第23話 共に戦おう!

 葬儀会場周辺の銃声が静まり、隠れていた参列者が姿を現す。僧侶も祭壇の陰から顔を出して、恥ずかしそうに光る頭をなでた。


「千紘さん、強いね」


 向日葵はビクトルを救った千紘を見上げた。身長差は30センチほど。


「武道の心得があるの?」


「プロレスだよ。もちろんアマチュアだけど」


「それでパイプ椅子の使い方が上手いのだね」


 ビクトルが感心して、再び千紘を抱きしめた。彼に助けられた興奮が冷めないようだ。


 向日葵は千紘を離れた場所に誘い、思い切って言った。


「私たちと一緒に戦いましょう!」


「戦う?……誰と?」


「ファントムに決まっているでしょう」


「それは警察の仕事だろ」


「今日、見たのでわかったでしょう。警察に任せてはおけないわ」


「やだね。僕はただの高校生だよ。戦えるはずがない」


「さっき、戦ったじゃない。お父さんの仇を取りたくないの?」


「仇討ちだの復讐なんてものは中世の人間のやることだよ」


 取り付く島がなかった。


 その時、背後に僧侶が立った。向日葵と背丈の違わない老僧だ。


「ファントムは人を食う鬼。鬼に負けて、鬼になってはならぬ。希望の光になれ」


 彼の言葉に向日葵の胸が躍った。


「ハイッ。私、未来のために戦います」


「そ、そうか……」


 僧侶が驚く。彼の視線は千紘に向いていたのだ。


「黙って負けるのも鬼、逃げるのも鬼……」


 僧侶はそう諭して祭壇に向かった。


「仕方がないな。それで、何をすればいいんだ?」


 僧侶の説諭せつゆに感じるものがあったようだ。


 向日葵は喜び勇んで杏里と小夜子に報告した。すると、思いのほか彼女らの反応が悪い。「彼を巻き込むのはどうかしら?」彼女らは躊躇った。


「私たちがよくて、千紘君が戦っちゃいけないの? 千紘君だってパパを殺されたのよ。条件は一緒じゃない」


「でもお母さんがいる。万が一、千紘さんの身に何かがあったら……」


 杏里の表情が曇った。


「そのためのNRデバイスじゃない!」


 向日葵が声を上げると、千紘が「それは何だ?」と話しに加わった。


「ロボットよ。誰にも言わないでよ」


「あーあ、向日葵ったら」


 杏里が天を仰ぎ、仕方がない、と千紘の参加を認めた。


 数日後、千紘を未来科学研究所に誘った。彼を車で迎えたのは、小夜子と向日葵の顔をしたNRデバイスだった。杏里はSETの仕事で事務所にいた。


 研究所に着くと、安普請の倉庫を見た千紘が失望の声を発した。


「未来科学研究所なんていうから、どんなにすごい研究施設かと思ったけど……、漫画かよ」


「でしょ。だから、誰にもバラしちゃだめよ」


 向日葵は動じない。


「わけがわかんねぇ」


 呆れる千紘を、母屋に案内する。玄関先にはシンゴさんがいて、千紘を睨んだ。


「シンゴさん。大丈夫よ。この人は本宮千紘。今度、私たちの仲間になるの」


「どうも」


 千紘がぺこりと頭を下げる。


「千紘君、この人はシンゴさん。ここの警備員、ヒューマノイドよ」


 後ろで小夜子が説明した。


「ヒューマノイド?」


 驚く千紘に向かって、シンゴさんがニッと笑った。


「嘘じゃないのよ。アサさんもヒューマノイドなの」


 向日葵は部屋に上がり、こたつでお茶を飲んでいるアサさんを紹介した。


「どうもない」


 アサさんがズズズ、と茶をすすった。


「バカバカしい」


 千紘が呆れる。


「まぁ、その内わかるわ」


 向日葵は千紘の手を引いて奥に向かった。納戸部屋に入ると秘密のエレベーターに彼を押し込む。そうして初めて、彼が眼を瞬かせた。


「本当に秘密基地なんだな」


 地下でエレベーターを降りた3人はリンクボール・ルームへ向かう。千紘は忙しく首を左右に振って、並ぶ研究室の内部を興味深げに覗き込んだ。そこでは技術者たちが様々な機械や化学物質に向かい、忙しく働いていた。


