第22話 ファントムの腕

「ファントム?」


 社葬の席、最初にそれを声にしたのは河上総理だった。彼女は早々にSPに守られて避難をはじめた。他の政治家たちも彼女にならった。すると、他の参列者が動き出した。


「式場は完全に閉鎖されています。内部の方が安全です」


 司会者の声も浮足立った参列者を止めることはできなかった。彼らは出入り口に殺到。我先に逃げだした。


「ああ、これじゃ、せっかくのセンサーが役に立たない」


 小夜子が声を上げた。ファントムに備え、会場の出入り口には重量センサーと赤外線センサーを設置してあったのだ。


 ――タン、ターン――、――タタタタタ……――


 外では拳銃や自動小銃の発砲音。


「撃つな、同士討ちになっている!」「撃て、撃て、撃て。ファントムにやられるぞ!」


 そうした声で、武装警察官たちもパニックに落ちているのがわかる。


 彼らは、見え隠れするファントムに向かって自動小銃を乱射し、流れ弾が同僚を傷つけた。そんな戦場のような場所に飛び出した参列者たちは、銃声から遠い場所を目指して走った。それでも運の悪い者は流れ弾に倒れた。


 聖獣戦隊は会場の混乱に乗じて変装を解き、ファントムの侵入に備える。


 小柄な朱雀の赤いレオタード姿、スレンダーな白虎の純白のレオタード姿、肉感的な玄武の漆黒のボディースーツ姿。……一番、残った参列者の目線を集めたのは、白い肌に黒のボディースーツのコントラストがエロチックな玄武だった。


「彼女たちは?」


 杏里は幾人かに訊かれたが、「さあ?」と首を傾げて見せた。


 発砲音が徐々に減っていく。


 ファントムが逃げたのかもしれない。……杏里は淡い希望を抱いた。


 突然、体育館内の風の流れが変わる。微妙な変化だった。


 朱雀がゆっくりと前進する。彼女の動きは的を射たものだったのだろう。ファントムの黒い影が現れた。


「私は炎の戦士……」


 朱雀が名乗りを上げ始めた時、ファントムが腕を刃物に変えて彼女を襲った。


 ヒュンという風切音が杏里の耳にも届いた。


 朱雀は身をひねり、攻撃を紙一重のところでかわした。


 体勢を立て直す朱雀を無視し、ファントムは杏里を中心に集まるSETの一団に向かう。


「待て、コラァ! 聖獣戦隊の名乗りを聞かんかい」


 朱雀が叫んだ。どこで覚えたのか、関西弁だ。


 ファントムの前に白虎と玄武が立ちはだかる。


「冷酷な戦士白虎が相手する」


 彼女は律儀に名乗った。シャキンと特殊警棒を伸ばして打ちかかる。


 ファントムが手刀で警棒を受けると金属同士が当たる音と火花がはじけた。


「ファントム、何が目的なの?」


 白虎が押し合う形で問う。ファントムは答えず反転。……それは風のように素早く、白虎がたたらを踏んだ。


 彼は白虎と玄武の間をすり抜けて杏里に向かった。


「ビクトル」


 ファントムが低い声で呼んだ。


 凝視していたビクトルの瞳孔が開いた。そのわずかな変化で、ファントムは誰がビクトルなのか特定したのだろう。彼の肝臓めがけて刃物の腕を伸ばした。


「させるか!」


 声と共に、ガツン、と大きな音が響く。ファントムの手刀が折りたたみ椅子を貫通した音だった。手近にあった椅子を使って千紘がファントムの攻撃を防いでいた。


「旋風脚!」


 声と共に、クルクルと回転した朱雀がパイプ椅子の上を飛んだ。体重の軽さを遠心力で補った蹴りが、ファントムの肩に食い込んだ。


 ――ガラガラガラ――


 蹴り飛ばされたファントムが、パイプ椅子を吹き飛ばして床を転がった。


 聖獣戦隊がファントムを取り囲む。


 素早く立ちあがったファントム。聖獣戦隊の顔をぐるりとねめつけ、朱雀に迫る。金属にも似た手刀が煌めき、薙刀なぎなたのような蹴りが襲った。


 2者の攻防は剣道の有段者が撃ちあうような速さで、白虎と玄武でさえ彼らの動きを追うのがやっと……。


 体育館内には、朱雀とファントムがぶつかりあう音しかなかった。


 突然、「やっちまえ!」と声がした。


 杏里は声をあげた千紘に目をむけた。彼には朱雀の動きが見えているのだろうか?


