第49話 高層ビルの死闘

 大東西製薬ビルに駆け付けた朱雀たちは、4階でオーヴァルに遭遇した。大人のオーヴァルが2体、その半分程の背丈のものが十数体の群れだ。


『あれが、この前生まれた子供? 成長が早すぎるわ』


 玄武が声をあげた。


『まいったわね』


 成長したとはいえ、子供のオーヴァルに朱雀は困惑した。


『朱雀、階段に倒れていた人間を思い出せ。迷うな』


『いくわよ』


 玄武に手を握られ、朱雀は槍状の武器に変形する。白虎も青龍の手を取ってムチに変形した。朱雀と白虎のキューブもすでに新型に変わっていて、攻撃力は格段に上がっているものの数的にはオーヴァルが有利だ。


『でかいのは俺に任せろ』


 青龍がムチをふってオーヴァルの群れの中に突進する。ムチに変形した白虎が、オーヴァルに触れる瞬間、表面を刃物状に変えた。それだけで与えるダメージは格段に向上する。それはカマイタチのようにオーヴァルの腕を切り落とし、腹を切り裂いた。


 傷口から白い体液が飛び散り、致命傷を負ったオーヴァルは立ちつくす。それは、じわじわと溶けだした。


 玄武が青龍の背中を守るように進んだ。迫るオーヴァルに槍を向ける。そのたびに朱雀は全身を伸ばして胸や腹に風穴をあけ、引き際に身をくねらせて傷口を広げた。


 群れの数が半分程になると、オーヴァルは逃げだした。それを聖獣戦隊が追った。そうして階段の中ほどに差し掛かった時だった。


 ――ヅォン――


 爆音と共にビルが縦に揺れた。足を止めて周囲を見回すと、表に黒煙が漂っている。


『自衛隊がオーヴァルの卵を焼いたのかもしれない』


 玄武の推測は当っていた。自衛隊は卵が産み付けられた地下製薬工場で小型のナパーム爆弾を使ったのだ。


『研究所の親子は大丈夫かしら?』


 朱雀は案じたが、それを確かめるすべはない。


『今は、オーヴァルに集中しよう』


 青龍が逃げるオーヴァルを追う。残りは子供ばかりだ。


 6階に上がったところで状況が変わった。階段の上からオーヴァルの群れが駆け下りてきたのだ。


 戦力が逆転した。おまけにムチや槍になってオーヴァルや建物と接触する白虎や朱雀のナノマシンは壊れて減っていた。特に、オーヴァルの死によって発する酸の影響が大きかった。戦えば戦うほどNRデバイスはやせ衰える。


『へとへとだわ!』


 ぼやきながらも聖獣戦隊は働いた。


 ――バリバリバリ――


 突然、大きな音がビルの窓を震わせ、ガラス片やコンクリート片が飛び散った。


『隠れろ!』


 青龍が叫び、柱の陰に飛び込んだ。それに玄武も続いた。


『何があったの?』


『自衛隊だ』


 窓に目をやると、外に自衛隊の大型ドローンが浮かんでいた。その重機関銃が、ビル内に向けて機銃掃射をかけたのだ。ドローンは2機いて、ビルの反対側からも激しい機銃掃射が浴びせられた。


