第35話 死屍累々
ジャパン中央新聞の株主総会に現れた十数体のオーヴァルが出入り口に立ちはだかる。
聖獣戦隊は奮戦するが多勢に無勢。オーヴァルは株主を追い立てて殴り殺し、あるいは首を絞めて殺す。会場は
『まるで、イルカがイワシ玉を作るようね』
玄武はオーヴァルの行動をそう分析した。
『一カ所だけでも、脱出口を確保しましょう』
白虎は目の前のオーヴァルを放置して青龍の元に走った。彼の近くの出入り口を脱出用に確保するつもりだ。
オーヴァルのパワーはファントムの比ではなかった。新しいキューブで聖獣戦隊のパワーは増したが、その武器が胴体に食い込んでも、彼らは何食わぬ顔で前進した。救いは、オーヴァルの動きが遅く攻撃をかわすのは容易なことだ。
『こいつら、痛みを感じないんじゃないか?』
ダメージを表情に出さないオーヴァルに青龍も舌を巻いた。
『だけど、不死身じゃないはずよ』
聖獣戦隊は機敏にオーヴァルの攻撃を回避し、隙をついて攻撃を繰り返した。
「トゥ、トゥ、トゥ!」
朱雀はステージ横の出入り口で2体のオーヴァル相手に奮戦していた。新しいキューブの特性を生かし、剣を長い槍に変えて何度も突き刺した。しかし、硬い外皮を容易に切り裂くことが出来なかった。僅かに開いた傷口も、ほどなく緑色の体液で閉じてしまう。
青龍の剣がオーヴァルの胴体に食い込む。
『切れないわけじゃない。何とかなる』
胴体のナノマシンを武器の材料にまわし、瞬時に剣を
「トゥー!」
勢いをつけ、
――ガツン――
音とともにオーヴァルの腕が胴体を離れた。切り口から緑と白の体液が流れる。
『腕をねらえ。落とせるぞ!』
「エイッ!」
反対側の腕を白虎が切り落とすとオーヴァルは動かなくなった。流れた二色の体液が混じり酸に変わる。
『こいつも溶けるのかよ』
オーヴァルが立ったまま溶けはじめる。
『避難経路で殺すのはまずいわ。逃げる前に中毒死しそう』
『少し中に引き込んで!』
白虎は命じた。
朱雀も腕を狙い1体の片腕を切り落とすことに成功した。ところが反対側の腕を切り落とそうとした刹那、別のオーヴァルに背後から抱き着かれた。
朱雀は身体を蛇のように細くしてオーヴァルの腕の中からするりと抜けだす。
『朱雀、大丈夫?』
『こっちは心配いらない。お姉さんは、玄武を助けてあげて』
玄武は、人間を追い回すオーヴァルの背中や首にサイを突き立てていた。しかし、そのたびにオーヴァルは背中から倒れるようにして玄武を引きはがした。
青龍と白虎が2体目のオーヴァルの動きを止め、ようやく脱出ルートを作った。その時には株主の30%ほどが死傷し、他の株主は座席の隙間で震えていた。
白虎は玄武のもとに走り、彼女が手間取っていたオーヴァルの腕を背後から切り落とす。
――グアッ――
オーヴァルが身をよじり、白虎に攻撃の目標を定める。
「みなさん、あちらから逃げてください!」
有能な秘書らしく、玄武が避難誘導を始めた。
われ先に脱出しようと株主たちが出入り口に殺到する。そこで転倒し、死傷する者もいた。株主には高齢者が多い。
『死ね、死ね、死ね……』
リンクボールのネットワークに、朱雀の必死の声が木霊していた。
白虎らが中央で暴れる2体のオーヴァルを倒した時だった。
――キャー――
向日葵の叫び声がリアルな空間に響いた。
声のした場所に目をやると、口元からさらさらとナノマシンをこぼすオーヴァルがいた。
『食いつかれたのか?』
青龍の声に向日葵の返事はなかった。
『あと8体もいるわ。今は、そっちに集中しましょう』
それまで出入り口をふさいでいたオーヴァルがじわりと前進し、白虎たちを取り囲む。
床に転がっている遺体が聖獣戦隊の行動を妨げる。遺体につまずいてバランスを崩した玄武が倒されて踏みつぶされた。血だまりで足を滑らせた白虎は、蹴りを受けてキューブが機能停止。彼女らのNRデバイスは塵に変わった。
会場内で動くのは、青龍とオーヴァルのみ……。
『俺ひとり、かよ……』
『撤退して』
千紘に杏里の声が届く。
『くそっ』
青龍が足の遅いオーヴァルを振り切るのは簡単だった。会議場を飛び出し、受付周辺に散乱した警備員の遺体を横目に見ながら建物を出るとドローンに飛びのった。
『これは虐殺だ』
上空から見下ろすと、方々から集まってくる緊急車両の赤色灯があった。
『警察で対応できるのか?』
青龍の疑問に応える声はない。
そのころ杏里は、リンクボール内で気を失っていた向日葵と小夜子の介抱にあたっていた。
アフリカや南米各地のオーヴァルの活動に関心を向けていれば、警察の装備ではオーヴァルを止められないことは容易に想像がつくことだった。しかし、行政機関の対応は言葉ばかりで実がなかった。結果、集まった武装警察隊は蹴散らされた。
殺戮に飽きたオーヴァルは、いくつかの遺体を担いでその場を離れた。それを生き残った武装警察が追跡したが、目黒川で見失った。
夕方、杏里は旧型のキューブを使って白虎となり、ジャパン中央新聞社を訪ねた。オーヴァルの襲撃で受けたダメージは大きく、社内は混乱していた。
「聖獣戦隊が守りきれず申し訳ありませんでした」
白虎は生き残った川俣社長に謝罪した。たとえ無償でも、引き受けた以上、責任がある。
「いいえ。株主の半数ほどでも逃げることが出来たのは、聖獣戦隊のおかげです。南米などでは、オーヴァルに襲われて生き残るのは難しいと言われています」
「田村専務は?」
「亡くなりました……」
川俣が、深いため息をついた。
「御社は、事前にこの襲撃を予想していたのではないですか?」
白虎は演壇に立った田村の震える声を思い出していた。
「ご迷惑をかけたので、正直にお話いたしましょう。田村専務は、とある相手からオーヴァル襲撃の情報を得ていたようです。情報ルートの詳細は語りませんでしたが、株主総会が狙われると、予言めいたことを言っていました」
「ファントムではなく、オーヴァルと言ったのですね?」
「え、ええ……」
彼が言いにくそうに応じた。
「情報ルートはインフェルヌスでしょうか?」
「そうかもしれません」
「御社はインフェルヌスグループに加わっていた。それで襲撃を受ける可能性があると情報が入った。違いますか?」
「その通りです。しかし、資本取引はしていません。あくまでも、情報協定という関係です。立場上、情報協定を結んだことは公表しませんでした。公平性が疑われますから……」
彼が神妙に答えた。
「インフェルヌスの傘下企業はファントムに襲われない、というのは都市伝説でしょうか? インフェルヌスとファントム、オーヴァル。……三者の関係を、何かご存じですか?」
強い口調で尋ねると、彼はゆっくりと首を振った。
「インフェルヌスとファントムに何らかの関係があると疑っています。しかし、証拠は何もないのですよ。まして、オーヴァルとの関係は皆目見当がつきません」
白虎は川俣社長の言葉を疑いながら席を立った。彼の重たい口を、のんびりと開かせる時間はない。オーヴァル対策を講じなければならなかった。
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