第31話 廃工場の対決

 白虎は、廃工場の外で朱雀と玄武の到着を待っていた。子供を連れた動物は必死の抵抗をする。それはファントムでも同じだろう。ましてベビー・ファントムは生まれるとすぐから人間を殺すだけの力を持っている。青龍が一緒とはいえ、迂闊うかつには動けない。


 ところが、青龍は違った。『俺だけでも大丈夫だよ』と言うなり動き出した。早く実践を経験したくて仕方がないのだろう。身体を蛇のように細長くすると割れた窓から建物の中に侵入した。


『だめよ、応援を待ちなさい』


 白虎の指示を青龍は無視した。身体を人型に戻すと腕の先端を剣に、身体を青色の戦闘スーツ姿に変えた。


「俺は怒涛の戦士、青龍。行くぞ、ファントム!」


 彼は、赤外線センサーの僅かな反応と床に残った足跡から居場所を特定し、母親のファントムへ向かった。


 ところが、青龍がファントムにたどり着く前に事態が一変した。


「我々はファントムなどではない」


 太い声がした。それは子供を呼んだ声とは違っていた。


 『親がそろっているぞ』


 青龍が太い声の出所、後ろを振り返る。


『千紘、気をつけて!』


 朱雀の声がした。


 白虎は急いで建物内に侵入し、新体操で使うリングに似た武器を作り出した。


 攻撃の意思を持ったファントムの姿が現れる。社葬で見た時より大きな個体、オクトマンだった。子供を連れたレディー・ソフィアは子供と共に姿を隠し、気配を潜めている。


「ファントム、人殺しは許せない。覚悟しなさい」


 杏里がファントムを見るのは4度目、対峙するのは3度目だ。しかし、それに対する恐怖は以前と比較にならないほど大きい。


「我々はエクスパージャーだ」


 オクトマンはぶら下がった遺体と離れた場所にいた。まるで、敵を子供たちから引き離そうとしているようだ。



「エクスパージャー?」



「神の摂理せつりあらがい地球をむしばむ人類を粛清するために、スピリトゥスが創造した存在ものだ」


御託ごたくを抜かすな!」


 声と同時に青龍が切りかかる。


 ザッ、と風が走った。


 オクトマンは青龍の攻撃を身軽にかわした。


 白虎は銀色に輝くリングを高速で回す。それに触れたらファントムはダメージを受けるだろう。


「ヤッ!」


 気合と共に、踊るようにオクトマンに接近、その脇腹を狙った。彼は、そのリングも軽やかにかわした。肉体の大きさから想像もできない機敏な動きだった。


『どうなっているのですか?』


 玄武の声がする。


『青龍が飛び出して、戦いになっているの。早いわ。こいつ』


『視覚データを共有しましょう』


 玄武が求め、白虎の視界が玄武と朱雀に共有される。


『見えた! 景色と被ってるぅ……』


 困惑する朱雀の声。


 白虎と青龍はオクトマンに迫った。白虎の攻撃は全くといっていいほど当たらなかったが、青龍の刃はオクトマンの二の腕に傷をつけた。


「フン」オクトマンは攻撃をかわしながら、鋭くとがらせた右足で白虎の大腿部を切り裂いた。しかし、その太ももはオクトマンの脚が通り過ぎると元の形状に戻る。


「やはり、お前たち、人間に創られたマシンだな」


 オクトマンの声は冷静だった。


「お前も人間じゃないだろう」


「エクスパージャーは人間を超える存在なのだ」


 オクトマンは激しい攻撃を繰り返して何度も青龍と白虎の身体を切り裂いた。しかし2人は、傷つくことも死ぬこともなかった。


 戦闘が長引くと白虎と青龍の息が合い、次第にオクトマンを壁際に追い詰めた。その時だ。


「ひとりでは無理よ」


 声と共にレディー・ソフィアが姿を現した。素早く白虎の背後に回って粘液を吹きかける。それは人間を包む半透明の袋を作っていたものだ。


 ソフィアの出現に意表を突かれ、白虎の動きが遅れた。粘液がその首から胸、背中に至る部分を濡らし、下半身へ流れていく。


