第12話 姉妹の推理

 東京、赤坂のホテルでSET社のホリデーパーティーが開かれた。冬期休暇を前に行う懇親会こんしんかいだ。例年、社長が来年の経営方針や目標などを口にするために、メディア関係者も大挙押し寄せる。


 政治家や経済人は社交好きで、グラス片手に仲間づくりに忙しく、社員はくつろぎ談笑している。ホテルのスタッフは様々なコスプレをしてシャンパンやワインを配り歩いていた。


「相変わらず悪趣味ね」


 サンタをイメージした真っ赤なミニのドレス姿の鈴木向日葵が、ステージ上の古典芸能に目をやっていた。


「仕方がないでしょ。お客さんの半分はオジサンとオバサンなんだから。向日葵だってホリデーパーティーだからってサンタの衣装、ベタじゃない?」


 姉の杏里は雪をイメージした白のロングドレスをまとっている。彼女は几帳面で親の言うことをよく聞く真面目な性格だ。大学で物理学を専攻しているのは両親の影響といえる。幼いころから学業優秀で読書を好んでいるが、スポーツが苦手なわけではない。母、カレンの勧めで小さなころから新体操教室に通っている。コーチの指導通りにコツコツと練習を積み重ねた甲斐あって、高校や大学の新体操部では、1年生のうちからレギュラーのポジションにすわった。


 向日葵は勉強よりスポーツや音楽が好きで、俳優のブルース・リーとアニメキャラのファン・リーにあこがれて3歳から空手を習った。中学生になると男友達とバンドを組んでドラムをたたいた。高校からは女子高に通っているが、放課後に遊ぶのは中学時代の男友達というじゃじゃ馬だ。


「私はこれでいいの。可愛いから。……あっちはオジサン、オバサンというより、オジイサンとオバアサンじゃない?」


 前方を見て言った。笑うと鼻の頭に小さな皺が寄る。


「……パーティーより、こっちのほうが面白いと思わない?」


 向日葵はポシェットからスマホを出して、ネットニュースのひとつを姉に見せた。


「ヴィステの街がテロで消滅したという話ね。それなら知っているわよ。3万人も亡くなったといわれているわ。面白いなんて不謹慎よ」


 杏里が諭すように言った。


「被害者は気の毒だと思うけど、テロリストの方よ。どうやら人間じゃないらしいわ。オーヴァルというらしいの」


「オーヴァル?……緑色の人間でしょ。きっと迷彩服を着た軍隊よ」


「違うわよ。オーヴァル、卵から生まれたらしいのよ。サッカーボールぐらいの卵らしいわ。生まれた時は人間の赤ちゃんぐらいらしいけど、3日で2メートルぐらいまで育ったらしいのよ。目撃した人間は殺されたらしいけど」


「みんな死んでいるのにどうしてわかるのよ。そんな情報、信じられないわ」


「学校のごみ箱に隠れて生き残った子供がいたのよ。その子が、テロリストが話すのを聞いたらしいわ。彼らは、自分たちをオーヴァルと呼んだと証言したの」


「本当?」


 杏里の瞳は疑念の色で染まっていた。


「私が嘘を言ってどうなるのよ」


「向日葵が嘘をつくとは思わないわ。でも、あなたは嘘に踊らされる可能性が高い」


 杏里が知的な目を細めた。


「それなら幽霊船の方はどうよ」


 向日葵が口を尖らせた。


 ロサンゼルスにブルー・サザンクロス号が入港したころ、シンガポールから日本に向かった貨物船シー・スパークリング号と上海に向かったコンテナ船R・ポセイドン号がフィリピンの西の海で連絡を絶った。


 やがてR・ポセイドン号は上海港の目の前に現れ、シー・スパークリング号も八丈島沖に巨体を見せた。R・ポセイドン号は中国海警局の手で上海港に誘導され、シー・スパークリング号はヘリから降下した海上保安官の手で横浜港に舵を切られた。


 両船共に船内には多数の血痕があって、乗組員の遺体はどこにもなかった。遺体の有無に違いはあったが、2隻の船はブルー・サザンクロス号同様にSOSを発する余裕もなく、何者かに制圧された後、船はオートパイロットシステムで目的地にたどり着いた。それが当局の発表だった。それらの事件をネットメディアは幽霊船事件と名付けた。


「ミステリー好きのお姉さんは、どう推理するの? ニュースになっているから、考えているのでしょ?」


「少しはね……」杏里が口角をあげた。「……まず、海賊の仕業ではない。荷物は盗られていないから。それに単なるテロでもない。犯行声明が出ていないから。……注意を払うべきことがひとつ……」


 彼女の人差指が向日葵の鼻先に突き付けられた。


「……船が発見されてから、世界各地の富裕層が被害者になる猟奇殺人事件が発生しているのよ。アメリカだけでもCNMテレビのオーナー、マーティン・ジャクソン、国家の情報管理に反対するITネットワーク企業のスタンリー・スミス会長、Gセブンの一角を占める武器製造企業、ゼネラル・インダストリー社のサミュエルソン社長一家のほか、数社の役員が刺殺されている」


