異世界に飛ばされたソーシャルワーカーは冒険者ギルドの事務員として働いています。
桐嶋紀
第1話 異世界で馬車に轢かれそうになっていた。
「おーい、ナカムラ! この依頼書張っておけ!」
「ナカムラ! 薬師ギルドとのポーション価格の協定書の更新まだか?」
「ちょっと事務員さん! うちの裏の下水の依頼、早く何とかしてよ!」
うーむ、忙しい。
オレの名前は中村芳雄。42歳。
だったはずなのだが。
今のオレの名前はナカムラ。
年齢は、多分10代後半。
そして、ここは日本のブラック企業‥‥‥ではなく。
異世界にあるロレリアムの街、冒険者ギルドのカウンター内の事務室である。
そう、
オレは、俗に言う、異世界転移というものをしてしまったらしい。
◇ ◇ ◇ ◇
ある日、オレは異世界の道端に倒れていた。
そこは、街と街を繋ぐ街道のど真ん中。
そこを通りかかった商人の馬車の通行の邪魔になり、護衛をしていた心優しい冒険者さんに助け起こされたのだ。
あとで話を聞いたところ、どうやらそのまま馬車に轢き殺されても文句は言えない世の中らしい。
なんでも、こうやって道の真ん中に行き倒れた振りをして馬車を止めさせて襲撃するという手口を使う野盗が多いらしいのだ。
いや、野盗って。
最初その話を聞いた時、『野盗』が『野党』に聞こえてしまい、民主党かな? れいわ新撰組かな? なんて考えてしまったよ。
当然、日本でそんな名前の、盗むほうの団体さんは存在しない。多分。
そう、この世界には日本には存在しなかった存在が当たり前のように存在する。
野に臥せって集団で強盗をする集団なんて、日本での42年の人生で見たことがない。
で、何でオレが轢き殺されなかったかといえば、オレの着ていた服装が理由らしい。
その時のオレの服装は、サイズの少し大きいスーツ。
特にお腹周りなどは、ベルトをしていてもズボンがずり落ちてくるくらいのぶかぶかサイズだった。うむ、随分と痩せたものだ。
まあ、腹のサイズのことは置いておいて。
この世界において、スーツのような服装は珍しい。というか、オレの着ているもの以外存在しない。
そんな珍しい身なりをしたものだから、どこかのお貴族様だと大変だという事で、轢かれることなく助け起こされたとのこと。
で、いざ助けてみたら貴族様どころか、なぜこんなところにいるのかもわからないといった様子の、身なりは良いが不審な若者。
扱いに困った冒険者さんと、その雇い主の商人さんは、そのままオレを冒険者ギルドに連れて行った。
◇ ◇ ◇ ◇
「おまえはどこから何を目的にここに来たんだ?」
なんて聞かれても、ここが何処かわからないし自分でもわかっていないので答えようもない。
要領の得ない返答を繰り返す、我ながら怪しい人物だとは思うのだが、なんとここのギルドマスターさんは、この冒険者ギルドに併設されている簡易宿舎にオレのことを泊めてくれた。
質素ではあるが食事も出してくれ、朝になるとギルドの職員から身元調査をされるという日が続き、それを繰り返すうちにギルマスをはじめとする職員の皆様ともだんだん気心が知れてきた。
そんな日々を繰り返し、
「なにか手伝えることはないですか?」
と、思わず言ってしまった。
その日から、オレのギルド職員としての毎日が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ナカムラ、この服着てみろ‥‥‥おお、ピッタリじゃねえか。今日からこの服着るようにな。で、お前の席はそこな」
「‥‥‥え? いいんですか?」
「お前、ここの仕事手伝ってくれるんだろ? だったら黙ってそこに座れ」
「でも、オレみたいな素性の知れない人間が、ギルドの制服着て、カウンターの中に職員みたいな顔して座るわけには‥‥‥」
「なに言ってんだ? 職員なんだもの、当然じゃねえか」
「え?」
「ん?」
「「‥‥‥」」
そんなやり取りの末、オレは見事ギルド職員として異世界での就職を果たしたというわけだ。
オレにギルドの制服や仕事の席を用意してくれたのは、恐れ多くもここロレリアムの街のギルドマスター。
その名をアーモス・クライーチェクさん。
現役時代はAランクまで上り詰めたという、実力も、顔の迫力も特Aランクの気のいいおっさんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
――あれは、オレがこの世界に転移してきて2日目のこと。
前日からギルドの簡易宿舎に泊まらせてもらった翌日のことだ。
当時身元不明で怪しい(今もだが)人物であるオレの聴取を担当してくれた時の益体もない世間話。
「俺はここのギルドマスターをしているアーモスという。一応、元Aランクだ。40歳になったときに古傷の膝がもう限界で引退した。そして、先代のギルマスに誘われてここのお世話になったというわけだ」
「え、じゃあ、アーモスさん‥‥‥いや、ギルドマスターさんはここのギルドに何年勤めているんですか?」
「ああ、5年といったところかな」
「え! じゃあオレと大した変わりない歳じゃないですか! その年齢でマスターになるなんてすごい人なんですね!」
「ああん? 歳がたいした変わりないだと? ふざけてんのか?! それとも何か? お前はエルフとかの長命種の血でもひいてんのか?」
「へ?」
「あ?」
「「‥‥‥」」
といったやり取りののち、鏡を見せてもらってようやく、自分が10代後半くらいに、しかもメタボな自分とはかけ離れたイケメン細マッチョの姿に若返って入ることに気が付いたってわけだ。
まあ、オレが若返ったことはともかくとして、とにかく異世界に来てからというもの、この人には世話になりっぱなしで頭が上がらないのだ。
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