第11話 ――サンフランシスコ――

 それは5時間ほど前に報じられたニュースの録画映像だった。


『皆さん、ご覧ください。先月消息を絶ったブルー・サザンクロス号が入港するところです。今やあの船は幽霊船と言っても過言ではないでしょう……』


 CNMテレビのキャスターが語る。鮮やかなブルーの瞳が知的な容貌の女性だ。その背後には全長200メートルほどのコンテナ貨物船がある。


 ブルー・サザンクロス号はSET社が開発したノンバッテリーシステムで走る船だ。宇宙からふりそそぐ極マイクロ・エネルギー波をSET社の〝eチップ〟で電気に変換して動いている。


 キャスターは、オーストラリアからアメリカに向かったブルー・サザンクロス号が一時は消息を絶ったことを説明した。


『……船は嵐で沈んだのか、あるいは海賊に襲われた後に船名を変えられ、どこかの港で拘束された、というのが専門家の推理でしたが、それは誤りのようです。ご覧ください……』


 彼女が船の上を飛ぶ沿岸警備隊の大型ドローンを指した。


『……昨夜、沿岸警備隊の保安官が船内に入り、航海長を含む乗組員の10人の遺体を大型の冷蔵庫内で発見したのです……』


 彼女は、船の乗組員総数23名の内10名は刺殺体となって冷蔵庫で発見されたが、残り13名の遺体は発見されなかったと説明した。


『……積み荷が奪われた形跡はなく、海賊による犯行ではない模様です。また、現在までテロリストによる犯行声明もありません』


「海賊やテロリストの仕業でもないとは、全く謎だな。……ケリー、君はどう思う?」


 CNMテレビのオーナー、マーティン・ジャクソンは大理石の床にモップをかける家政婦に尋ねた。


「私など、教育のない馬鹿ですから……」


 彼女が卑屈な笑みを浮かべた。


「ケリー、私は君が賢いと思っているよ。どうして家政婦などより実入りの良い仕事につかないのかね?」


「ひとりで働くのが性に合っているのです」


「ふむ、……で、どうだね? ブルー・サザンクロス号事件の真相、どう見立てる?」


 ケリーは手を止めてテレビに目をやった。既にニュースは変わっていた。アフリカで、謎のテロ組織に襲われた都市がふたつ消滅したというものだ。


「海賊でもテロでもないとしたら、反乱、……というのはどうでしょうか? 23名の乗組員のうち、発見された死体は10。残りの13名は彼らを殺して船を去った、とか……」


「なるほど。面白い見立てだが穴がある」


 マーティンは録画を巻き戻して再生した。


『……昨夜、沿岸警備隊の保安官が船内に入り、航海長を含む乗組員の10人の遺体を……』


「どうだね。冷蔵庫の中の遺体は航海長を含む10体。船長の遺体があったなら、船長を含む10体と報じただろう。つまり、君の論だと船長も反乱分子ということになる」


「確かに、船長が自分の管理下にある船で反乱を起こすというのはおかしいですね」


「うむ。……では後の掃除をよろしく頼む。私は仕事があるので書斎にいく」


 マーティンが書斎のデスクに掛けてパソコンに向かった時だった。背後でカーテンが揺れた。


 振り返るとそこに人がいた。顔は白く、中性的な面持ちをしていた。身体は首から足元まで、体にぴったりとした真黒のものを着ている。


「君は誰だ? 何の用だ?……」


 マーティンは腰を上げて侵入者と距離を取った。


「どこから、どうやって入った?」


 屋敷のセキュリティーシステムは万全で、外部から侵入した時はもちろん、内部の人間がドアや窓を閉め忘れていても警報が鳴る。目の前に怪しげな人物が存在していること自体、信じがたいことだった。


「質問が多いな」


 侵入者の声は地を這うような低音だった。


 彼が口を利いたことでマーティンは冷静さを取り戻した。……まんざら話の分からない相手ではないだろう。最悪の場合は、ジャケットに隠し持った銃を使うだけだ。


「おそらく君は、ここが私の家だと知っていて侵入している。私は君を知らない。質問が多くなるのは仕方がないことだ」


 話しながら移動する。机を挟む格好になった。


「私は、この汚された地球を浄化するためにやって来た」


「環境活動家が空き巣のような真似をするとは驚いたな」


「環境を改善するには、莫大な犠牲が要る」


「私にその金銭の支援をしろと?」


「そんな小さなことではない」


 侵入者が右手を挙げ、まるで子供が拳銃で撃つようなしぐさでマーティーの心臓を指した。その黒い指先が、瞬時に銀色の刃物に変わる。


 マーティンの全身が硬直した。


「私の要求を呑むか、死ぬかだ」


 刃物が伸びてマーティンの胸元を遊ぶ。


「私が暴力に屈すると思うのか!」


 マーティンは1歩下がり、懐の銃に手を伸ばした。刹那、刃物の切っ先が生き物のように伸びて銃を手にした腕と心臓を重ねて一突きにした。


 彼はマーティンが崩れ落ちるより早く、胸に刺した刃物を腹部に突き立てて肝臓をえぐり取った。


 マーティンはテーブルにガツンとぶつかって金属製の灰皿をはねとばした。


 ――グァン、カラカラ――


 金属音とともに、遺体が大理石の床に倒れた。


 灰皿が転がる音は大きかった。すぐにノックの音がした。


「ご主人様、いかがしました?」


 ケリーが顔をのぞかせる。


 ――キェー!――


 彼女は、床を血に染めた雇い主に驚き、盛大な悲鳴を上げた。


 書斎の窓は閉まっていて防犯センサーは壊れていない。ドアの先の廊下ではケリーが掃除をしていたから、犯人が逃走したなら見逃すはずがなかった。敷地の角々に設置された防犯カメラにも不審な人物の出入りは映っていなかった。


 殺人犯はどこへ行った?……CNMテレビは、オーナーを殺した犯人にファントムという名をつけて報じた。その日を皮切りに、アメリカ各地の大都市で同様の事件が頻発ひんぱつした。

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