第11話 『器用貧乏』
オレは新人受付嬢のミリアムさんから「お金ないんでしょ?」と撃沈され、『測定器』に触れることが出来なかった。
だが、後になって、その時触れていなくてよかったと思い直すことになる。
それは、その日の夜の事。
「あーあ、確かにお金はないんだよな。まあ、飯と宿はご厚意に甘えさせてもらってるから贅沢は言えないんだけれども。職員っつったってまだ見習いの身分だしなー。給料まで前借りさせろなんてギルマスに言えないよねー。」
なんて独り言をつぶやきながら。
「オレにもスキルとかレベルなんてあるのかな? たしかギルド職員は割引が効いて銅貨20枚か。日本円にすると2千円くらいって、特に高くはないんだけれどこの世界の賃金の水準がわからないから何とも言えんなー。んー、なんかタダで見れる方法なんてないかなー。『ステータスオープン』。とか言えばウインドウが現れるとか‥‥‥! って出てきちゃったよ!」
さらに独り言を重ねていたら、思わずステータスウインドウを開いてしまったのだ。
そこには、
『ナカムラ Lv1』
の表示のほかに
『異世界言語理解』
なんて表示がされていたのだ。
「あっぶね。このスキルがギルド窓口で表示されちゃったら、オレが異世界から来た『迷い人』だってみんなにバレちゃうところだったな」
『迷い人』というのは昔の伝承に出てくる存在で、今この時代にはいない。
もしオレがそれだとばれてしまったら、平穏な毎日は遠ざかってしまうだろう。
ということで、オレはなんとか『身バレ』せずに済んだほか、他の人は手数料を払ってまでもスキルやレベルを確認していることから、オレのようにステータスウインドウは見ることが出来ないんだなと確信した。
だって、ただで見られるんならみんな手数料なんて払うわけないからな。
で、表示されていたスキルはそのほかにももう一つあったのだ。
それは、
『器用貧乏』
というスキルだった‥‥‥。
まあ、正直そのスキルの名前を見てがっくり来た。
日中にお金がない話をしたその夜に、『貧乏』という文字を見せられたのだ。
凹むのも無理はないでしょう?
で、その時は曲がりなりにもスキルの存在を確認できたことで妙な安心感でそのまま眠ってしまい、その後は日々の忙しさに追われてそのことを振り返ることも忘れていた。
異変に気が付いたのは、例のシュラークさんからレクチャーを受けたその日の夜だった。
そういえばスライムとかゴブリンにとどめを刺したなと思い、レベルが上がっているかもしれないと何の気なしにステータスを開いてみた時のこと。
「あれ? スキル増えてんじゃん」
確かにレベルも上がっていて、『Lv3』になっていた。
その下のスキル表示の欄。
以前は『異世界言語理解』と『器用貧乏』の二つしかなかった表示だったのだが、
『書類作成Lv5』、『計算処理Lv4』、『交渉Lv3』、『有用植物探知Lv1』、『薬草等採取Lv3』、『剣術Lv2』、『魔物探知Lv1』と、7つもスキルが増えていたのだ。
たしかに、事務仕事で求められる内容のほかに、シュラークさんから色々と教わった内容ではあるが、スキルというものはこんなに簡単に取得できるものではないはずだ。
そのことを確かめるべく翌日に受付嬢チーフのビェラさんに、「スキルって簡単に手に入るんですか?」と間抜けっぽく聞いてみたところ、「そんなわけナイジェリア」というありがたいお返事をいただいた。
「ナイジェリア」の部分をスルーして詳しく聞くと、例えば剣術道場とかで鍛錬を積んだりとか、冒険者として長い期間同じ武器を使ったりだとか、鍛冶師として毎日ハンマーを振るったりだとか。
その人個々人のセンスや習熟度、取り組みの熱量等にも左右されるが、どれだけ覚えが早くても最初の『Lv1スキル』の習得に3ヶ月くらいはかかる様だ。
稀に先天的に持っている場合もあれば、どれだけ努力しても身につかない場合もあるという事だった。
これらのことから勘案すると、オレにはスキルが身につきやすいという特性がある様だ。
その原因となるのは、やはり『器用貧乏』のスキルなのだろう。
『器用貧乏』とは、字面こそ「貧乏」と入っていて良からぬ印象を持ってしまうのだが、実はその言葉の意味するところはそれほど悪いものでもない。
たしかに、「一つの物事を極められない」というネガティブな言葉ではあるが、裏を返せば「何でもそれなりに出来る」という一面も持っている。
オレがなぜ『器用貧乏』というスキルを持っているかを改めて考えてみた。
その理由は意外とあっさり思いつき、それはやはり日本での職業が「ソーシャルワーカー」であったからだろうなという思考の結論に行きつく。
なにしろ、ソーシャルワーカーというのは福祉職。
ただ単に相談に答えるだけではなく、例えば修理の業者に頼むお金のない人のために壊れた車椅子の簡単な修理とか、段差を解消するスロープをその辺の製材所からもらった木っ端木材で作ったりとか。
他にも利用者さんの家庭を訪問したときに壊れた家電の様子を見たり、切れた電球を取り替えたり、いわゆるゴミ屋敷の片づけをしたりなど、その活動分野は意外と多岐に渡る場面が多いのだ。
いわゆる「何でも屋」みたいなことまでやらなければいけない仕事に就いていたが故の『器用貧乏』なんだろうなと妙に納得してしまったのだ。
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この度は、『異世界に飛ばされたソーシャルワーカーは冒険者ギルドの事務員として働いています。』をお読みいただき誠にありがとうございます!
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