第5話 尋問

 数日前、巨岩の麓に広がる街にて、二人の男が捕縛され、尋問を受けていた。



「へっ……まさかと話せるなんてなぁ」


「黙れ。勝手に口を開くな。お前たちはこちらの質問にのみ答えればいい」


 捕まったというのに、余裕の表情を見せて軽口を叩く男に、黒毛の獣人の少女が静かにそう言って、男たちの後方から、その首筋に鋭い爪をあてがった。


 人間の皮膚など簡単に切り裂くことが出来そうなその鋭さに、男たちは思わず息を飲んだ。


 男たちは両手に拘束具をはめられ、椅子に縛り付けられている。


 そしてその対面には、今しがた男に「姫」と呼ばれた白銀の髪に大きなモフモフの尻尾をもった碧眼の少女が座って、男たちを睨みつけていた。



「巨岩の上のお社が確認されたのは、つい先月のこと。お社が現れたのにのは初めてのこと。それを受けて、は引き続き調査対象として保護することを宣言し、立ち入りを禁じていたはずですが……?」


 白毛の姫が問い詰めるも、男たちは未だにヘラヘラとしている。


「いやぁ〜おれたちはこの国に入ってきたばかりでして。そんなルールがあるなんて知らなかったんですよ。ワイバーン達がついはしゃいでしまったようで、予想以上に高く飛んでしまいました」


「そうそう。いつもは素直に言うことを聞くんですがねぇ……」


「私たちがお前たちのことを知らないとでも?」



 今度は黒毛の少女が、男たちの眼前に二枚の紙を提示した。



「ヨーラ兄弟。貴様らはゴッドスレイヤー協会から手配書が出されている。これは既に各国の王族に通達されている。捕縛したら協会へ差し出すようにとな」



 この世界では、ゴッドスレイヤーという職業が存在し、スレイヤーたちは必ず協会へ所属し、各国からの要請を受けて、その任務を遂行する。


 普通の魔獣であれば各国の戦力で対処出来るが、「神」と呼ばれるほどの魔力を持つ魔獣や魔族に対処するには、彼らのコアを破壊することが出来る神器に選ばれた、素質のある者でないと倒すことが出来ない。


「神が」現れた場合、まずはそれが人々に危害を加える「悪神」や「邪神」でないかの判別が行われ、それらに判別された場合には、協会にゴッドスレイヤーの出動を要請し、それらの討伐を行うことになる。


 この世界の誰もが憧れる職業であると同時に、一部煙たがられている職業でもあった。


 民たちのために戦うような、それこそ英雄とも呼べる者たちがほとんどではあるのだが、中には協会から離脱し、褒賞として大金を払えなければその地を見捨てると脅し、人々のなけなしの資産を強要する、欲にまみれた者も居た。


 彼らは後者の中でも代表格と言える存在だった。


 実力は確かで、これまでに数十柱の「神」を討伐しており、その実績から各国から多くの指名を受けていたこともある。


「チッ……分かったよ。言うよ。おれらはから依頼を受けてこの国に来たんだ」


「王国に社が現れた。だって聞いたから、楽に稼げると思ったんだよ」


 男たちは身元が割れていることが分かると、途端に態度を豹変させた。


 王族に対して無礼な態度を取るのも、協会を離脱したスレイヤーたちに多い特徴であった。


 スレイヤー達がいなければ、「神」の討伐はできない。

 だからこそ、各国の代表たちはスレイヤーたちに頭が上がらないところがあったのである。



 男たちの言葉を聞いて、白毛の姫は考え込むように俯いた。


(社の情報は王国の中でも限られた人物しか知りえないはず。それなのに、私たちよりも早く神の存在を確認していた……?)