「肝臓を抜き取るファントム事件ね」


「そうよ。もっとも綺麗に切り取っているわけじゃない。それでわかるのは、コレクションや臓器移植のために奪っているのではないということ」


「コレクションだなんて不謹慎ね。被害者に失礼だわ」


 向日葵は、自分が指摘された言葉をそのまま返した。姉はそれには応えず、推理の続きを話した。


「……ブルー・サザンクロス号の冷蔵庫で発見された船員に肝臓はあったのかしら……。それが分かれば推理の精度が増すのだけど」


「肝臓を腐らせないために冷凍にしたと考えているの?」


「そうよ。今回、船を襲った犯人たちは肝臓を必要としていた……」


 杏里は意味ありげに語尾を濁した。


「上海と横浜に入った船の冷凍庫に遺体はなかったのよ」


「それにはいくつかの仮説が立てられるわ。ひとつは、3隻を襲った犯人が同一人物、あるいは同一組織で学習したということよ」


「学習?」


「肝臓を保管するのに遺体を丸ごと凍らせることはないのよ」


「えっ!……」向日葵の頭の中に自宅の冷蔵庫の様子が浮かんだ。「……R・ポセイドン号とシー・スパークリング号の冷蔵庫に被害者の肝臓が並んでいたというの?」


「中国はともかく、日本の警察が冷蔵庫内の肉のDNA鑑定をしていないとは思えない。そこに肝臓があったと報道されないということは、学習したという仮設は間違っている。犯人は同一人物ではない」


 杏里が妹の好奇心を刺激するように、遠回りしながら推理を続ける。


「……ブルー・サザンクロス号の寄港地を見るとオーストラリアの前はフィリピン。その前はインドネシア。3隻がほぼ同時期に南アジアを通過している。……R・ポセイドン号とシー・スパークリング号で船員を殺した同一犯が、オーストラリアまで追いかけてブルー・サザンクロス号を襲うのは合理的ではない。おそらく3つの部隊が南アジアで船に乗り込み、目的地に近づいたところで犯行に及んだ。これが二つ目の仮説」


「部隊というと、軍隊みたいなもの?」


「犯行の手際の良さを考えれば、組織化された者たちが犯人。単独犯は考えにくい」


「彼らは船員と通じ合っていたのかしら?」


「それが三つ目の可能性ね。船員が犯人の密入国の手助けをする。犯人は素顔を知っている船員を殺さなければならなかった」


「それだとブルー・サザンクロス号の冷凍庫の遺体のことが説明つかないわよね」


「そうね。それに船員と密入国者が、船内で一緒に生活していたのなら、その痕跡が残るはず。指紋、毛髪、ゴミクズ……。そういったものは海賊という観点からみても、海上保安庁の型通りの捜査でも調べるはずね」


「密入国が目的という前提にあるけど、間違いない?」


「半漁人が犯人で、人間を殺して海に帰ったという説も可能だけれど、それは違うわね。半漁人が人を殺して海に戻るのなら、ブルー・サザンクロス号がオーストラリアを離れるまで犯行を猶予する必要がない」


「わかったわ。目的は密入国。……でもそれなら、船が港に着くまで、じっと隠れている方が賢いやり方だと思わない?」


「そこで肝臓よ。犯人には肝臓が必要だった。それは陸の上に居ようと、船に居ようと同じ。船員は一気に殺されたのではなく、肝臓が必要になった時に、徐々に殺されたのかもしれない」


「食事みたいに言うのね」


「食事。もしくは、薬かな」


「お姉さんの推理では、富裕層を殺しているファントムが、船員を殺した犯人ということなのね」


「ご明察」


 杏里が得意げに言った。


「それじゃ、密入国に成功したファントムたちは、どうして人口の1%にも満たない富裕層ばかりを狙うのかしら。ホームレスでも独居老人でも、目立たずに取れる肝臓は多いでしょ? それとも金持ちの肝臓の方が美味しい?」


「そんなことを言うものじゃないわよ。あの人たちに不謹慎だと怒られるわ……」


 彼女が母親を取り巻く大企業の役員たちを目で指した。


「……先月は最先端電脳技術大学の学長と日本電子警備保障の社長が殺されたわ。今月はアジア投資ファンド社の日本支社長。なのに彼らはこうしてパーティーにやってくる。不思議ね」


「それを言うなら、パパとママだって同じじゃない。みんな、自分の肝臓より仕事が大切なのよ。……知っている? アジア投資会社の支社長はSETの事業を支援し、政府系電力会社を批判する人物だったそうよ」


 向日葵がスマホに映して見せたのは、その事件の詳細なニュースだった。


「止めて……」


 杏里が眼をそむけた。


「刺殺現場を家庭用のセキュリティーロボットが撮影していたのよ。被害者は映っていたけれど、加害者は映っていなかった。まるでファントムそのものね」


「お父さんとお母さん、大丈夫かしら……」


 杏里が両親を目で捜す。


 向日葵は、姉の視線を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る