第36話 特殊部隊〝マタギ〟
オーヴァルによって向日葵と小夜子のキューブが破壊された翌日、未来科学研究所会議室……。
飯田橋を筆頭に科学者と聖獣戦隊のメンバーがオーヴァルに対抗する方法を検討していた。
「両腕を落とすほどのダメージを与えれば失血死することがわかった。問題は、彼らの数とパワーにどうやって対抗するかということじゃ」
飯田橋が腕を組んで天井を見上げた。
「あの腕も結構固いですからね。サクサクと倒すのは難しいでしょう。白虎や朱雀のように、一体の腕を落としている最中に別のやつに蹴られたり抱き着かれたりしてしまう」
「すでにキューブが弱点だと知られたような気がします。胸元を強打されたら、NRデバイスはひとたまりもありません」
様々な状況分析はできても、対策がない。
「強酸を使った攻撃はどうかしら? オーヴァルもファントムも、それで溶けてなくなってしまうのですから。それなら噴射機のようなものを作って武器にするのは簡単です」
アキナが提案した。
「それは
飯田橋が再び天井を見上げた。
「アサルトライフルはどうです?」
「それは持ち歩けないわ。銃刀法に触れるもの」
「火炎放射器とか」
「屋内では使えないわよ」
「毒針はどうかしら?……建築用の釘打ち機が転用できると思う」
「えぐいわね」
議論が白熱する中、杏里は黙りこくっていた。
「杏里さんは、心ここにあらずという感じですね」
小夜子が杏里の発言を促す。
「私が気にしているのは、彼らの姿に個性があったことです」
「個性?」
彼女の発言に全員が注目した。
「ファントムの場合は見えていた時間が短いのでよく分かりませんでしたが、性別の体格差を除けば、ほぼ同じ容姿に見えました。……オーヴァルは、髪や瞳の色、目鼻立ちなど、個体差がありました。それは、創造された過程で数種類の遺伝子が作られたということだと思うのですが、……クルミ博士、いかがでしょう?」
福島クルミは、モニターの向こう側にいた。
「社長のおっしゃる通りですね。同一種で複数パターンの遺伝子を用意した場合、一つの遺伝子から個体を増やした場合よりも、生命力、繁殖力に優れた生命体が残っていく可能性が高い。まだオーヴァルの遺伝子を見ていませんので正確なことは言えませんが、外形上から、オーヴァルの中には多種の遺伝子が存在していると推測して良いでしょう。……ちなみに、ファントムの遺伝子は雌雄の別はあってもベースは同じものと思われます。長期的に見れば、ファントムよりオーヴァルの方が生き残る確率が高いといえる。ファントムの時のように、オーヴァルの生体組織のサンプルが手に入るといいのですが……」
スピーカーから流れる声は、会議室の空気を重くした。
§ § §
同じ頃、警視庁にトアルヒト共和国の大使館員が駆け込んだ。
大使館がオーヴァルに襲われ、大使館員とその家族、それに数日前に入国した親善ラグビーチームのメンバー30名が殺害されたというのだ。
殺戮は深夜に行われていて、生き残った大使館員は、夜の街で夜通し飲み明かしていたために命拾いしたらしい。
武装警察が大使館に駆け付けると、館内は血の海で、引きちぎられた肉片が壁や天井にまでへばりつくという地獄のような光景だった。
「まるで、ミンチだな。骨まで砕かれている」
遺体はどれも損壊がひどく、頭蓋骨が原形をとどめているものがひとつもなかった。季節は梅雨で、すでに腐敗臭が漂い始めている。
遺体に見慣れた鑑識係たちも、落ちている眼球と視線が合ったり、潰れた臓器に足を取られて転倒したりすると、トイレに駆け込んで酸っぱいものを吐いた。
「ジャパン中央新聞社の株主総会の遺体より損傷が激しい。何故だ?」
「あっちでは聖獣戦隊とかいうおかしなやつらが邪魔をしていたからな。それでましだったのだろう」
日本の警察にとって、オーヴァルの殺害方法は不明なことが多かった。警視庁は、改めて世界各国からオーヴァルの情報を集めはじめた。
その後も、たった十数体のオーヴァルによって、3カ所の株主総会と2カ所のショッピングモールが襲撃され、犠牲者は数百名に及んだ。
河上総理は、自衛隊にオーヴァル殲滅に特化した重装備の特務部隊〝マタギ〟を組織、都内の重要施設の数カ所に配置した。マタギとは狩人という意味だ。
オーヴァルは、殺戮に飽きると近くの川の中に姿を消す。マタギは都度、出動したが、いつも間に合わなかった。
多くの識者と呼ばれる者たちが、オーヴァルは水中に暮らす生き物、いわゆる古代から言い伝えられた〝人魚〟ではないかと推理し、それをメディアが報じた。
事件は昼、夜となく連日報じられ、オーヴァルの容姿が知られるようになると、背の高い人間はオーヴァルと疑われた。市民が「オーヴァルを見た」と警察に通報する事案が増えた。あるいはSNSでつぶやいた。すると、周辺の交通機関は止まり、イベントが中止される。市民がマタギや武装警察に銃口を向けられる事態が多発し、社会に新たな不安が広がった。
その日、通勤時間帯にオーヴァルが地下鉄の駅を襲った。
ホームにつながる数少ない階段やエスカレーターの前に1体のオーヴァルが立ちふさがって人の出入りを止めると、残りのオーヴァルは漁師が魚を獲るように、人間を狭いホームに追い詰めて殺した。
線路に人々が下りて逃げると電車は止まり、止まった車両がオーヴァルに襲われる。オーヴァルたちは線路伝いに歩き、効率よく人を殺していった。
マタギは、その朝だけで4度もオーヴァルを追った。しかし、網の目のように張り巡らされた地下鉄トンネルの暗闇は格好の逃げ道で、マタギの重機関銃が火を噴くことはなかった。
政府は、オーヴァルが地下鉄トンネル内に潜んでいると考え、地下鉄の駅すべてにマタギを数名ずつ配置した。
戦力の分散を危ぶむ自衛隊員が多かったが、オーヴァルは姿を見せなくなった。政府は、作戦が効果を上げていると自画自賛した。
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