 何よ、こんなもの。……白虎はそれをぬぐった。その行動が、さらに粘液を広げる結果になった。ほどなく粘液がナノマシンを固めて白虎の動きを封じた。


 固まった白虎の右腕をオクトマンの鋭い手刀が通り抜ける。それまでなら元に戻っていた腕が、リングを握ったままの形で床に落ちた。


「ナニッ!」


 オクトマンが白虎の内部が空洞なことに驚いた。


「一旦、引きましょう。相手がこんなロボットじゃ、どうしようもない」


 ソフィアが言った。


「いや、お前が固めてくれた、今が勝機だ」


 オクトマンのローキックが白虎の右膝を砕いて塵にする。


 片足を失った白虎は倒れた。止めを刺そうとオクトマンが迫る。


『白虎!』


 白虎をかばおうと、青龍がオクトマンの前に飛び出した。


 ソフィアが青龍の背後を取ろうと動く。


『青龍、後ろに気を付けて!』


 床に転がった白虎は、センサーの稼働さえままならない。視界は断片的だった。


『ああ、見えてる。何とかするよ』


 青龍が強がりを言う。しかし、戦力は1対2。青龍が追い詰められていく。


『青龍!』『白虎!』


 その時、到着した朱雀と玄武が参戦。戦力は3対2、逆転した。


 朱雀は剣をつくりだしてソフィアに切りかかった。玄武は白虎を起こして壁際に運んだ後に、青龍の支援に回る。


「オクトマン……」


 朱雀に押されて守勢にまわったソフィアが呼んだ。


「ソフィア……」


 ファントムの呼び合う声……。すると、どこからともなくベビー・ファントムが5体現れて朱雀に襲いかかった。小さな牙がナノマシンを砕く。


「ナニ!」


 朱雀は反射的に小さなファントムを蹴った。


 蹴られたベビー・ファントムが2体、壁や機械に激突して「ムギュ」とうめいて転がった。


「ソラ、エース!」


 廃工場に、ソフィアの悲鳴にも似た声が響き渡った。彼女は朱雀の足にまとわりつく子供たちを救おうと前に出る。


「トォー!」


 反射的に動いた朱雀の剣が、ソフィアの肩口から深々と切り裂いていた。傷口からジェル状の体液が流れ出す。


 ソフィアが膝をつくと、抱かれたベビー・ファントムが「フギャー」と泣いた。


「ソフィア!」


 両腕を刃物に変えたオクトマンが叫び、全身を風車のように回転させて青龍と玄武を排除。レディー・ソフィアのもとに駆けつけた。


「させるか!」


 青龍が追う。


「子供たちを……」


 ソフィアが子供たちに逃げろと言った。オクトマンは捨て身の攻撃で子供たちが逃げる時間を稼いだ。


 ベビー・ファントムの姿が背景に透けて、かさかさと走る小さな音が四方に散る。


 朱雀のセンサーはそれらを補足していたが、動かなかった。


 ソフィアが絶命した。


 子供たちの無事を確信したのか、オクトマンが廃工場を飛び出した。青龍と玄武が後を追う。しかし彼は、恐ろしい速さで敷地を横切り、塀を飛び越えたところで姿を消した。


 聖獣戦隊とファントムの正面対決は聖獣戦隊の勝利に終わった。


 ソフィアの肌はレモン色に変わり、その表面を白い煙が覆った。硫黄いおう水が沸騰したような黄色の泡が立ち、嫌な臭いを発する。ブツブツと泡立ちながら、蒸発するように遺体が萎む。


『何よ、これ?……』


 朱雀が呆然としていた。


『酸よ。気をつけて! ナノマシンが腐食するかもしれない』


 白虎は警告した。自分自身は動くこともままならない。


 駆け戻った青龍が朱雀の手を引き、玄武が白虎を抱えて建物の外に運んだ。


『死ぬと強酸が発生して遺体を残さないようになっているのね。不思議な体をしているわ』


 玄武がファントムの溶けた後を確認した。


 ベビー・ファントムを殺してショックを受けた朱雀は、玄武の視界を借りて工場内を見ていた。小さな人型に光る床を見た時には、奪った幼い命の輝きだとわかり胸が締め付けられた。