 王国が神の存在を把握したのは、巨岩の高層区域に、突然現れた雷雲という変化を受けてからだった。


「つーか、偉そうに尋問してるけどよぉ。王国が神の存在を把握出来たのも、おれらが戦闘を行ったからだろうが」


「むしろ感謝して欲しいくらいだね」



 男たちの言うことも一理あるため、姫たちは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 社が現れたこと自体は、巨岩の上空から降り注ぐ魔力の変化によって把握することが出来たが、如何せん、社があるであろう巨岩の天辺は飛竜ワイバーン大天鷲グリフォンでなければ到達できない位置に存在しており、王国はそのどちらの生物も保有していなかった。


 それらの幻獣は、王宮魔道士が十数人がかりでやっと一体召喚できるくらいで、魔力の消費も激しく、召喚にかかった魔力を回復させるためには半月ほどの時間を必要としてしまう。


 では野生のものを捕まえに行けば良いのではないか、と考えたこともあったが、ワイバーンもグリフォンも、どちらも天空を生活圏とし、巣も比較的高所にあるため、結局空を飛ぶことが出来る他の魔獣の召喚が必要になってしまう。


 それに、そもそも野生の魔獣は人間たちに懐くことはなく、唯一彼らを手懐けることが出来るのは、操獣士テイマー妖精族エルフくらいだ。


 ゴッドスレイヤー達はあらゆる神と戦うことを想定して、当然テイマーの能力も有している。



「……取引をしましょう」


「姫……?」



 姫はゆっくりと上げると、唇を噛み締めながら男たちへある提案を持ちかけた。



「あなた達にワイバーンの捕縛を手伝っていただきたい。加えて、お社までの露払いも兼ねて先導しなさい。それが成功したらあなた達を解放してあげます」


「姫!?そんなことをすれば、王国は違反者の逃走を手助けしたと見なされ、今後スレイヤーの派遣を制限される可能性が……!!」



 この姫の提案を受けて、最初はポカンと口を開けていた兄弟だったが、直ぐに大声で笑い始めた。



「だつはっはっはっ!!ただのお利口さんなだけの姫かと思っていたが、案外肝が座ってるんだなぁ!!」


「王国はそこまでしてわけだ……。まぁそれもそうか!他国は既に強力な神を手中に収めているってのに、王国には未だにもんな!!」


「貴様ら……!!!!」


「クロカ、落ち着いて。悔しいけど彼らの言う通りよ……」



 全身の毛を逆立てて怒りを露わにするクロカを、姫が制止する。



「確かに、他国は既に強力な神を手に入れ、抑止力として用いています。けれど、あれらはあくまでも使に過ぎません。あんなものよりも、を味方につけることが重要なのよ」



 神にも分類がある。


 特殊な権能を持って生まれた魔獣の突然変異種が成長し、行ける厄災となったものを「邪神」という。


 そして、知性を持った魔人や人間がその権能を私利私欲のために乱用するようになってしまったもの「悪神」という。

 過去に魔術研究に溺れた妖精族や、英雄として賞賛されていたが仲間に裏切られ、復讐の炎に燃えたゴッドスレイヤーが、その身を堕としたこともあった。


 最後に、姫だけではなく、この世界の誰もがその存在を待ち望むも、一度として現れたことがないためにとして認識されている、その権能を正しく使い、民を苦しみから解き放つ「善神」がある。



「ギャハハハ!!!!やっぱりめでてぇなぁ王族は!!!!……善神なんて、おとぎ話の中にしか居ねぇよ。そんなのが居たら、おれらみたいなのは生まれてねぇ」



 男たちはより一層声を上げて、姫の言葉を笑った。



「そんなこと分かってるわ……私だって……」


「ふん……まぁ王国があの神をどうしようが、おれらには関係ねぇ」


「というか、そもそも



 姫たちは男のその言葉に疑問を感じた。



「……どういう意味?」


「おれらがことを不思議に思わなかったのか?」


「……!!どこかに隠しているのかと思って部下たちに神器を探させていたが、まさか……」



 クロカの額には汗が滲み始めている。



「そのまさかさ。おれたちは神に神器を奪われた」


「なんですって……!?」


「あの神のランクも知らねぇだろ。特別に教えてやるよ。おれらが計測した時に出た判定はだ。つまり、あそこにいるのは大陸全土を見ても、今現在、帝国の守護神しか確認されていなかったが、この王国にも現れたってことだ」



