第2話 ギルマスからのおしごと

「ナカムラ! ちょっと来い!」


 今日も今日とて繁忙を極めるロレリアムの街の冒険者ギルドの事務仕事。


 そんな中、ここのボスギルドマスターからお呼びがかかった。


 オレは、やりかけていた書類仕事をひと段落させ、ギルマスの執務室へと向かう。



◇ ◇ ◇ ◇




「お前に仕事を任せる」


「すでにいっぱいいっぱいなんですけど」



「なーに、大丈夫だ。忙しいくらいで死にゃしねえ」


「いやいや、オレのいた世界ではたくさん死んでいましたよ。心も体も人間性も。」




 このやり取りからもわかる通り、オレは異世界から転移してきたであろうことをギルマスには明かしている。


 冒険者ギルドに保護されてからの数日にわたる聴取の中で、怪しい奴と思われたくなくて最初は知らぬ存ぜぬを貫いていた。


 だが、聴取官がギルマスの担当になったとき、ふと思い直した。


 いつまでもすべてを隠し通すのは難しい。


 ならば、すべて素直に打ち明けてしまおうと。




 異世界というだけあって、ここは知らない土地だし知らない人だらけだ。


 だが、なぜか言葉は通じる。


 人とのコミュニケーションが可能だというストレングス。強み


 それを活用しない手はない。



 

 コミュニケーションが可能ならば、信頼関係を構築していくことが出来る。

 

 まずは、人間同士としての基本的な信頼関係ラポールを築いていく。


 その為には、こちら側から胸襟を開いていかなければならないことを、オレは日本での生活の中で知っている。


 そういうわけで、オレはすべてを詳らかに伝えたのだ。




 わけがわからず突然街道の真ん中で倒れていたこと。


 なぜそこで倒れていたのかはさっぱりわからないこと。


 そして、多分こことは別の世界から来たであろうこと。


 若い姿になっているが、実は42歳である事。


 本当はお腹の出たメタボ体系だったことは内緒にしておく。



 そのことを打ち明けた時、どうせ信じてはもらえないとは思ったが、意外なほどにギルマスはオレの言葉を信じてくれた。


 どうやら、この世界には『迷い人』という概念があるらしく、オレ以外にも過去から異世界転移してきたらしき人が存在したらしいのだ。


 もっとも、それは伝承や歴史書のなかに登場するくらいのもので、今現在はいないらしいのだが。


 若返ったという点についても、伝承の中の迷い人にそういった例もあるらしく、『そういうもんか』といった感じで受け取られてしまった。


 ただし、この件についてはギルマスが冒険者ギルドのグランドマスターや国王などに報告をするらしいので、上からの沙汰があるまでは秘密にしておけと言われ、オレは世間一般的には魔物に襲われて記憶を失ったどこかの村の若者というになっている。


 


 で、その後はギルドの事務員として働かせてもらっているわけなのであるが、どうやらギルマスはこんなオレに個別の仕事を言いつける気であるらしい。


 やれやれ。異世界から来た世間知らずにどんなことをやらせようというのやら。




◇ ◇ ◇ ◇



「なあ。心が死ぬってのはなんとなくわかる気がするが、『にんげんせい』ってのはなんなんだ? それが死ぬとなんか不都合でもあるのか?」


「『人間性』とは、人としての存在意義というか生まれ持っている誇りというべきものとか‥‥‥。とにかく大切なものなんです。それがないと生きた屍のようになってしまうんです」



「なんだと? アンデッドになってしまうのか?! そりゃまた、たいそう大事なものじゃねえか、その『にんげんせい』ってやつは。で、それは薬草やポーションで治るのか?」


「いや、治るかもしれませんが‥‥‥。それよりも信頼できる人の心の支えとか、栄養とか睡眠とか休養が大切ですね」



「なるほど、よくわからんことが分かった。で、仕事の件だがな」


「はいな。」



「お前と同じ簡易宿泊所にいるシュラークのことだがな。」


「ああ、シュラークさんですね。たしか片腕の。お姿はお見受けしますがお話したことはないですね」



「奴は、以前はDランクの冒険者で、このギルドでも中堅のベテランどころだったんだがな。とある依頼で失敗して利き手を失ってしまったんだ。それ以降、当然ギルドの依頼は受けることが出来ず収入も無くなって、常駐の宿屋も宿賃が払えず引き払っていくところがなくてギルドの宿泊所で面倒見てたんだが‥‥‥まあ、なんだ。ギルドの宿泊所もいつまでもただで泊まらせておくわけにはいかなくてな‥‥‥」


 んー、なんとなく理解してしまった。



「要するに、無銭宿泊者を追い出せと」


「いやいやナカムラよ。言い方ってものがあるだろうが。いいか? シュラークはな、長年模範的な冒険者としてギルドに貢献してくれていたんだ。それなのに追い出すだなんて人聞きの悪い」

  


「いや、言葉を言いつくろっても追い出すのに変わりはないじゃないですか」


「だからな、シュラークが仕事なり新しい居場所なりを見つけて円満に宿泊所を出ていく手助けをナカムラに頼みてえんだよ!」



 えー、それって。



 思いっきり、オレの日本にいたころの仕事と被ってるじゃないですか!









ーーーーーーーーーー


 この度は、『異世界に飛ばされたソーシャルワーカーは冒険者ギルドの事務員として働いています。』をお読みいただき誠にありがとうございます!


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