第23話 『思い』を『形』に

「「そんな‥‥‥で育てていた花の根と、赤い実がこんなにおいしいなんて!」」


 孤児院のシスターであるタチャーナさんと、教会神父のフランチシェク司教が声を揃えてそう叫ぶ。


 おい、司教さんはいつの間に合流した?


「あ、そうだ。タチャーナさん。もし、孤児院の畑でこの二つのを育てて頂けるのなら、冒険者ギルドの食堂が買い取りますよ。」


「買い取り‥‥‥? ふむ、赤い実のほうも根になる実のほうも毎年特に手入れしなくても実が増える。という事は、ちょっと手間をかけるだけで現金収入が手に入ると‥‥‥」



 おい、オレが話しかけたのはシスターさんなのだがなぜ司教様が反応する?


 もしかして、お金にがめつい坊主なのか?



「ああ失礼。教会のお布施や寄付と、孤児院のそれとは会計を分けなくてはならないものでして、どうしても孤児院のほうの運営資金が不足がちになるのですよ。神への寄付の金額は半鉄貨の一枚漏らさず神のもとに届けなければなりませんからな。領主様からの援助やわたしたちの私財では賄いきれなくなってきましてな。」


 なるほど、誤解をして失礼しました。


 たしかに、この教会の規模や参拝者の数からみても、教会は華美ではないし、司教さん達やシスターさん達も見るからに質素である。

 


「と、いうことでナカムラ殿。教会では裏の土地に畑を拡張してこの野菜を作らせていただこう。買取の件はよろしく頼みますぞ。」


 ん? 畑を拡張?


 確かにジャガイモとトマトは今現在どこかで自生している物か、観賞用として育てられているもの以外存在しないので、畑を拡張してまで『生産』してくれるというのは助かる。オレとしても、日本食文化の毎日に近づくことになるのだから。


 だけど、その畑を作るのに子供たちを労働力として計算するのは話が違う。子供たちの健やかな成長を言う観点からすれば、学びの時間を奪い、労働を強制して搾取するという本末転倒だ。


 そう考えて怪訝な顔をしていると、


「ああ、心配しないでください。確かに、子供達にも手伝ってはもらいます。ですが、それは農業のやり方を覚えてもらうためのものにすぎません。教会には、現金の代わりに労働力を寄付するという労役寄付というものがあります。畑はそんな方々に作ってもらいますので心配はないのです。むしろ、自分達の労働が子供達のためになるのであれば労役してくれる方々も意気に感じてくれるでしょう。」


 おお、さすがは聖職者様だな。


 やっぱり子供たちのことを考えてくださっている。


 だが、あなたもシスターさんもポテトを食い過ぎだ。


 おかげでお替りを作る羽目になったではないか。まあいいんだけど。






 と、いうことで。子供達への無償の食事提供から始まった『異世界こども食堂』の目論見は、どうやら教会の『チャリティー活動』をも巻き込んだ大きなものとなりそうである。


 これには、ギルマスや司教さん、もちろんギルドの職員や孤児院のシスターさんなど多くの方々の理解と協力。そしてなにより、「子供たちのため」という気持ちが身を結んで形になったモノである。



 みな、誰かのために、何かをしたいと思っている。


 ほんの少しでも、自分のできる範囲で。


 だが、その思いを実行に移すのはなかなか難しかったりする。



 そんなとき、誰かが声を上げれば。


 誰かが、率先して動けば。


 誰かが、助け合いの地図を描いてくれたのなら。



 『思い』は、『現実』となり動き始める。


 『人の善意』が『形』となる。



 今、居る場所が。


 くらしている地域が。


 少しでも暮らしやすくなる。



 そんな好循環。


 それを成すのも、また人の『思い』。



 オレは期せずして日本から異世界に来てしまったけれど、


 この異世界でお世話になった人たちのためにも、


 こんな形で、少しでも恩返しが出来たなら、


 いいな。






◇ ◇ ◇ ◇




「ギルマス! 街の外の土地を買って畑を作りましょう! 引退した冒険者の皆さんで、薬草や野菜を育てるんです! そして食堂で料理を売ってじぇにっこざくざくです!」


「‥‥‥お前、ついさっきまで『恩返し』がどうこうとか言っておいて、カネの亡者の目になってるぞ?」




 あれから、数週間。


 ギルドの食堂兼酒場で行った『異世界こども食堂』は、まあ成功していた。


 孤児院の子供たちは、毎日とはいかないが仕事や当番のない日は確実に来てくれるし、街の農家などで初等学校にも行けずに働いている子供達もだんだん来てくれるようになった。


 朝と夕方は込み合うものの、これまでは閑古鳥が鳴くようなありさまだった日中の時間帯には子供たちの元気な声が広がっている。


 ギルドの仕事がひと段落している時は、オレもその輪の中に入って計算を教えたりしている。

 え? 読み書きは教えないのかって? いや、オレのスキル『異世界言語理解』で、確かにオレは理解できるし話せるし書けるのだが、スキル効果で日本語が自動変換されるだけなので教えることはできないでいるのだ。

 かろうじて数字は自動変換なしでも理解認識できるので、なんとか計算は教えることが出来て良かったよ。



 そんなとき。


「ナカムラ! 明日からまた『初心者講習』始まるからな! 座学講師よろしくな!」


 はいはい、お仕事お仕事。 









ーーーーーーーーーー


 この度は、『異世界に飛ばされたソーシャルワーカーは冒険者ギルドの事務員として働いています。』をお読みいただき誠にありがとうございます!


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