第16話 ギルドの食堂


「あ、あのね! ‥‥‥ま、マトゥシェクお兄ちゃんをちゃがちに探しに来たの!」


 冒険者ギルドに訪れてきた、可愛いお客さんたちに用件を聞いたらこんなかわいい返答が帰ってきた。


 マトゥシェクお兄ちゃんって誰だっけ?


 ああ、思いだした。



 この前新人講習をした、「プロミスコクーン』にいた脳筋っぽい前衛の戦士君だったな。


 なるほど、たしか『プロミスコクーン』のメンバーは全員孤児院出身だったな。


 ということは、この子たちも孤児院の子供たちなのだろう。




「そっかー。マトゥシェクお兄ちゃんを探しに来たんだねー?」



 オレは子供の言葉をオウム返しのように繰り返して尋ね返す。


 これは、相手の気持ちに同調して安心感や親近感を持ってもらうためのコミュニケーションテクニックで、『ミラーリング効果』と呼ばれるものである。


 この手法は、あまり多用し過ぎると「あんた本当に話聞いてる?」「馬鹿にしてんのか?」という誤解も与えやすいため留意が必要だ。



「うん。マトゥシェクお兄ちゃんがね。ここでとっても美味しいご飯をお腹いっぱい食べたって言ってたの。だから、ここでお兄ちゃんに合えればボクたちもおいしいご飯、食べられるんじゃないかなって思って‥‥‥」


「そっかー。ここでマトゥシェクお兄ちゃんに会えれば、ご飯が食べられると思って来たんだねー。お腹すいてるのかなー?」



 今度は、100%同じ言葉のオウム返しではなく、相手の話の内容を『要約』して、『言い換え』るという手法を使う。


 これによって、オウム返しと同様、相手には自分の話の内容がしっかりと会話の相手に伝わっているという安心感を与えることが出来るのだ。

 

 まあ、最後のお腹すいてるのかなの云々は単なる確認の質問だ。



「えーとね。最近はね? お兄ちゃんたちが前よりもきふきん寄付金? ってのをたくさんくれるから、昨日の晩御飯もたくさん食べれたから、そんなにお腹はすいてないの。でも、でもね? ここのご飯が、とってもおいしかったって、マトゥシェクお兄ちゃんが言ってたからね? それで、どんなにおいしいんだろうねって。食べてみたいねって。それで、マトゥシェクお兄ちゃんを探しにきたんだよ?」


 ここまでのやり取りである程度の信頼関係が築けたからか。



「そうだったのかー。教えてくれてありがとうねー。」


 


 なるほど、読めてきたぞ。


 どうしても不確定要素があるから推測になってしまうが、多分マトゥシェク君は、あの講習会の座学の日のお昼ご飯のことをみんなに話してしまったのだろう。


 そう、あの無料で振舞われ、しかもお替り自由でマトシェク君がパンを何個もお替りしていたあの時のことだ。


 タダで多くておいしかったという事を強調して小さな子供たちに話して聞かせたに違いない。


 孤児院の子供たちが普段どのような食事を摂っているのかはわからないが、おそらくは裕福で満足な食事とは言い難いだろう。


 ならば、その話を聞いて僕も私も食べてみたいと思うのは無理からぬことだ。


 ただ、わからないのがマトシェク君がいればその食事が食べられるって思っているところだが、それはまあいいか。


 小さな子供が言葉の断片を拾って判断したことだし、そもそも話をした方12歳の子供なのだ。多少の齟齬があるのもうなずける。





「そっかー。でも、残念だけど、今この中にマトシェク君はいないんだよなー」



「「「「「「えーーーー」」」」」」



 子供たちが残念そうな声を出す。


 オレは嘘は言っていないことを証明するために、ギルド入り口の両開きの扉を全開にして子供たちにギルドの建物の中を見せてあげる。


 すると、「ほんとうにいない‥‥‥」とか、「おなかすいたね」とか、さらに悲壮的な嘆きの声が聞こえてきて、心が張り裂けそうになってくる。


 こんな状況で子供たちに「帰れ」などと言えるだろうか。


 いや! 言えるはずがない!



「でも、安心して! ごはんはが食べさせてあげるからね!」


 おっと、思わず自分のことをおじちゃんって言ってしまった。


 どうも、日本にいたころの一人称が抜けないな。



「「「「「いいの?! ギルドの!」」」」」


 よしよし。子供たちは正直だな。


 やっぱオレの見た目はお兄ちゃんの年齢であることを思わず確認できてしまう。


 今はそんなことはどうでもいい。


 この子供たちに、ご飯を食べさせてあげなくては!




◇ ◇ ◇ ◇




「ロウシュさーん! お子様ランチ8人前おなしゃっすー!」


「おこさまらんち? なんだそりゃ?」



 ロウシュさんはここのギルドの酒場兼食堂のマスターだ。


 昼も夜も厨房に立ち続けるハードな仕事をしている反面、キッチンの中でまるで自宅のように振舞っているので、おそらくはノーストレスで趣味の料理を仕事にしているタイプなのだろう。



「あらあら、可愛いお客様たちね? 『おこさまらんち』はなんだかわからないけど、とりあえず皆さん座ってちょうだい!」



 そう言って子供たちに笑顔を向けてくれるのは、ロウシュさんの奥さんであるラドミラさんだ。


 ラドミラさんは、まさに食堂のおかみさんって感じの人でとても気持ちのいい人である。

 さすがにロウシュさんのように昼も夜も働くのは身体に堪えるようで、夜の酒場の時間になると別に雇っているウエイトレスの若い女性たちと交代する。



「さあさあ、ぼくちゃんたち、ゆっくりしていきなよ! はら、まずはお水だよ!」



 


 

ーーーーーーーーーー


 この度は、『異世界に飛ばされたソーシャルワーカーは冒険者ギルドの事務員として働いています。』をお読みいただき誠にありがとうございます!


 もし、「面白い」「続きが読みたい」など、ほんの少しでも感じていただきましたら、作者のモチベーションに繋がりますので星やハートでの応援をよろしくお願い致します!


 

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