 朱雀がファントムの攻撃をかわし、時にはナノマシンを一カ所に集めて盾として受け止めていた。しかし、重量で劣る朱雀は押され気味だ。


「朱雀、頭を使え。負けるな!」


 向日葵が、自分の分身に声援を送った。


「私は負けない」


 朱雀が応じた。「トゥ!」気合を入れて手刀を打ちこむ。


 ガツンという固い音がして、朱雀とファントムの手刀同士がぶつかり合った。刹那、予想外の事態が生じた。ファントムの腕が肘のところから分かれて床に落ちた。


「グァー」


 ファントムが不気味な声を上げて飛びのく。その切り口から体液が流れ出していた。


「やった!」


 千紘が叫ぶ。2階席に隠れていた参列者たちの中からもどよめきが起きた。


 落ちた腕の先端は刃物のような形だったが、見る間に人の手の形に戻った。


「とどめを!」


 玄武が言ったのは、朱雀が落ちた腕の変化に気を取られていたからだ。白虎も動いた。


 しかし、彼女たちよりもファントムの反応が早かった。傷口を押さえながら脱兎のごとく出口に向かっていた。


「追うわよ」


 聖獣戦隊が彼を追った。杏里と向日葵も追った。


 しかし、出入り口を通るころには、ファントムの姿は幻のように消えていた。


 体育館を飛び出した杏里は、大勢の武装警官が銃を乱射する姿を目撃した。銃口の先には無傷のファントムが見え隠れしていた。


 そのファントムは、姿を現すと警官を突き刺し、照準が定められる前に影のように消えていた。


「別のファントム……」


 向日葵が目を丸くした。


「どうやらそのようね。陽動を行っていたファントムがいるのでしょう」


 杏里は応じた。




 朱雀が新たなファントムに向かおうとしたが、玄武がその腕を取って止めた。


『銃弾の中に飛び込むのは危険です。弾丸が、キューブを壊す可能性があります』


『朱雀。玄武の言う通りです。警官たちは私たちのことを知らない。飛び出したら、私たちも狙われる可能性があります』


『そんな……、黙って見ているわけにはいかないわ』


 ネットワークを言葉が飛んだ。


 朱雀は白虎の制止を振りほどき、ファントムに向かおうとしたが、その時、静寂が訪れた。ファントムが退却していた。


 聖獣戦隊は野次馬の目から逃れるために姿を隠した。


「セイジュウ戦隊とか言っていたな」「何者なんだ?」「役員会の時といい、もう2度目になるが……」「敵ではないのでしょう」


 杏里の後ろに役員たちがいて、そんなことを話していた。


「ありがとう。君は命の恩人だ。チヒロ君だったね。本宮さんが自慢していただけのことはある」


 ビクトルが千紘を抱きしめて礼を言った。千紘は迷惑そうな顔をしている。


「あの状況で、椅子で防ぐなんてすごいわ」


 小夜子が称賛した。


「椅子で邪魔するだけだったら、ファントムの手刀はビクトルさんの身体にまで届いたかもしれない。椅子で腕をねじり上げていたのよ。それで、手刀はビクトルさんに届かなかった」


 向日葵が説明し、ビクトルの腕の中で顔を赤らめている背の高い高校生に目をやった。


 杏里たちが体育館内に戻ると、落ちていたファントムの腕を拾って観察している女性がいた。SETの生物化学研究所でバイオエネルギーの研究をしている福島ふくしまクルミだ。


「これは立派な戦利品ね。私に分析させてもらえますか?」


 クルミを知らない杏里は、白河副社長に目を向けた。


「それでいいと思いますよ。福島博士は若いけれど優秀な研究者です」


 彼女がそう言うので、分析をクルミに託す。彼女はファントムの腕を白幕の一部に包むと水に浸して保存した。


「どうやって切り落としたの?」


 向日葵の耳元で訊いた。


「さあ?」


 彼女自身、朱雀がどうやってファントムの腕を切り落としたのか見当がつかないようだ。


「朱雀の方が賢いようね」


 からかうと、向日葵が面白くなさそうに頬を膨らませた。

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