 帝国がこの大陸の覇者たる所以でもある。


 とは言っても、帝国はそれ以前からも屈強な兵士たちや高度な文明を誇り、強国としての地位を得ていたのだが……。


 、ある日突然現れたお社から現れた魔獣は、、その異質な力を奮って帝国を我が物としてしまったのだ。


 今や帝国はその「悪神」による傀儡国家となってしまっている。


 その知らせは大陸全土を震撼させたが、その「悪神」と同じレベルの神が現れてしまったと言うのである。



神だと思ったが、やっぱ黒神は格が違ったな……。おれらと同じ人間で少女のような格好をしていた」


「話は通じるが……あの神の圧なのか、それとも特殊な魔力なのか。、また巨岩の上に戻ろうとしても、足が。他のところに行こうとするとすぐに動くんだぜ?ただ、あの巨岩に行こうとした時だけ、動かなくなるんだ」


「それだってのに、でもないみたいだし……。おれらはもうお手上げだ。だからさっきの、あのお社まで案内するってのは無理だ」


「そ、そんな……」


 思わず立ち上がっていた姫も、力無くまた椅子へと腰を下ろしてしまった。


 今の王国はため、自分たちで何とかするしかない。


 けれど、幻獣の召喚に貴重な王宮魔道士を割くことが出来る余裕もない。


 薄暗い取調室に沈黙が訪れ、ただでさえ閉鎖的で重苦しい空気が更にどんよりとして、息苦しさを感じてしまいそうだった。



「……ただ。罪を軽くしてくれるってんなら、おれらのワイバーンを使ってくれても構わねぇよ」


「兄貴……?」


「ここで時間食うよりはマシだろ。どうせすぐにまた捕まえられる。安心しろ、ちゃんと服従させた状態のまま、支配権をあんたらに移すことも出来る」



 ワイバーンを手に入れられるのであれば、これより良い条件は無いだろう。



「……急に下手に出るじゃない。どういうつもり?」



 クロカは男たちの提案に警戒心を強めた。



「さっきも言ったろ。ここで時間を食いたくない。それに……正直あの神には勝てるイメージが微塵も湧かない。他国で邪神を狩っていた方がよっぽどマシだった……」



 男たちはその神との戦闘を思い出したのか、俯いてそう弱々しく呟いた。

 素行の悪さも加担しているとはいえ、名の知れたゴッドスレイヤーである彼らが自信を無くしている姿を見て、姫とクロカの緊張感はより高まった。



 ✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼



 それから数日後、男たちからワイバーンの支配権を譲り受けた二人は、城下町から数キロほど先にある巨岩へと飛び立った。


 ある程度訓練を行ったとはいえ、ワイバーンへの騎乗に慣れていない二人の飛行はとてもぎこちなく、騎士たちがその任を代わることを進言したものの、二人は頑として聞かず、自分たちが行くのだと、当日も勢いそのままにワイバーンへと飛び乗ったのである。


 そんな二人は今、巨岩の中腹辺りまで上昇し、断崖絶壁の先を塞ぐ真っ黒な雷雲を見上げていた。


「不思議よね……以前はあんな雲無かったのに。雷雲ぽく見えるけど、一切雨や雷は降らしてこないし……」


「神の力と考えた方が良さそうだね。アイツらのせいで警戒を強めたのかも。……というか、やっぱりスノウだけはお城に残るべきだったんじゃ……姫が直接出向くなんて聞いたことないよ……」


「兵たちはただでさえで疲弊しているのよ?私だって……ただ守られてるわけにはいかない。皆を守れる力が得られる可能性があるなら、私は躊躇わないよ」


 クロカも当然聞き入れられると思って聞いていないから、その言葉を聞いて「あなたらしいよ」と、でもある姫に笑顔を向けていた。


 公の場では互いにその身分を弁えて言葉を交わしているが、こうして二人きりになった時には、素の姿で言葉を交わすことが出来るのだ。



「う〜ん、でも……あの雲に突入したら、この子たちが無事では済まなさそうよね」


「あたしたちもね……」



 ワイバーンたちも本能的にあの雷雲が危険なものだと理解しているのか、それともあの男たちのように、一度見た神の姿を思い出して怯えているのか、真っ黒な雲を見上げ、不安げな声で鳴いていた。


