第14話 ジョブコーチ

『ジョブコーチ』という手法。


 これは、障害を持った方や、長らく社会人生活から離れていた人たちへの就労や職場定着支援に用いられる手法である。


 その手法は、特段難しいことをするというわけではない。


 仕事を求める障害者等の方々は、いざ仕事に就くといった時にどうしても不安が先に立つ。




 自分の能力で大丈夫なのだろうか


 うまくできなかったらどうしよう


 嫌われたらどうしよう


 わからないことは誰に聞けばいいんだろう


 職場の人たちにうまく溶け込めるのだろうか





 などなど、その不安は本人以外では計り知れないほどに心の中で膨らんでいく。




 そんな不安は、雇う側である会社などにも存在する。




 障害を持った人にどう接すればいいのだろうか


 仕事をしやすい環境を、どんふうに整えればいいのだろうか


 仕事を教えるにあたり、どうわかりやすく説明しようか


 すでに働いている人たちのなかにうまく溶け込んでくれるだろうか


 

 などなど、障害を持った方や長らく社会から離れていた人を受け入れる側にも不安が存在する。






 そんな時。


 職場の中に、一人でも自分のことをわかってくれている、何でも相談できる人がいたらいいのにと思わない人はいないだろう。


 職場の中に、障害者のことを深く理解して関わってくれる人がいたらどれだけ助かるだろう。


 そんなニーズに応え、仕事をしたい障害を持った方と、障害を持った方を雇用したい事業主の間に立って、障害を持った方と一緒に仕事をする福祉専門職。


 それが、『ジョブコーチ』と呼ばれる福祉専門職であり、手法でもある。

 


 


 具体的にはどうするのか。


 障害を持ったAさんが、就職希望でKという会社に試用期間として勤めたとする。


 ジョブコーチは、Aさんと一緒にKという会社に通い、Aさんの仕事を一緒に行うのだ。


 一緒に仕事をすることにより、仕事をする上でのAさんの悩みや困惑をよりよく理解でき、助言ができる。


 一緒に仕事をすることにより、K社側の雇用側としての意向やスタンス、思いをよりよく理解でき、仕事の教え方や処遇の方針について雇用側にも助言ができるのだ。


 職場の制度や仕組みや人間関係、さらには働く人たちの個々人の性格や感情をも理解して、働く側にも、雇用する側にも適切な助言を与えることが出来るのだ。



 もちろん、ジョブコーチと言えども何年もAさんに寄り添ってK社という会社にいつまでも勤めているわけにはいかないから、適切な期間というものは存在する。

 

 だが、一緒に働いて支援する期間が終了したとしても、ジョブコーチはAさんやKという会社からの相談は継続してい受け付けていくという仕組みである。




 シュラークさんは、利き腕を失いそれまでの仕事、冒険者という職を失った。


 だが、これまでのノウハウを生かしてギルドの新人冒険者の指導役という新しいが見つかる。


 だが、シュラークさんは利き腕を失ったという自身のショックや負い目から抑うつ的な心理状態となり、自己肯定感も小さくなってしまって新しい道に踏み出すのに躊躇してしまっている状態であった。


 そこに、シュラークさんが一番不安に思っている『新人冒険者とのコミュニケーション』という部分をピックアップしてオレが仲立ちすることで、その不安をやわらげ、新しい道に踏み出す背中を押すことができたというわけだ。


 これから先も、何らかの事情で冒険者として立ちいかなくなる人は出てくるだろう。

 必ずしもシュラークさんと同じように指導者としての道があるわけではないにしろ、今回のような支援を行うことで何らかのお手伝いが出来たらいいなと思っている自分がいる。


 だからと言って座学の講師だったり戦闘訓練の敵役を押し付けられるとは思ってもみなかったのだが。


 まあ、これでお世話になっている冒険者ギルドの人たちや、この街の人たちに何か少しでもお返しすることが出来たのではないだろうか。


 それとも、それは単なる自己満足で、驕りにしか過ぎないのかもしれない。


 だが、とりあえず、今日の酒は美味い。


 それでいい。




 その夜、冷えたエールを腹いっぱい飲んだ俺は心地よい眠りについたのであった。





◇ ◇ ◇ ◇



「―――カムラ、ナカムラ、起きろナカムラ。おーいナッカムラくん♪」


 翌日の朝、いや、もう昼になっている。



 今日、休みなオレは昼までの惰眠を貪っていたようだ。



「起きたかナカムラ。おはようスパンク」


――ビェラさん?



「休みのところ起こしてすまんドラゴラ。ギルマスが呼んでいるぞ」



 んー、ビェラさんのダジャレ? がひどい。




 ギルド職員として働くようになり、窓口受付嬢チーフのビェラさんとはいろいろ話をさせてもらうようになった。


 そんな中、何気ない会話の中でオレが日本でのオヤジギャグな言い回しをしてしまったところ、妙に気に入ってしまって良く会話の中にぶっこんで来るようになってしまった。


 中には「オレこんなの教えたっけか?」的な日本じみた言い回しも良くするようになってきて、オレの中では『ビェラさんが実は日本からの転移者だった』説が急浮上している。


 まあ、そんなことは後回しだ。


 ギルマスが呼んでいるのならば起きなくてはならないな。

 





ーーーーーーーーーー


 この度は、『異世界に飛ばされたソーシャルワーカーは冒険者ギルドの事務員として働いています。』をお読みいただき誠にありがとうございます!


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