Ⅵ章 新しい時代
第50話 祈り
ドローンが放った2発のミサイルはビルに吸い込まれ、数秒後に白い閃光を放った。コンクリートは
ビルが
「なんてことを……」
ネット配信を目にした杏里は思わず立ち上がった。全身がワナワナと震えていた。映された炎の中にいるのはオーヴァルだけではない。聖獣戦隊がいる。オクトマンもいたかもしれない。そして……。
「思い切ったことをしたものですね」
姫川の声がひどく遠くでした気がした。
「大東西製薬の社員数は?」
尋ねると、姫川がネットで調べた。
「本社勤務は1500人ほど……」
オーヴァルの目から逃れて隠れていた者が多かったに違いない。ナパーム弾は、そんな者たちも焼き殺してしまったのだ。
「これが異種族を拒む権力の傲慢……」
オクトマンとの平和交渉に応じようとしない河上の本意を見せつけられたようだ。
「これで大東西製薬は倒産ですね」
姫川が他人事のように言った。それから「インフェルヌスはどこを幹事会社に指名するのでしょう?」と語った。彼女の見識に、杏里は失望を覚えた。
「これでオーヴァルが生き残っていたら、東京も廃墟と化しますよ」
杏里の頭には、南米や中東、アフリカで消滅した都市の姿があった。オーヴァルによる殺戮の後、止めを刺すのは人間自身だ。後に残るのは、廃墟か汚染された砂漠だ。
――トゥルルル――
電話の音にハッとする。
姫川が受話器を取った。
「オクトマンからです」
「オクトマン!」
彼は生きていた!……受話器に飛びついた杏里は泣きそうだった。
『私だ。話が……、したい』
その声は、以前の
「どこにいるの?」
『近くだ。……地下4階、駐車場で待つ』
それだけで電話は切れた。
杏里は走った。何も手にせず、何も考えず、ただ廊下を走りエレベーターに飛び乗ると地下駐車場に下りた。
「オクトマン!」
杏里の声が地下駐車場に反響する。
「オクトマン!」
杏里はオクトマンを呼びながら広い駐車場を捜し歩いた。
――ギッ……ドゥン――
非常口のドアが開閉した。
「オクトマンね……」
声を潜めてそこへ近づく。
「こっちだ」
その声はワゴン車の陰から聞こえた。
彼はワゴン車に寄りかかり、肩で息をしていた。その皮膚は焼けただれ、全身から白い体液が漏れている。
「無事で良かった」
身体を寄せると、オクトマンが首を振った。
「いや、……私はもう長くない」
「気弱になってはダメよ」
「人間に、………励まされるとはな」
彼の顔がゆがんだ。
「……しかし、私にはわかるのだ。……残された時間はわずかだ」
「医者に……」
言いかけて気づいた。今、この世にオクトマンを救える者がいるとしたら、彼を生み出したユリアナ・トトしかいない。そしてそうすることが不可能だということも。
「……世界の平和のために、あなたには、やらなければならないことがあるはずです」
あえて挑発するように話した。
「そのことなら、後はこの男に託す」
オクトマンが胸元に手を入れ、メモを取り出した。そこにはエルビス・スミスの名があった。
「これは?」
「カマエル・トト、いや、……スピリトゥスの補佐をしているエルビス・スミス。……スピリトゥスとは別の、……道を歩もうと、……している」
彼が大きく息をついた。座っていることさえできず、身体がズルズルと床に倒れていく。
杏里はオクトマンを抱きおこして
「……人間のそぶりをしているが、……彼もまたエクスパージャー。私と意思を共にする者。……彼がいれば、……人類と共存の道も開……かれる。彼と……」
「わかったわ。エルビス・スミスね」
その時、杏里はオクトマンの死を受け入れた。
「それから、……これを」
オクトマンが懐から小箱を出した。その動きはとても弱々しい。
「我々は、……人間に依存しなければ、………生きていけない」
オクトマンが言うのは、人間の肝臓を取ることだった。
小箱の中には小瓶と冊子が入っていた。
「これは?」
「そ、それ………あればエクス………は人………をコロス………なくな………」
「薬なのね?」
「家族………助け………れ」
「だめよ。助けたいなら、自分で助けなさい」
オクトマンの眼が笑った。爬虫類のようで気持ちが悪いと思っていた眼が、何故か愛しいものに思えた。涙がこぼれて止まらない。
「ア………」
オクトマンの唇がうすく開き、そのまま動かなくなる。
「なにが言いたいの?」
杏里は彼の口元に耳を寄せる。呼吸が止まっていた。
「オクトマン! 目を、目を覚ましなさい」
杏里はオクトマンを抱きしめ、揺すり、叫んだ。
しかし、彼は目覚めない。肌が徐々に変色していく。
「オクトマン!」
杏里は彼をしっかり抱きしめた。涙が彼の身体を濡らした。
オクトマンが溶けはじめる。それでも杏里はオクトマンを抱きしめ、名前を呼んだ。助かって欲しい。そう祈り続けた。
ナパーム弾とオーヴァルを生み出したユリアナ・トトに対する怒りが、理性を燃やした。
「ウァー……」
オクトマンを溶かした酸が杏里の手足を焼いた。全身に激痛が走り、杏里は意識を失った。
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