第5話 薬草を採ろう

 利き腕を失ったシュラークさんは、今現在、障害の受容過程の『承認』という段階にあると思われる。


 この段階では、障害を受けたことによる混乱や怒りなどの感情からは脱してきているが、現実に直面して不安になったり、抑うつ的になったりして、人生に対して投げやりな態度をとってしまうことが多い。


「もう野垂れ死ぬしかない」と語ったシュラークさんの心情からして、今まさにこの状態であると推し量ることが出来る。


 であれば。


 ぜひとも、シュラークさんには、そのもう一つ先の段階、『適応』にまで進んでもらって、「自分らしい生活」を送る意欲を持ってもらえるようになって欲しいところである。






「なるほど。シュラークさんは、利き腕を失ったことで、もう何もできることがないと不安な気持ちでいっぱいなんですね?」


「まあ、そんなところだな。宿舎を出るのは明日でもいいか? せめて最後にみんなに挨拶くれえはしてえからな」



「えーと、さっきも言ったように、出ていく必要はないんですよ。それでですね、宿舎を出る出ないの話は別として、実はシュラークさんにお願いがあるんですが。」


「ん?」



「ですから、決してシュラークさんを宿舎から追い出そうとしているわけではないんです。むしろ、今日オレがシュラークさんに話しかけた本題は、こっちのお願いのほうなんですが?」



 どうにかして、『追い出される』といった意識をそらさなければ。



「俺に頼みてえこと?」


「はい。実は、街周辺の薬草採取と近隣の魔物の分布状況をレクチャーしていただきたいと思いまして」



「‥‥‥なに? そんなことなら、他の冒険者に頼めばいいじゃねえか?」


「いや、それがダメなんですよ。ほら、オレって一応ギルドの職員じゃないですか? 個人的な依頼を他の依頼に混ぜちゃうと公私混同って言われちゃうし。それに、オレって薄給なもので、そもそも依頼を出せるほど懐に余裕がないっていうか‥‥‥。」

 


「そうか、そういう事なら話は分かるが‥‥‥それにしても、お前さんがなんで薬草なり魔物の分布を‥‥‥ああそうか、ギルドの職員だったな。」


「はい。冒険者ギルドの職員として、一通りのことは覚えておきたいんです。で、こんな町の近くの依頼となれば新人の冒険者に依頼することになってしまいますけど、それだと頼りないというかなんというか。なので、ぜひベテランであるシュラークさんにお願いしたいんです。」



「‥‥‥わかったよ。俺でよければ付き合ってやる。明日でいいか?」


「はい! 宜しくお願いします」




 よし、どうにかうまくいったな。


 利き腕を無くしてこれからどうやって生きていけばいいのかわからなくなっているシュラークさんに、『利き腕がない、今の自分でも出来ること』をぜひ見つけてもらいたい。


 正直、明日の依頼を受けてもらってもシュラークさんがその境地まで至れるのかはわからない。


 もしかすれば、以前と同じように『できなくなった』身体を再確認して逆に悲嘆させることになってしまうかもしれない。


 それでも、どうにか外に連れ出すことは成功した。



 あとは明日。


 物事がうまく運んでくれることを祈ろう。





◇ ◇ ◇ ◇



「今日はよろしくお願いします!」


「‥‥‥ああ、じゃあ行こうか」


「はい!」



 一夜明けて翌日。


 本当はオレは今日もギルド事務員の仕事があったのだが、ギルマスからの個別任務という事で通常業務は免除である。


 で、オレの服装はと言えば、いつもと変わり映えのないギルドの制服である。



「‥‥‥なあ、ナカムラよ。薬草の採取もその格好で行くのか?」


「いやあ、実は本当に余分なお金がなくてですね‥‥‥部屋着とこの服以外持ってなんすよ‥‥‥」



「‥‥‥難儀なことだな」


「ええ、本当に‥‥‥」



 むう、図らずして同情と共感を得てしまったぞ。


 これでシュラークさんとの心理的な距離はさらに近づいたのだろうとは思うが、なんだかな。


 そんな話をしながら街の門をくぐり、街道を南に向かう。




◇ ◇ ◇ ◇




「‥‥‥ほれ、そこに生えているのが薬草だ。見分け方はな、よく似た雑草だと全部の葉脈が白いんだが、薬草は葉脈の太いところが赤っぽいんだ。そこだけ覚えときゃ見つけるのは簡単だ。」


「ほえー、これじゃ白黒の図鑑じゃわからないはずですわな」



「‥‥‥お前、たまに言葉が変になるな」


「あ、すんません。素が出てしまいました。」



「‥‥‥いや、構わん。それで採取の仕方だがな、この薬草は根の部分に薬効が多いから根ごとの採取が必要だ。だが、地下茎で繋がって増える特徴を持っているから、まずはこうして長めのナイフで茎の周りの土に刺して周囲に広がる根を切るんだ。」


「ふむふむ」



「で、周りの土を落としながら、最後にまっ直ぐ下に伸びている太い根をナイフの刃が届くギリギリのところで切って‥‥‥ほれ、こうして採ればギルドの窓口で高めに買い取ってくれるぞ」


「おおお」



「‥‥‥それでな、これが重要なことなんだが、さっきも言ったようにこの薬草は地下茎で増えていく。だから、目に見えるものを全部採ってはダメだ。間を離して数本は残して置け。そうすれば、数日もすればまたたくさん生えてくるからな。これを守らないやつは悪質な行為として他の冒険者からギルドに報告されるからな」



 やべえ、すんげえになって楽しくなってきたぞ。







ーーーーーーーーーー


 この度は、『異世界に飛ばされたソーシャルワーカーは冒険者ギルドの事務員として働いています。』をお読みいただき誠にありがとうございます!


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