 そうしてしばらく空中で浮遊していると、二人が聞き慣れた元気いっぱいな少女の声が聞こえてきた。



「スノウー!クロっち〜!!」



 一国の姫とその付き人を呼び捨てに出来る彼女は、大きな大きなヒヨコのような真っ黄色の羽毛を持つ鳥に跨って飛んできた。



「ラン!?」


「どうしてランがここに……?」



 ランと呼ばれた彼女は、その眩しい笑顔を二人へ向けたあと、わざとらしくプクッと頬を膨らませた。



「王城の兵士さんが大慌てで走ってきたんすよ!二人だけじゃ心配だって。もう〜どうせ皆のためにって飛び出してったんでしょ?また皆に心配かけて〜」


「も、申し訳ない……」



 二人と違って人間族である彼女。


 一見するとただの元気な少女なのだが、今こうして二人と同じように空中に居ることから分かる通り、立派なテイマーなのだ。


 それも王国史上最年少でテイマーの資格を取った天才少女なのである。

 天才とは言っても、「テイマーに関しては」だけど。


 スノウとクロカと同年代ということもあり、一般家庭の出自ではあるものの、その才を買われて王城へと招かれ、持ち前の明るさですぐに二人と打ち解けたのだ。


 今となっては互いに自身の任務につくことが増えたために、一緒にいる時間は減ってしまったものの、幼少期は常にこの三人で同じ時を過ごしていた。



「にしても……あの雲どうする?」


「あ!そうだった!それに関してなんすけど、ウチが乗ってるこの子なら、あの雲抜けられるっすよ!!」



 二人は即座に思った。



(この子が……?)


(どう見てもヒヨコだし……今こうして飛んでるのも不思議なんだけど……)



 真っ黄色な羽毛の上からでも分かるくらい、顔を真っ赤にさせて、必死にその短い羽をバタバタと動かしている。


 ワイバーンたちも、雷雲に対する恐怖を忘れ、この子が力尽きて墜落してしまわないかが心配で仕方がないといった様子で見つめている。



「今なんか失礼なこと思わなかったっすか」


「「いやいやいや!そんなことないよ!!」」



 二人だけではなく、ワイバーンたちもランのその圧に焦って、思い切り首を横に振った。



「本当っすかね〜?まぁいいっす!これであの雲を抜けられるとして、その後はどうするっすか?ゴッドスレイヤーでも歯が立たなかったんすよね?」



 ランもどうやらある程度の事情は王城の兵士から聞いてきたらしい。



「それについてはちょっとあたしに考えがあるんだけど……。まずこの雲の障壁を築いているところからして、ここに居る神はかなり警戒心を高めていると思う。だから、まずは手荒になっちゃうけど、神を無力化するしかないと思うんだよね。それで……」



 クロカが予め考えていた作戦を二人に伝え、それを聞いた二人は顔を見合せて頷いた。



「うん。一筋縄ではいかないことは分かりきっているし、少しでも手数は多い方がいいね」


「良いっすね!……ふふっ♪なんだか前に時を思い出すっすね!!」


「ちょっとラン!今回は前の時とは比にならないんだからね。……まぁ、気持ちは分かるけど」



 身体を楽しそうに揺らしているランの気を引きしめるようにクロカが声をかけるものの、その声はどこか優しかった。


 そして昔のように笑いあった三人は、一様に頭上を塞ぐ黒雲を見上げた。



「じゃあ、行くっすよ!!」


「「うん!!」」



 ランの掛け声を合図に、スノウとクロカがその大きなヒヨ「おい?」……大きく逞しい鳥の背中へと飛び乗り、黒雲の中へと突っ込んで行った。




 ちなみに取り残されたワイバーンたちは、訓練の際に二人からこれまでにないほど甘やかしてもらったこともあって、二人のことを大好きになってしまっていた。


 そのため、二人が降りたあともその場から飛び去ることはなく、その場で浮遊して彼女らの帰りを待っていたらしい。

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