第29話 『説明』の重要性

 家庭訪問を終えたヴィクシム君たちから、その感想を聞かせてもらった。


 皆それぞれ苦労をしてくれたようだ。



 オレはここで初めて、ヴィクシム君たちに今回の家庭訪問の目的を伝える。


 洪水や火事、魔物のスタンピードなどがあったときに、自力では避難できない人がどの家にいるのかを事前に調べ、いざ有事の際には速やかに救助に回れるようにするために、家族構成や家人の仕事をしている場所、それに交流のある友人や親類緊急連絡先のことを聞いてもらったことを説明した。



「「「「「それを先に言ってくださいよー。その説明が出来ればもっと話を聞いてもらえたのにー」」」」」


 うむ、もっともな反応だな。


「ああ、それについては済まないと思っている。だが、改めて皆に尋ねるが、今言われた内容を説明できれば、各家庭を訪問したときにもっと良い反応をしてもらえると思うか?」


「「「「「それはそう思いますね」」」」」




「うむ、そう思ってもらえれば、オレの思惑は成功だ。」


「「「「「と、いいますと?」」」」」



「ああ、それはだな。『説明の重要性』だ。全く同じことをしていても、説明がなければ拒否されて、しっかりとした説明があれば納得してもらえる。将来君たちはこの街を背負う立場に立つと思う。そのときに、今日このことを思い出してほしいんだ。街で暮らす平民たちと同じ目線で、伝えたいことをしっかり説明できるようになって欲しいんだ。そして、物事を進める際にはしっかりと相手の同意を得て欲しい。」


 現代日本でも、説明の重要性は説かれていた。


 医療でいえば、治療の必要性を説明して理解を得るためのインフォームドコンセント。

 福祉でいえば、福祉サービスを提供するときに行うこととされている重要事項説明書の説明。


 医療や福祉などの専門性の高い事柄については、一般の人が理解するのは難しい。

 ともすれば、医師やケアマネの意見を理解も同意もないままにそのまま押し付けられることが起こりかねないのだ。


「どうだ? 『説明』というものの重要性は理解してもらえたか?」


 5人は皆一様に頷いている。うむ、素直だな。なぜ最初からその態度が出来なかったのかと問い詰めたい。よし、後で問い詰めよう。





「よし、ならば、次の段階だ。今回の家庭訪問の目的は理解してもらえたと思う。要は、有事の際に優先的に救助活動が必要な人がどこにいるかの事前確認作業を進める活動だ。」


 全員が頷いているのを確認する。


「で、この活動を進めていくにあたり、『もっとこうすればいい』とか、『これはこうするべきだ』とか、そういう議論を交わしてもらいたい。ああ、この議論をするにあたり注意点が少し。まず一つ、この議論は互いに対等な立場として行う事。親の身分や将来の主従など関係なくな。この場では互いに一人の冒険者だ。」


 うん、ヴィクシム君が頷いているな。他の4人は微妙な表情だが、まあこの中でカーストトップのヴィクシム君が納得してくれれば大丈夫だろう。


「次に、人の意見を否定しないこと。たとえ自分の思うところと正反対の内容であったとしても、その意見を生み出した考えや人格を敬う事だな。そうだな、人の意見には頷いて、発表が終わったら拍手をすることにしよう。ただ、否定はするなと言っても意見を戦わせることはこの限りではない。」



 うーむ、難しいだろうか。


 いくら将来の街を担うハイブリッドとはいえ、中身はいまだ13歳のおこちゃまだからな。我を通したくて自分の意見を通そうと感情的になるやもしれんが。


 ちなみに、この話合い、意見交換の手法は『グループワーク』というものであり、例えばクライアントの支援方針を定める話合いなどで、福祉関係者たちが意見を交わし合ったり福祉や医療関係者、本人や家族などの様々なバックグラウンドを持つ人が集まって意見を交わす時に行う手法である。


 近年では『ワークショップ』という呼び名の方が定着してきており、街づくりや地域の課題解決といった内容でも用いられている。


 ちなみに、全員が話し合いに向かう前にオレが皆に話した内容、つまりは家庭訪問の意図を初めて伝えられ、『最初から言ってくれよ』という5人の感情共有を行っている。

 これにより、たとえば初対面同士の自己紹介のように、あるいは課題に向き合う前の方向性の確認といったように、議論に参加する5人の『思い』を一か所に集中する下準備を行った。


 これは『波長合わせ』とか『アイスブレイク』とかいろんな呼び方があるが、これを行うことでメンバー間の意識の形成を行い、これからの話合いがより建設的になるという一種のテクニックである。

 最近では参加者で簡単なゲームを行って緊張をほぐすといった内容が主流で、『アイスブレイク』=『ミニゲーム』といった認識をしている人も多い。



  と、いうことで



 クソガキたちの成長を期して、異世界版ワークショップを始めますか!





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 この度は、『異世界に飛ばされたソーシャルワーカーは冒険者ギルドの事務員として働いています。』をお読みいただき誠にありがとうございます!


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