第4話 障害の『受容』
「ところで、難儀と言えば‥‥‥。立ち入ったことで申し訳ありませんが、シュラークさんも難儀していらっしゃるのではありませんか?」
オレは、問題の本質をえぐる発言をぶっこんでいった。
こういったデリケートな話の時、世間話で心理的な距離を縮めていくのはいいが、いざ問題の本質に踏み込んでいくのはいつになっても勇気がいる。
だが、世間話ばかりしていても問題は一向に解決なんかしてくれない。
どこかで踏み込まなくてはならないのだ。
最初の分水嶺と言ってもいい。
この時点で拒絶をされてしまうと、相談支援者としてクライアントの問題に寄り添っていくことの大義名分が大幅に弱まってしまう。
はたして、シュラークさんは応じてくれるか――
「ああ、この腕のことだろ? 前の依頼で下手こいちまってな。情けねえもんだ。腕が一本ないだけでこんなに不自由なもんだとはな」
よっしゃ、話に乗ってくれた。
「そうだったんですね。右腕は利き手だったんですか?」
実はオレはシュラークさんが失った腕が利き腕だったことを知っている。さっきギルマスから教えてもらったからだ。
だが、本人の前でいきなりそのことを表明してしまうと、「自分の知らないところで自分のことを、勝手にどこで誰に聞いたんだ」という不信感を持たれてしまい、相手が疑心暗鬼にとらわれてしまうこともある。
今回の場合は当てはまらないが、時に相手が精神疾患を持っている場合などには決定的な悪手となってしまうこともあるのだ。
だから、今初めて質問をして、オレが自身の言葉で尋ねて教えてもらうというプロセスをあえて辿る。
一見、回りくどいことをしているようにも感じるが、これは必要なことなのだ。
「ああ、せめて左の腕だったらまた違ったんだろうがな。剣を持って戦うどころか、飯を食うのもケツを拭くにも難儀してるぜ」
「なるほど、そうなんですね。冒険者としての活動だけじゃなくて、普段の生活でも不自由を感じることが多いと。」
ここで、相手の「困っている」心情に寄り添い共感を示していく。心理的な距離をさらに詰めていくのだ。
「ああ、そうだな――。ところで若造。話の本題はなんだ? 大方、ギルマスから俺にここから出ていくよう言えとでも言われたんだろう? ああ、わかっているさ。これ以上
おっと不味いぞ。
「はい、ギルマスから言われてここにきたのはシュラークさんの言う通りです。ですが、内容は違います。ギルマスは、シュラークさんのことを心配されていました。このままでは、身体だけではなく、心も、そして生き方も不自由になったままになってしまうと。なので、シュラークさんが今よりもより良い生き方が出来るように策を講じろと言われてきました」
こういったとき、相手の言葉を全否定するのは時によりけりだ。
特に、こんな風に困りごとがあるであろう人に相談者側が足を向けて行うアウトリーチ型の相談支援の場合は、その話をしに来た理由をきちんと伝えたほうがいい場合が多い。
今回の場合は、ギルマスがあなたのことを心配しているという事実と、決して追い出そうとしているわけではないことをきちんと伝える必要がある。
「そうか‥‥‥。ギルマスはオレのことを気にかけてくれているんだな。それはありがてえことだが、見ての通り俺はこのざまだ。もう、人知れず野垂れ死ぬしかねえんだよ。若造。いや、ナカムラといったか。わざわざすまなかったな。手間をかけた。」
ふむ、なるほど。
シュラークさんは利き腕を失った。
日本にいたころの言葉でいえば、『身体障碍』の状態になったと言える。
そして、今現在のシュラークさんの障害受容段階は、障害という事実を『承認』できた段階だと思われる。
――障害の受容とは。
アメリカの精神科医、キュブラー・ロスが唱えた『死の受容プロセスモデル』を基にして、脊髄損傷患者を対象とした研究をしたフィンクの『危機モデル』で、障害を負った人がそれを受け入れていく過程を、
・衝撃 ・防衛的退行 ・承認 ・適応
の4段階に分けている。
1段階目の『衝撃』では、「どうしてこんなことが起こってしまったんだ?」という、ショックや不安を感じる段階。
2段階目の『防御的退行』では、「そんなわけがない! こんなの信じない!」
などと、現実逃避、怒り、非難をして自分の身を守ろうとする段階。
3段階目の『承認』になると、「やっぱりこれは現実なんだ。」というふうに、逃げられないという現実に直面し、再度不安が襲う段階に至る。
で、4段階目。『適応』では、「自分らしく生きるしかない」と、自分のアイデンティティを再認識し、価値観を再構築する段階にまで至る。
シュラークさんには、どうか4段階目の『適応』に至ってほしいところである。
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