第21話 社葬

 SET社は、S市内の体育館を貸し切って鈴木大和とカレン、本宮晋一郎の社葬を行った。政財界からの参列者も多いために武装警察による警備も厳重を極めた。


「どうして、こんな田舎で葬儀を行うのでしょうね」


 河上かわかみ総理が取り巻きに向かい、足を運ばされたことに納得がいかない、とでもいうように不平を言った。


「ファントム対策だと聞いていますが、本当のところは分かりません。これまでのところファントムは東京都内でしか犯行を行っていませんが、どうでしょうな。……つい先日もSETの役員会が襲撃されたばかり。ファントムがSETに恨みを持っているのだとしたら、東京を離れたからといって安全だとは言えないでしょう」


 浜村はまむら警察庁長官が体育館の出入り口に並ぶ武装警官の多さに目を細めた。


「米国では、軍を動員して政府や経済界の要人を保護しているそうですね」


「憲法を改正しませんと、自衛隊による要人警護は難しいかと……」


「一国の総理と庶民と、長官はどちらを守るべきだと考えているのですか? 総理は、自衛隊の最高指揮官。法的にも自衛隊が護衛するのに、何の支障もないはずです」


 河上の苦言に、浜村が口をつぐんだ。


「それにしても二十歳の娘が鈴木社長の後継ぎとは驚きました」


 総務大臣がとりなすように話を変えた。


「世界企業の大社長も、所詮しょせん人の子。我が子が可愛かったようですな。血統主義で世界企業の運営など出来るものでしょうか?」


 浜村が、二世政治家たちを皮肉った。


「資産管理会社を作っていなかったのにも驚きました」


「自分が若いとおごっていたのか。……あの鈴木氏にしては油断というもの。おかげで、兆を超える相続税で日本国の財政は一息つく」


 河上と取り巻きの政治家たちの口もとが緩む。


 まだ笑みの消えない大臣たちの背後に立ったのはSETのアン・ルイス。


「これは河上総理、お越しいただきありがとうございます。故鈴木社長は節税を検討する私たちに向かって、税金と経費とは違う。納税は企業の社会貢献だ。税が多いことは誇ってもいいのだ、と常々口にしていました。節税は犯罪ではないが、それを公言するのはいやしく、国家をないがしろにするものだ、とも……」


 強烈な皮肉に、政治家たちが黙った。


「……金を循環させなければ経済が成長しないと言いながら、自分の所に金を溜め込む富裕層が多いのは、どういう了見だろう、とも笑っておられました。私は、そんな社長の下で働けたことを誇りに感じています。……さて、時刻のようです。中にどうぞ」


 アンが促し、顔を曇らせた大臣たちを式場に導いた。


 体育館内部の壁は白い幕でおおわれていた。正面の壇上にはシンプルな祭壇がしつらえられ、鈴木夫妻と本宮晋一郎の遺影が並んでいる。床には厚手のカーペットが敷き詰められているものの、席はパイプ椅子だ。式が質素なのは、鈴木夫妻の経営哲学が社内に浸透している証だった。


 遺影に向かう最前列には、杏里と向日葵の他に本宮の妻の奈津子なつこと息子の千紘ちひろが並んだ。その後ろの列にSETの役員と社員が並んでいた。


 2階席にも会葬者は多い。葬儀ということもあってメディアの取材は制限されたが、それでも一般の参列者に紛れ込むメディア関係者は多かった。小さなウエアラブル端末をあちらこちらに隠して撮影している。


 自立モードの朱雀、白虎、玄武は、変装して1階の会葬者の中に紛れ込んだ。葬儀会場をS市に決めたのは、自立モードで活動可能な時間と研究所からの移動時間を勘案した結果だった。


 杏里は、本宮奈津子と千紘に初めて会った。


 夫を亡くした奈津子は毎日泣き暮らしていたのだろう。顔がむくんでいる。高校生の千紘は、先に逝ってしまった父親に対して怒っているように見えた。


「ご主人様を、……お父様を守れなくて、申し訳ありませんでした」


 杏里が詫びると奈津子は涙を浮かべ、千紘はプイっと横を向いた。


 役員のビクトルがやってきて奈津子に向かって頭を下げた。


「アメリカ滞在時は、お世話になりました。実は、私と本宮さんは鈴木社長の特命を帯びていました。武器メーカーのゼネラル・インダストリー社がインフェルヌスの影響下にあるようなら、部品納入業者を買収して活動を阻止せよということでした」


 機密事項に当たることを、ビクトルは包み隠さず話した。それが死者とその家族に対する礼儀だというように。彼は続ける。


「……ゼネラル・インダストリー社の役員の過半数がインフェルヌスの方針に同意していました。インフェルヌスの壮大な世界戦略に乗ることは、ゼネラル・インダストリー社の軍需部門の業績にもプラスになる。当然といえば当然のことです。鈴木社長のように倫理を考慮して立ち止まることはなかった。そこで本宮さんと私は予定通りに主力の部品納入メーカーの内3社を鈴木社長の個人名義で買い取り、ゼネラル・インダストリー社との取引を止めました。現在も5社を買い取る予定で交渉が続いています。もしかしたら、それが理由で本宮さんはファントムに殺されたのかもしれない」


「それならば、ビクトルさんも狙われているのではありませんか?」


 杏里はビクトルの身を案じた。


「私は大丈夫。現在の折衝先は、ボブとアンに伝えてあります。万が一の場合には、その後の対応をお願いしますよ。新社長」


 ビクトルが杏里の手を握る。その握力は、杏里を勇気づけるものだった。


 葬儀が始まり、読経どきょうの中で祭壇に白菊を捧げると、杏里と向日葵の感情は揺れて涙が止まらなくなった。


 葬儀の司会は地元テレビ局のアナウンサーが務め、儀式は予定通りに進んだ。ところが、もうじき葬儀が終わるという頃になって、外で自動小銃の発砲音が轟いた。ファントムが現れたのだ。

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