第34話 殺戮(さつりく)
リンクボール・ルームにやってきた飯田橋博士はアキナを連れていた。彼女が押すワゴンには5個のキューブ。
「新型キューブじゃ。サイズは少し大きくなったが、性能は2倍じゃ」
彼は指でVサインを作った。
「ありがとうございます。博士」
新しいキューブを一番喜んだのは、オクトマンとの戦闘でキューブを破損した小夜子だった。
「性能が2倍って、どういうこと?」
向日葵がキューブを手に取る。それまでのキューブよりも一辺が2センチほど大きくなっていた。
「ナノマシンのコントロール範囲がほぼ倍の半径4メートル。コントロールできるナノマシンの数も600万個じゃ。体重をほぼ倍にできるから、打撃力は増すじゃろう」
「スピードは?」
「それは前のものと同じじゃ」
「自立モード時間は?」
「それも前のものと同じじゃ」
「残念、時間が伸びれば行動範囲が広がるのに」
向日葵が唇を尖らせた。
「自立モードの時間は、キューブの性能で決まるのではなく、人間の脳の能力による制約じゃ。行動時間が長くなれば、キューブが記録したデータも増えるからのう。それを一気に送り込むには、人間の脳は非力なのじゃ」
「私の脳は、丈夫だと思うんだけど」
向日葵は自分の頭を指した。
「向日葵は石頭だものね」
杏里が言うと千紘が笑った。
「キューブの外装も強化した。ライフルでは壊れないはずじゃ」
「いいことずくめですね。これならファントムに負けないような気がします」
小夜子は新型キューブを抱きしめていた。
「なんの、なんの。日本の平和のためじゃ」
「何か、デメリットもあるのではないですか?」
長所しかないということを杏里は信じられない。
「キューブが大きくなったから、狭いところには入り込みにくくなるだろうなぁ」
「なるほど……」
杏里は、窓の隙間から廃工場に侵入した時のことを思い出した。
「まあ、のぞきなどに悪用せんでくれよ」
「博士とは違います」
「わしは覗かんよ。君らが裸で歩いているのがいけないのじゃ」
飯田橋が腹を揺らして笑いながら部屋を出ていった。
数日後、SET本社をジャパン中央新聞社の田村専務が訪れた。迎えたのは自立モードの白虎。
「実は我が社の記者が、浜村警察庁長官からSET社が聖獣戦隊のスポンサーだと聞いたのです。それで、こんなお願いをするのもどうかと思うのですが、我が社の株主総会の会場を彼女たちに守ってもらいたいのです」
「そういった事案は、警察に相談するのが普通ではありませんか?」
「メディアとして、国家権力と接近することには慎重でありたいのです。武装警察に守られては、今後、警察の過剰防衛やネットワーク情報の傍受批判を行い難くなります。だからといって民間の警備会社では、ファントムには太刀打ちできないでしょう」
彼の表情は真剣なものだった。
「お気持ちはわかりますが、我が社としても聖獣戦隊に何かを頼める立場にはないのです」
白虎は慎重だった。聖獣戦隊を一部の者の警備員にするわけにはいかない。新聞社が、保護を口実に聖獣戦隊の調査を行おうとしている可能性も疑った。
「聖獣戦隊と御社の関係を記事にしないと約束しても、総会の警備はお願いできないでしょうか?」
新聞社が報道を放棄してまで頼むからにはよほどのことだ。田村の目は何かを切実に恐れている。その何かが、自分の死なのか、あるいは社長の死なのか?……白虎は彼の目の奥を見つめた。
彼がその視線から逃げることはなかった。むしろ、見つめ返してくる。
「人の命がかかっているのです」
「用件はよくわかりました。しかし、私の一存で返事ができることでもありません。二日ほど時間を頂けますか。聖獣戦隊に打診して見ましょう」
「ありがたい!」
田村が大きな声を上げて頭を下げた。それが素直な喜びの表現なのか、芝居なのか、判断できなかった。世の中には演技で出世したビジネスマンも多い。
その夜、リンクボール・ルームで杏里たちはミーティングを開いた。
「企業の警備に駆り出されるのは面白くありませんね。それが前例になれば、これから依頼が殺到して、私たちは警備会社のように使われかねません。実際のところ、たった4人の聖獣戦隊で出来ることには物理的に限りがあります。私たちは全ての企業に対して公平であるべきだと思います」
小夜子の意見は、慎重というより反対に近かった。
「小夜子さんの言うのはもっともだと思うよ。確かに、新聞社だけを守ることには問題があるね」
千紘が言った。
「それに浜村長官がジャパン中央新聞に聖獣戦隊のことを教えたのも面白くありません。新聞社に恩を売ったつもりなのでしょうが……。どうやら私は長官を買い被っていたようです」
「でもね、僕は受けるべきだと思う。……義を見てせざるは勇無きなり。出来ない事ならいざ知らず、出来るのにやらずにいて、もし、新聞社の総会が襲われたら、僕は後悔すると思う」
「そうよね。目の前に助けを求める人がいるのに、何もしないのは嫌だわ。小夜子さん、助けてあげましょうよ」
