第46話 『かていほうもんのやりかた』
クライアントとの『距離感』の保ち方。
これは、福祉領域における対人援助技術において、重要なテクニックである。
この『距離感』とは、『物理的な距離』にも、『心理的な距離』にも言えることである。
『物理的な距離』の話をすると、本日
まあ、
もう一つ、特に重要なのは『心理的な距離』である。
皆さんも経験があるかと思うが、あまり親しくない相手から親し気に話しかけられたりすると戸惑いや嫌悪感を持つものだし、あるいは正面に位置取られながら目を見て目を逸らさずに話をされると気圧されたりするものである。
かといって、あまりにも物理的に離れていたり、親身でない態度で話をされても重要な話が入ってこないし、逆の立場であれば伝えたいことが相手に届かないという事態になり得る。
福祉の相談業務に従事する者は、意識して、または無意識にこの距離感をコントロールし、言語、非言語のコミュニケーションを図るのだ。
例えば1対1の相談場面であったり、集団を相手にしての説明会であったりと、両者においては話し手の話の内容の伝わり方に自ずと違いが出てくるものである。
そんなことを、目の前に居並ぶ漢女たちに説明する。
だが、思い返せば目の前に居る人たちはもともとマイノリティとして世間に溶け込めずに生活した年月が長いのだ。
初めて会う人と適切なコミュニケーションを取るというのはオレたちが想像するより難しいことなのかもしれないな。
やはり、具体的な説明をして理解を促すことが必要なのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
「はい、まずは、訪問するお宅の玄関に着いたらノックをします。もし、呼び鈴がついている時はそれを鳴らします」
目の前では漢女たちがふむふむと頷きながらメモを取っている。
おまいらまさかそんな基本的なこともしていなかったのか?
「で、返事があっても無くても、『突然訪れて申し訳ありません。冒険者ギルドから来ました。少しお話宜しいでしょうか?』と、大声で呼びかけます。おそらくはこのタイミングで玄関の扉が開けられることが多いかと思いますが、まだ家の中に入ってはいけません。数回呼び掛けても返事がなかったら留守だと思ってあきらめましょう。」
漢女たちのメモを取る手が止まらない。
誰だ? そこで『扉壊しちゃダメだったのねん?』なんて言っている奴は。
「そして、話を聞いてくれるとなったら、訪問の趣旨を丁寧に説明します。この場合は、いざ災害や魔物のスタンピードが起きた際に、優先的に救助が必要な人に救助が迅速に行われるように、そんな人が住んでいるかどうか、もし住んでいたらどのような状況なのかを、この街の全部の家に訪問して伺って回っていることですね。」
「で、ご理解を示してもらってから、ようやく本題の聞き取りに入ります。ここまでの手順を省くことなく、確実に行ってください。そうすれば、きっと皆さん話をしてくれるでしょう」
ここまで説明すると、そこかしこから『いきなり本題に入っちゃダメだったのね』とか、『ここに弱ってる人はいませんか? とか病人を出せとかっていきなり聞いちゃダメだったのねん?』などといった声が聞こえてくる。
こいつら本当に漢女で脳筋だな?!
すべての説明を終えると、漢女たちはまたも我先にとギルドから全速力で飛び出そうとしたのでいったん呼び止め、深呼吸を100回やらせてから送り出す。そういうとこだぞ?
◇ ◇ ◇ ◇
「いやー、ナカムラよ。おめえ、漢女たちの扱いが上手いじゃねえか。これからあいつらのことはおめえに任せて安心だな」
「やめてくださいおねがいしますもうしませんゆるしてください」
「まあ、その件は後でゆっくり話すとして、とにかくおめえのおかげで街長からの依頼は順調に進んでいる。いいことだ。」
まあ、確かにそれには同意する。
例の『家庭訪問のやり方』のレクチャーの後、漢女たちの家庭訪問は順調に成果を上げていた。
「お話聞いてもらえたのねん!」とか、「おうちに上げてもらって、お茶まで出してもらえたのよ!」とか、喜びの声が数多くオレのもとに届けられている。
そしてその副産物? 弊害? として、漢女たちの街への馴染み方に加速度がかかってきているという現状もある。
家庭訪問を通じて実際に漢女たちと会話をしてみて、見た目はアレだが中身は純粋な若者(一部を除く)であることをわかってもらえたらしく、街中で会っても気軽に声をかけてもらえるようになったとのこと。
指導者冥利に尽きるといえばそうなのだが、報告してくる連中がやたらと顔を近づけてくるのは勘弁してほしい。
おまいら、『パーソナルスペース』のこと説明したよな?
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この度は、『異世界に飛ばされたソーシャルワーカーは冒険者ギルドの事務員として働いています。』をお読みいただき誠にありがとうございます!
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