンとかなのかな。竜みたいに見えたけど。


 まぁ僕みたいな存在が居るのであれば、竜が居たところで何ら不思議なことでもないもんね。


 外界に繋がる道がないからって、油断してたな。


 この高原の上だけを晴れさせて、数十メートル下の辺りを雷雲の障壁で囲むか。



『雷雲で囲み、侵入者には雷撃を』



 崖の縁に立って、下を覗き込みながらそう唱えると、高原の崖から下は厚い黒雲に覆われ、所々チカチカと紫色の光が見えて、雷鳴が轟いている。


 あくまでも侵入を防ぎたいだけだから、雨は降らせないようにイメージしてある。


 ずっと雨降ってたら、麓に待ちとかあった時に、洪水とか大変なことになっちゃいそうだから。


 余計な恨みは買いたくない。


 二人が居なくなってからは、いつもの静かな風の音がいつも以上に静かに聞こえた。


 二人が消えていった下層を見つめながら、ふとあの男たちの言葉を思い出した。


「神と呼ばれるほどの権能を持った魔族か。まぁ神様って呼ばれるよりかは、そっちの方が気が楽だね」


 良かった良かった。

 だって神様とかなったら、あれ叶えてください、これ叶えてくださいとか、たくさん寄ってきそうだもんね。


 実際二人が来れたように、誰も来られない場所では無いことが、今回の件で分かったわけだし。


 今後はより気をつけなきゃ。


 でも、とりあえず今日は考えるのや〜めた!

 壊された大扉を修繕して、さっさと寝よ。


『修復』


 欠伸をしながら、壊れた扉の残骸に声を掛けて、僕はベッドへと飛び込んだ。


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