 銃弾を受けたオーヴァルが数体倒れた。残りは、群れを成して上階に逃げた。


 朱雀は、ドローンのデッキ上で重機関銃を構える自衛隊員が笑ったのを見た。


『あいつ、笑ってる』


『あそこからなら、オーヴァル退治もゲームみたいなものだろう』


 青龍が応じた。


『私たちもいたのよ。間違って当たったら、どうするつもりよ』


 怒りを抑えられない。


 壊れた窓から強風が吹きこみ、怒りに震える朱雀の身体を冷やした。膨大な書類が風にのまれてビルを飛び出す。それは小鳥のように舞った。


 ドローンが上昇して姿を消すと、一つ上の階から機銃掃射の音が響き渡り、ガラス片がキラキラと輝きながら舞い落ちる。


『自衛隊が攻撃するなんて、上の階に人はいないのかしら?』


 人型に戻った白虎が立ち上がる。


『僕らがこんなに苦戦するんだ。生身の人間が生きていたら奇跡だ』


『奇跡を信じたいわ。きっと倉庫やロッカーに隠れている人がいるはずよ』


『生きている人がいないなら、ここで踏ん張る理由はないものね』


 朱雀は、もう戦いたくなかった。たとえオーヴァルでも、その死に様を見るのは辛い。


『朱雀、泣き言わないで。この上にオーヴァルが集まっているのなら、ここで踏ん張る理由はあるのよ。日本からオーヴァルを駆逐できるかもしれない』


『生き残りは、あと少しに違いない。そう思って頑張ろう』


 白虎と青龍が階段を上り始める。朱雀はそれに続いた。


 どこから現れたのか、オーヴァルが背後から飛びかかってきた。子供とはいえ、その体格は朱雀と違わない。


「エイッ」


 反射的に朱雀は右腕を剣に変えて突き刺していた。戦いたくないと思っても、本能は正直だ。


「ギェ……」


 苦悶の声を上げ、傷ついたオーヴァルが2歩、3歩と後退して倒れた。


『ナノマシンが16%減ったから、ムチを短くするわよ』


 白虎がムチに姿を変え、青龍の手に収まる。


 ――ドドドドド――


 上空で重機関銃の音がした。


『自衛隊の連中、やりたい放題だな』


 青龍の言葉は外れていた。窓の外を黒煙に包まれたドローンがコントロールを失って落ちて行く。


『撃ち落とされたのね』


『屋上の連中は、まだ無事だということだ』


 屋上付近で重機関銃の発砲音が激しくなる。自衛隊のドローンと屋上のオーヴァルが撃ち合っているのだ。


 しばらくすると、もう1機の大型ドローンがふらつきながら降下していった。その上では自衛隊員とオーヴァルが組み合っていた。


『ドローンに飛び移ったのか……』


 青龍が驚嘆の声を上げた。


 聖獣戦隊は15階のオーヴァルを倒すと、その勢いで16階に上がった。そこにいたのは傷ついたオーヴァルばかりで、興奮していた青龍も攻撃をためらうほどだった。


『青龍がやらないなら、私がやる』


 白虎のムチが踊り、射程内のオーヴァルに止めを刺していく。


 うぁー、お姉さん、容赦ないなぁ。……朱雀は槍の形のままため息をついた。


 階段を下りてくるオーヴァルの気配があった。


『まだ動けるやつがいるようだ』


 途端に青龍が元気づいた。


『屋上にいた連中じゃないかしら?』


『機関銃を持っているやつ?』


『ヤバイじゃん』


『勝てる?』


『どうかな? 正面突破は無理だろう』


『隠れる?』


『そのまま下に降りて行かれたら、面倒なことになるよ』


 言葉が飛び交う。結果、足音のする方角へ向かった。


 先行した白虎と青龍の視覚センサーが捉えたのは、重機関銃を肩に担いだ2体のオーヴァルだった。その背後には武器を持たない大小さまざまなオーヴァルが続いている。


『油断してる。今よ!』


 オーヴァルは、力があっても動きは早くない。重機関銃を肩に担いでいる今こそ、そのオーヴァルを倒す絶好のチャンスに違いなかった。


 青龍がムチをしならせ、重機関銃を担いだオーヴァルの左腕を肘の所から切り落とした。反対側の腕を切り落とそうとした時、オーヴァルは重機関銃でその攻撃を防いだ。


 ――ガチン!――


 ムチは重機関銃を素通りする。ぶつかった部分のナノマシンがキラキラと光を放って燃えた。『反転!』白虎が青龍に命じて身体を宙で反転する。2人の力が相まって、オーヴァルの首に巻き付いた。