『彼らはエクスパージャーと名乗った。粛清者という意味らしいわ』


 身体の一部を失った白虎はショックを隠すため、何事もなかったかのように振舞った。


『エクスパージャー……。それは種族名かしら、それとも名前?』


 玄武が訊いた。


『我々といったから、種族という意味だと思うよ』


 青龍が玄武の隣に並ぶ。2人は廃工場を出ると、壁際に並んだ白虎と朱雀を見下ろした。憮然とした朱雀が立ち上がる。


『お姉さん、どうしましょう?』


 他人行儀な声がした。


『とりあえず警察に通報して。それから研究所まで運んでちょうだい。警察が来る前に、ここを離れましょう』


『俺が連れて帰るよ』


 青龍が白虎を抱きかかえてドローンに乗った。手足の破片は玄武が持った。


『ごめんなさいね。迷惑かけて』


『いや、俺が白虎の指示を無視して飛び出したのがいけなかった』


 青龍は自覚していないのだろう。その手が右の乳房をしっかり握っていた。リンクボール内の杏里はドキドキと胸を高鳴らせていた。




 杏里は誰よりも早くリンクボールを出た。落ち着かない気持ちで仲間の到着を待った。


 ドアが開いて、青龍の腕に抱えられた白虎の身体を目にした時、杏里の心臓は張り裂けてしまいそうだった。


「杏里さん、顔が真っ赤ですよ」


 玄武が意味ありげに微笑んだ。


「ここに置くよ」


 青龍が打ち合わせテーブルの横に白虎の身体を横たえる。


「ありがとう」


 杏里は右肘と右膝上から先がなくなった自分の分身の、空洞の体内を覗き込んだ。砕けた太ももの穴からキューブを取り出してリンクボールの前に置いても、白虎の身体はマネキン人形のように人型を保っている。


 青龍の身体がサラサラと解けていく。その隣では朱雀と玄武が砂山に変わった。


「大変な弱点が見つかったわね」


 リンクボールから出てきた小夜子に声を掛けた。


「ええ。知ってしまえば、単純な欠点ですが……」


 半裸の千紘が白虎の身体に開いた穴を覗いた。


「見ないで」


 杏里は彼を押しのけ、白虎を部屋の隅に運んだ。


「これからファントムが、この弱点を突く策を取って来るかどうかが問題です」


 小夜子が深刻な表情をしていた。


「インフェルヌスは化学企業も電子部品企業も傘下に収めているわ。今回の戦闘結果をもとに、何らかの装置や武器を作り出すと想定すべきでしょう」


 杏里は口を真一文字に結んで感情を隠した。


 向日葵がリンクボールから出てこなかった。ファントムの子供を殺し、精神的なダメージを受けたのだろう。


「向日葵、大丈夫?」


『私たちが戦っている相手は、コミュニケーションが取れる相手だった。私たちと同じように子供を生み、愛している』


 スピーカーから声がした。


「そうね。知的生物だもの」


『私は、その子供を殺してしまったの』


 向日葵が泣いた。


「あの状況下では仕方がなかったですよ」


「そうよ。私を助けてくれたのだもの」


 小夜子と杏里が慰めた。


「見ただろう。倉庫にぶら下げられていた5人の被害者を……」


 千紘の話に、小夜子と杏里の顔が強張る。


「……俺たち、二度とああいった犠牲者を出さないために出動したんだ。もともとファントムの子供を退治するのが目的だったはずだ」


 杏里は、内臓を食い尽くされ赤黒く変色した遺体を思い出して吐き気を覚えた。そんな励ましで向日葵が元気になるはずがない。そう言いたくて千紘に目を向けた。


「千紘の言う通りよ。次の被害者を出さないためにも、私たちは戦わなければならないのよ」


 小夜子は千紘を支持していた。


『トラもライオンも人間を襲うけど、今は誰もそれを根絶やしにしようと言わないわ。絶滅危惧種として保護している。両者がともに生きる道があるはずなのよ』


 そう言って、向日葵が沈黙した。

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