向日葵が千紘に賛成した。小夜子が顔をしかめる。
「ジャパン中央新聞は、聖獣戦隊の秘密を暴くために依頼しているのかもしれないのですよ」
「それは可能性にすぎないでしょ。聖獣戦隊の秘密と人命の重さを比べたら、人の命の方が大切なはずよ」
小夜子が微笑んだ。
「……向日葵さんの言う通りですね。前の社長でも同じことを言ったような気がします」
「お姉さんはどう考えているの?」
黙っている杏里に訊いた。
「自立モードの白虎が田村専務の依頼を持ち込んだということは、杏里さんは警備に出るつもりだということだろう?」
千紘の言葉を、杏里は不思議な気持ちで聞いた。彼が言うように、記憶や思考方法まで忠実に再現するNRデバイスの白虎が依頼を断らなかったということは、自分自身、引き受ける余地があるということなのだ。
「では、依頼を受けるわよ。リンクボール・コンテナのテストにもちょうどいいし。アキナさんも大丈夫ね?」
杏里は決断し、発言しないアキナのNRデバイスに声をかけた。アキナは、常に自立モードで研究論文を読みながら出番を待っている。
「はい。お任せください」彼女が腰を上げた。
ジャパン中央新聞社の株主総会の日、2台のコンテナトラックがSET本社ビルの地下駐車場に入った。聖獣戦隊ユニバースは、ビルの屋上からドローンを使って会場に飛んだ。
中央国際会議場の大会議室は収容人数2千人と広く、階段状に並んだ豪華なシートは劇場の
聖獣戦隊は役員たちが並ぶステージの左右に分かれて待機した。ここ数回の対決から推測し、4人がそろえばファントムを撃退することは難しくないと考えていた。
株主総会は代表取締役の
杏里は、翌週に開くSETの株主総会を念頭に、リハーサルのつもりで総会の運営を見守った。自分が株主に向かって話をしなければならないことを考えると、ついつい警備のことよりも川俣社長の議事の進め方に注意がいった。
株主総会が間もなく終わるという時になって、聴覚センサーが会場の外の異常なざわつきを拾った。警備員が何者かと争うような物音だ。
『来たかもしれないわよ』
玄武が注意を喚起した。
『ようし。新しいデバイスの性能を試すぞ』
青龍は余裕を口にする。
白虎は、マイクの前の田村専務に眼をやった。彼には会場の外の音など聞こえるはずがないのだが、その声は震えていた。彼はファントムが来ると確信しているのに違いない。それなら、ファントムの標的は田村専務かもしれない。
『えっ?』
聖獣戦隊の4人は、同時に驚きの声を洩らした。会議場の7カ所の扉、全てが開いたからだ。かつてファントムが同時に確認できたのは廃工場での最大7体だ。その内の3体はその場で死んだ。なのに、七つの扉が開いた。
『見える!』
朱雀が声を上げた。
『あれは人間だよな。みんなでかいけど……』
聖獣戦隊は、侵入者がファントムでないことに戸惑った。
『ファントムじゃない。おそらくオーヴァルよ』
玄武の声がネットワークに広がった。
『オーヴァル? なによ、それ?』と朱雀。
『アフリカや南米で暴れているやつよ。ニュースでやっているでしょ』
言いながら、白虎はどうしようもない困惑を覚えていた。
出入り口をふさいだオーヴァルたちが、一様に会場内を見渡す。
『そんな奴らが、どうして日本にいるんだ?』
『知らないわ。ただ、オーヴァルは無差別に人を殺すのよ。参加者が危ない』
『チェッ』
青龍は舌打ちをすると隠れていたステージの袖から飛び出した。
「オーヴァル、出ていけ!」
出入り口をふさぐオーヴァルの巨体を見上げた。その背後に、もう1体いるのが目に留まる。
『ここには、2体もいるぞ』
『こっちも2体』
ステージ裏の楽屋に通じる出入り口で朱雀が叫んだ。
『オーヴァルは群れで動くのよ』
玄武は青龍の隣の出入り口に向かった。
『そういうことは先に教えて!』
朱雀が声を上げた。
『マジかよ』
すでに戦いは始まっている。
怯え、戸惑う株主たち。逃げようにも、出入り口はオーヴァルに抑えられている。
全ての出入り口に1体のオーヴァルが立ちはだかって会場を封鎖し、残りのオーヴァルが人々を追いまわしはじめる。
青龍はスピードでは負けなかった。いや、オーヴァルの動きは人間程度と遅かった。しかし彼らは、身体の大きさと力で圧倒してくる。さすがの青龍も押され気味だった。
「助けてくれ!」「警察はどうした!」
会議場は逃げ惑う株主でパニックに陥った。
逃げ道を失った人々は会場中央になだれ込むように集まる。そこに数体のオーヴァルが集まった。
『一網打尽にしようということか……』
オーヴァルは踊るような動きで人間を囲むと、ゲームでもするかのように殴り、蹴り、首を絞めて持上げる。ファントムのように刺し殺すのではなく、大きな体とパワーを利用して撲殺するか、
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