 右手に重機関銃を構えたオーヴァルの首が、半分ほど切り裂かれ、頭が背中にぶら下がるようによじれた。


 そのオーヴァルは数歩歩いたところで、ズンと音を立てて転倒した。


『ヨシ!』


 青龍が声を上げたのも束の間、別のオーヴァルが重機関銃を拾う。


『クソッ』


『もうすこしよ。頑張って』


 白虎の声が青龍を励ました。


 小ぶりのオーヴァルたちが前後左右から青龍と玄武に襲いかかる。その半数を2人は一撃で倒した。残りの半数は2人にダメージを与えた。


 戦いが延々と続くかと思われた時、「どけ!」と低い声がした。背後からだ。青龍と玄武を囲んでいたオーヴァルたちが、波がひくように一気に離れた。


『なんだ?』


『後ろ、避けて!』


 白虎が叫んだ時、後方で重機関銃が火を噴いた。


 ――ドドドドド――


 衝撃は音にとどまらず、床を震わせる。


 青龍と白虎のナノマシンが瞬く間に砕け散り、2人の身体を小さくしていく。


『新手よ。挟み撃ちにされた』


 別の階段を下りてきたオーヴァルが背後に回り込んでいたのだ。


『後ろは私が』


 人型に戻った朱雀が、左右に回避しながら重機関銃に向かう。別のオーヴァルが落ちていた重機関銃を拾った。


 ――ドドドドド……、火を噴く重機関銃が増え、青龍と白虎が十字砲火にさらされた。


 ――ドドドドド……、弾丸が青龍の胸元を直撃すると思われた刹那、白虎がムチから盾に変形、直撃を防いだ。……が、白虎のキューブは砕け散って形を無くした。


『白虎!……やられた……のか……』


 青龍の驚愕と失望……。武器を失った青龍にオーヴァルが向かっていく。


 十字砲火は朱雀を的にした。


『負けちゃうの……』


 しゃがんだり床を転げたり、そうして十字砲火の中で朱雀は反撃を試みた。とはいえ、一秒間に数百発の弾を送り出す機関銃の十字砲火から逃れるすべはない。その身体から火花がパチパチとはじけ、ナノマシンが減っていく。


『負けるのはイヤァー!』


 朱雀が絶叫した時、一つの重機関銃が止んだ。それを乱射していたオーヴァルの腕が、機関銃ごと床に落ちていた。その背後にオクトマンの姿があった。


「オクトマン!」


 朱雀は叫んでいた。


「何をもたついている」


 声がしたかと思うとオクトマンの姿が消えた。次に現れたのは朱雀に銃口を向けていたもう一体の背後で、やはり片腕をバッサリと切り落とした。彼は重機関銃を拾い上げた。


「人間の武器など面白くないが、これはもらって行くぞ」


 オクトマンは言うと、一方の階段を駆け下りて行く。


『何なんだ』


 青龍は床に残った白虎のナノマシンを自分の身体に取り込むと、その腕を剣に変えて小ぶりなオーヴァルたちを切り裂いた。


 階下で重機関銃の砲声が轟く。


『下にも、まだオーヴァルがいるのね』


 いつの間に切り替えたのか、自立モードの玄武が言った。その声に疲れはない。


『これで戦うわ』


 玄武はオクトマンに腕を切り落とされたオーヴァルを蹴り飛ばすと、重機関銃を拾って周囲のオーヴァルに銃口を向けた。


 ――ドドドドド……。重機関銃の前にオーヴァルたちが倒れていく。あっという間に弾丸を撃ち尽くした。階下も静かになっている。


『オクトマンは無事かしら?』


『他人のことは生き残ってから心配しろよ』


『残りは、あと少し……』


 眼の前に立っているオーヴァルは4体だけだった。


『行くわよ』


『オゥ』


『ハイッ』


 弾切れの重機関銃を投げ捨て、オーヴァルの中に飛び込んでいく。


 その時だ。玄武が接近する大型のドローンに気づいた。朱雀もほぼ同時に察知した。


性懲しょうこりもなく、また来たわよ』


『彼らに任せて、隠れてはどうだ?』


『そうしましょう』


 玄武が応じたその時、ドローンから飛び出す物体があった。それはすぐに、二つに分かれたように見えた。緩いカーブを描き、ひとつはビルの下部に、もう一つは朱雀がいる辺りに向かってくる。


『まさか……』


『ミサイルだ!』


 それは、目前にあった。


 ――ドォォォン――


 閃光と熱波がビルを包んだ。ミサイルに搭載されていたのは高温を発するナパーム弾。


 聖獣戦隊たちの視覚センサーが、一瞬、真っ赤な色を感知。温度センサーは2000度を計測したところで消失。全てのナノマシンが蒸発した。露出したキューブは風圧で潰れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る