第33話 新装備

 ひとつ朗報があった。鈴木大和と共にNRデバイスを開発した飯田橋いいだばし博士が移動式のリンクボールを完成させたのだ。


「待たせたのう」


 資材搬入のための地下倉庫、助手を伴った飯田橋が杏里たちを得意げに迎えた。


 倉庫の中央に、何の変哲もない白色の大型冷蔵コンテナが二つ並んでいた。


「貨物コンテナ?」


「しかも冷蔵用」


 向日葵と千紘がコンテナの周りを1周する。


生物なまものを乗せるからじゃよ」


 つまらないジョークをはさんだ後、彼はコホンと咳をした。


「コンテナにしたのは目立たず丈夫なことと、外部から覗かれる心配がないからじゃ。冷蔵用なのは怪しまれずに換気をするためと、リンクボールの生命維持装置から出る音を隠すためじゃ。まぁー、見てみなさい」


 助手の若松わかまつアキナが側面の扉を開けた。右側にリンクボールが二つ並んでいて、タンクや電子機器は左奥にあった。タンクに充填する溶液は、冷蔵用のガス同様に外部から入れ替えられるようになっていた。


「一つのコンテナに二つのリンクボールが積んである。使い方も性能もこれまでのものと同じじゃが、生命維持溶液の浄化能力は3日が限界じゃ。それまでにはここに戻って溶液を入れ替える必要がある。機動性を考えれば、コンテナはトラックに積んでおくのが理想じゃが、運転手が必要になるのがネックじゃ」


「運転手なら、社長の責任で私が雇います」


 雇用促進を図っているSETが人を雇うのに不都合はなかった。


「君たちは長ければ丸2日もそこに入っている。その間、運転手を待たせては気の毒と思うのじゃが」


「1台は、私が運転手を兼ねるわ」


 小夜子が手をあげた。


「大丈夫?」


 小夜子の運転技術を知っている杏里と向日葵が小首をかしげた。


「失礼ですね。基本的に自動運転なのですから平気です」


 滅多に表情を変えない小夜子が、ムッと頬をふくらませた。


「さて、もう1台はどうしようかのう」


「シンゴさんは運転できないの?」


 向日葵がきいた。


「技術的には何の問題もないが、法的には免許がもてないヒューマノイドじゃからのう。検問にでも引っ掛かったら何かと面倒じゃ。しかし、ガードマン代わりに助手席に乗せておいた方がいいかもしれないな。何も知らない泥棒にコンテナをこじ開けられても困るからのう」


「私が免許を取ればいいのよね」


 杏里が名乗り出ると小夜子が反対する。


「社長は、だめです」


「あら、私の方が小夜子さんより上手にできるようになると思うわ」


 向日葵が、うんうんと、大きくうなずいた。


「免許をとるのは構いません。でも、トラックの運転はだめです。杏里さんはSETの社長として世界中に顔を知られているのですから、目立ちすぎます」


「それもそうね」


 向日葵がうなずく。


「その役目、私にさせてください」


 アキナだった。


「アキナ君。君には別の仕事があるじゃろう。自分の研究もしなければならないはずじゃ」


「研究所に余っているリンクボールがあります。それを使わせてください」


「君も、ファントムと戦うというのかね?」


「違います。自立モードのNRデバイスを運転手にして、身体の方はこれまで通りの仕事をします。……杏里さんが会社の経営をしながら研究所で本を読んでいたので、うらやましいと思っていたんです。運転手が必要ないときは、NRデバイス側も本は読めますから、私にとっては一石二鳥です」


 アキナの説明に、飯田橋がウーンと唸った。情報リンク時の脳への負担は小さくないと知っているからだ。


「お願いします」


 アキナが飯田橋に頭を下げる。


「それほど言うなら、とりあえずNRデバイスの訓練をしてみなさい。自立モードが完璧に使いこなせないと、出先で社長の足を引っ張ることになるからな」


 飯田橋が了承した。


 数日後、警視庁からSETの秘書室に連絡が入った。情報提供協定を締結してから初めての通報だった。都内の国際会議場で開かれたアスカ運輸産業の株主総会にファントムが現れたという。


 その日、事務所で働いていたのは自立モードの白虎と通常モードの玄武だった。杏里は大学の授業に出ていた。白虎と玄武はまるで消防士のような素早さで本社ビルの屋上から飛び立った。国際会議場は、数分で到着する距離だ。


