第3話 ファーストインテーク

 うーむ、まさかこんな展開になろうとは。




 利き手の片腕を失った元Dランクの冒険者、シュラークさん。


 依頼も受けれず稼ぐすべを失った彼はギルドの簡易宿泊所に身を寄せている。


 ギルマス情報によると、年齢は33歳とのこと。


 そんな彼を、新しい生き方に導くという仕事を仰せつかってしまった。



 

 見方によっては、金が払えず宿泊所にとどまっているシュラークさんを追い出す行為だ。


 なるほど、簡易宿泊所を管理する冒険者ギルドとしては、シュラークさんに出て行ってもらえば問題は解決されるともいえる。


 だが、それだと根本的な問題、


 すなわち、シュラークさんの人生についての問題は何ら解決せず、むしろ住居という生活の拠点を失いこれまで以上の生活困窮に陥ることが目に見えているのだ。



 これって、すなわちオレが日本でやっていた仕事と領域が丸かぶりだ。


 そう、これは生活困窮に陥る可能性のある人への『生活支援』というケースと見ることもできる。




◇ ◇ ◇ ◇


 オレが日本にいたころの職業。


 それは、某医療法人に属する総合的相談支援事業所のジェネリックソーシャルワーカーだ。


 生活に困難さを抱えている人たちへの相談支援。



 例えば、介護が必要な高齢者に対する介護保険法。


 日常生活や就労に支援を要する障碍者に対する障害者総合支援法。


 健やかで健全な子供の生活を守る児童福祉法。


 国民の最低限度の生活を保障する生活保護制度など。



 そういった、関連する法律制度と、生活に困っている人とを結びつけ、関わりながら生活の質クオリティ・オブ・ライフの向上を図って行く職業だった。



 オレの勤めていた病院は、内科はもちろん小児科から整形外科、精神科などありとあらゆる診療科を網羅していたマンモス総合病院であり、そこを訪れる患者さんやその家族には様々な生活課題を抱えた人たちがたくさんいて、診察だけでなく相談にも訪れる。


 そんな相談をまずはいったん受止め、医療的なこと以外の困りごとや生活課題があれば、役所の窓口や各制度ごとのケアマネージャーやら障害者相談支援専門員らに引き継いだりするのがオレの仕事だった。


 ちなみに、我が医療法人には福祉分野も併設されており、訪問看護はもちろんケアマネージャーやら高齢者のデイサービス、通所リハビリや障碍者の作業所など福祉のサービスも充実していた。





 そんな環境。


 良く言えば恵まれた環境でもあり、悪く言えば何でもありのよろず相談屋的な混沌のなかで仕事をしていたのだ。



 

 だが、今いるのは何もかもが未知の異世界の地。


 医療どころか福祉も、施設どころかそんな概念すら何もない。


 せいぜいあるのは領主の施しや教会の慈善活動、各職業や集落ごとの自治組織のみ。


 はたして、この環境において相談に対しての解決や答えを出すことが出来るのだろうかと不安になる。


 さてどうしたもんか。





 こういった、解決のゴールが見えにくい相談があったとき。


 日本にいた時の自分はどうしていただろう?



 そうだ。


 ゴールがあろうがなかろうが。



 雲をつかむような話であったとしても。


 まずは、お話を聞いてみないことには始まらないのだ。



 シュラークさんとお話しなくては。





◇ ◇ ◇ ◇


「こんにちは。少しお話良いですか?」


「‥‥‥なんだ。最近入った行き倒れの若造じゃねえか」



 おおう、ファーストコンタクトは辛口だな。



「はい、自分はナカムラと言います。シュラークさんで宜しかったですよね?」


「‥‥‥おう、確かに俺はシュラークだ。それにしてもお前、珍しい名前だな。この国の人間じゃねえのか?」



 よし、会話のキャッチボールが成立してきたぞ。


 日本にいた時の相談業務でも、大切なのは第一印象だ。


 ここでつまづくと、その後の信頼関係の構築に大きく影響が出てしまうことも多いのだ。


 中にはあいさつ程度の会話すら応じてくれない人も少なくなかったため、今の状況はまあいい方だろうと思う。



「いえ、実は倒れる前の記憶がなくてですね。どこの国の出身なのかすらわからないのですよ。」


「‥‥‥へえー、そりゃ難儀なこったな。記憶がないなんて大変だろうに」



 うん、オレに少し興味を持ってくれたようだぞ。


 こういった初期の段階では、「相談員」と「相談者」といった関係性になるよりも、互いに「一人の人間」として会話を重ねたほうが気心が知れやすい。

 ただ、相手の興味を惹こうとして自分自身の個人情報を多く開示してしまうのは今後の関係性の構築を阻害してしまう要因にもなりうるので、ほどほどのラインを保たなければならないのが難しいところだ。




「ええ、それなりに難儀していますけど、ギルマスや皆さんに助けられて何とかやっています。」


「‥‥‥ああ、ギルマスな。あの人は強いだけじゃなくてあったけえ人だからな」



 よしよし。


 共通の知人に対するポジティブな話。


 これも、心の距離を縮めるための有効な手段である。



 よし、そろそろ頃合いかもしれない。


 問題の本質をぶっこんでいくか。



「はい。本当にいい人ですよね。ところで、難儀と言えば‥‥‥。立ち入ったことで申し訳ありませんが、シュラークさんも難儀していらっしゃるのではありませんか?」





 







ーーーーーーーーーー


 この度は、『異世界に飛ばされたソーシャルワーカーは冒険者ギルドの事務員として働いています。』をお読みいただき誠にありがとうございます!


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