 向日葵は突き当りのドアを開け、千紘をリンクボール・ルームに導いた。


 彼が電子機器やリンクボールに目をやり、ぽかんと口を開けた。


「ここを見たからには、後戻りは許されないのよ」


 そう言って、彼を脅かした。


「ただの研究室じゃないか」


 彼はどこまでも冷静を装っていた。


 ヨシ、今だ。……向日葵はNRデバイスを自立モードに切り替えて、リンクボールのハッチを開けた。


「ジャーン!」


 声をあげると千紘が振り返った。


「ゲッ……」


 彼は目を丸くして言葉を失った。見る間にその顔が赤く染まっていく。しまいに、ツーっと鼻血が垂れた。


「お嬢さま、はしたない! 裸です」


 小夜子が慌ててバスタオルを差し出した。


「キャー、千紘君のエッチ」


「驚かせてごめんなさい。こちらが本物の向日葵お嬢さまです」


 小夜子が、鼻血をぬぐう千紘に説明した。


「い、いや。驚いたのは彼女のようだし……」


 彼は鼻の穴にティッシュを詰めながら、裸の向日葵と朱雀を見比べた。


「そっちの子は、私の分身、NRデバイスという小さなロボットの集合体なのよ」


 ステップを下りた向日葵が言った後、小夜子がNRデバイスの仕組みを説明し、実際にリンクボールを使って見せた。


「葬儀会場でファントムと闘ったのは君たちなんだな?」


 千紘が訊いた。


 向日葵は赤いレオタード姿の朱雀を作った。


「そうよ。私が炎の戦士、朱雀!……私たちにはNRデバイスを自在に操り、ファントムに対抗する力がある」


 ファントムの腕を切り落とした時のように腕の先端を鋭い刃物に変えて見せた。葬儀の後から手足を刃物に変える訓練を積み重ね、自由自在に形を変えられるようになっていた。


「千紘君は私たちと一緒に戦うのよ。もう、キャッチフレーズも決めてあるんだから。怒涛どとうの戦士、青龍よ。衣装は青。……どう、ステキでしょ?」


「怒涛の戦士?」


 千紘が首を傾げた。


「荒れ狂う波のごとく!……強そうでしょ? 青龍なんだもの」


「まあ、いいけど。衣装、……色はともかく、レオタードはないな」


「それもそうね。柔道着でもプロレスの衣装でも、デザインは好きにして」


 向日葵が妥協し、千紘は怒涛の戦士青龍として、聖獣戦隊に加わることが決まった。


§


 向日葵が千紘と楽しく話していた頃、白虎と玄武はSET本社の社長室で新社長就任手続に当たっていた。副社長の白河が一緒だ。書類の作成や決裁、来客の対応など、目が回るような忙しさだ。


 企業団体連合会副会長の結城ゆうきへの対応も、そんな仕事のひとつだった。彼は大東西製薬の社長でもある。


「両親の葬儀に参列いただき、ありがとうございました。本来ならば、こちらから挨拶に伺わなければいけないのに申し訳ありません」


 白虎は正面の結城に頭を下げた。


「いやいや。何かとお忙しいでしょうから、気になさらないでください」


 結城が温和な笑みを浮かべ、鈴木大和との思い出話を披露した。それから本題に入った。


「連合会の副会長としては、是非にもSETに加盟いただきたいのですよ。杏里社長はお若く経済界での経験もない。我々と一緒に経済界の舵取りに参加してもらえれば、経済界だけでなく、日本国にとってもSETにとってもメリットになるはず。お母様が加盟していたら、あなたが莫大な相続税を払わなくて済んだのです。加盟企業には優秀な弁護士や会計士、コンサルタントがおりますから」


 彼は人間の欲と杏里の未熟さにつけいり、歓心を買おうとしていた。


「その件に関して、社長はまだ何も存じていないのです。返答はしばらく……」


 白河が回答の猶予ゆうよを依頼しようとしていた。白虎は手を挙げて彼を制した。


「しばらくの間、私は前社長の経営方針にそって運営するつもりです」


 視線を落として両親を亡くしたばかりの哀れな娘を演じた。そして、言葉を続ける。


「前社長が連合会に加盟しなかったのには、それなりの理由があったからだと思います。両親、……特に父は、徒党を組んで物事に当たるのが嫌いな性分でしたから……。SETは経済界からも政界からも異端視されているようですが、私にはそれが心地よいのです。まるで父の腕の中にいるようです」


 白虎が企業団体連合会加盟の話を断ると、結城は傲然ごうぜんと席を立った。


 数日後、連合会会長からも加盟を促す電話があった。その電話を取ったのは杏里だったが、こともなげに断ったのは白虎と同じだった。

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