 朱雀と青龍は授業中のために出動できなかった。


 白虎と玄武が国際会議場に到着した時、アスカ運輸産業の社長の肝臓を抜き取ったファントムは広い前庭を移動しているところだった。


『いたわ』


 ネットワークを玄武の声が走る。


『どこ?』


『保護色を使っていないのよ。あの紺色のスーツのサラリーマン。変装しているつもりなのね』


『スーツ?』


 ファントムは表皮でスーツ姿を装い、ビジネス鞄をぶら下げていた。


『私たちと同じ、それっぽく見えるようにしているのね』


 そんなやりとりをしながら、距離を詰める。


『白虎、ちゃんと名乗りを上げるのよ。不意打ちは卑怯よ』


 向日葵の声がした。


『わかっているわよ。向日葵は真面目に勉強していなさい』


 白虎は苦笑し、すぐに気持ちを引き締めた。


『進路をふさぐわよ』


『了解!』


 白虎と玄武は飛び降りた。ファントムとの距離は5メートル。


「ファントム、逃がさないわよ。冷酷な戦士白虎、私が相手する」


「暗黒の戦士玄武、悪党は無明の闇に落としてくれる」


 2人が名乗りを上げる。恥ずかしいが、そうしないと向日葵に文句を言われるからしかたがない。


 ファントムの顔は廃工場で見たものと同じだった。オクトマンだ。白虎はあの日の屈辱と恐怖を思い出しながらリングを作り出した。武器を作れない玄武は、通信販売で手に入れた琉球古武術のサイという十手に似た武器を構えた。


 周囲を捜索していた武装警官2名がオクトマンの後方から駆けつけて、挟み撃ちにするかたちになった。


小癪こしゃくな」


 どこで覚えたのか古臭い表現を使ったオクトマンは、大きく深呼吸するとビジネス鞄を投げ捨てて姿を消した。


 スーツも皮膚を変形変色させたものだったのだ。


『ファントムは戦闘中に姿を消せないはずなのに……』


『まさか、逃げるつもり?』


 オクトマンは赤外線センサーに捉えられている。彼は武装警察官の間近にいた。


「あなたたち、気を付けて!」


 玄武が注意した。その時、オクトマンが2人の武装警官の面前に姿を現し、あっという間に彼らを刺殺。警察官たちは呻く間もなく倒れた。


 オクトマンはライフル銃を拾い、銃口を白虎に向けた。


『白虎、ライフルよ』


『わかってます』


 玄武の声を聞きながら、白虎はジグザグに走ってオクトマンに迫る。銃身の長いライフル銃が相手なら接近戦が有利だ。


 ――ドーン――


 発砲音にも白虎は動じなかった。弾丸は玄武を襲い、その姿が煙のように宙で消えた。上空に浮かんでいた彼女のドローンが落ちた。


 白虎は脇目も振らずオクトマンに飛びかかり、リングを振って攻撃を仕掛ける。玄武が消えたことは気づかなかった。


 オクトマンはライフルの銃身で白虎のリングを受け止め、時折、脚を刃物に変えて応戦した。


 白虎は間合いを取らせないよう、彼の周囲を踊るように回りながら近接攻撃を繰り返す。


「ちょろちょろと五月蠅い奴め」


 オクトマンがライフル銃を棍棒のように使って殴りかかる。


 その時、パトロールカーのサイレンが聞こえた。それでオクトマンも集中力を欠いたようだ。動きが鈍った。白虎のリングが彼の脇腹をえぐり、小指を切り落とした。


 ――ググッ……、不気味な音を残してオクトマンが姿を消した。ライフル銃がゴトッと落ちた。


「エッ!」


 オクトマンを追跡しようとして初めて、白虎は玄武がいないことに気づいた。


『玄武……』


 周囲を見回し、玄武が身に着けていたライダースーツをみつけた。それを拾い上げるとキューブが地面に転がり、僅かに残っていたナノマシンが風に吹かれて散った。


 拾い上げたキューブには大きな穴が開いていた。不運にもライフルの銃弾が直撃したのだ。


『小夜子さん聞こえる?』


 ネットワークで呼びかけても返事がない。


 玄武は通常モードのはず。……白虎のAIはログをさかのぼる。小夜子が入ったリンクボールが稼働しているのはわかったが、小夜子の反応はなかった。


『お姉さんどうしたの?』


 向日葵の声がした。


『玄武のキューブが銃弾で破壊されたわ。小夜子さんはリンクボール? 外にいるの?』


 白虎は、壊れたキューブとファントムの小指などを集めてドローンに飛び乗った。


§   §   §


 向日葵はリンクボールを飛び出した。小夜子のリンクボールを確認すると、彼女は中で気絶していた。インターフォンで飯田橋を呼んだ。


「ほっ、ほっ、ほっ……」


 駆け付けた飯田橋は息を切らしていた。まっすぐ小夜子のリンクボールに向かう。


「ふむ……」


 彼は生命維持装置のデータを確認し、難しい表情をつくった。


 やばいの?……向日葵は心臓を握られたような息苦しさを覚えた。


「それにしても、弾がキューブに当たるとは、不運じゃったのう」


 彼は言いながらハッチを開け、銀色の溶液の中に手を入れた。


「博士、どうなの?」


「キューブはNRデバイスの心臓じゃ。だから心臓を、な……」


「キューブと心臓がつながっているの?」


「ふむ。……柔らかいのう」


 飯田橋の頬が緩む。


「心臓が柔らかい?」


 死ぬとそうなるのかもしれない。……向日葵は泣きそうだった。


「キャッ!」


 小夜子の叫びだった。


「役得、役得……。ちょうど良い、新型のキューブが完成したところじゃ」


「揉むな、エロ博士!」


 反射的に立ち上がった彼女。もちろん全裸だ。


「役得、役得」


 飯田橋は目尻を下げると背中を向け、部屋を出て行った。

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